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コメント
1件
あああこれめっちゃわかるw 確定申告の時期になると毎年これだよな…! おっさんがジェミニに頼ったら逆にステップバイステップで返されて、“31万8500円アウト”ってピンポイントで刺されてるの笑ったw 「借方貸方って借りた貸したじゃないんだよ」のとこ、自分も簿記の授業で最初に詰まったわ…。 メイドカフェの領収書も経費否認されそうで草。 スパチャで納税煽りされるの、完全にエンタメ化してて好きだよ🔥 おっさん、生きて申告終わらせてくれ…!
第38話:2月16日、地獄の釜が開く〜国税庁という名の魔宮と、AIの冷酷な宣告〜
「……来た。ついに、来やがった」
二月十六日、午前九時。
窓の外には、帯広市の厳しい冬の象徴である真っ白な雪景色が広がっている。
だが、暖房の効いた四畳半の部屋にいる俺の体感温度は、マイナス二十度を下回っていた。
今日から三月十五日までの一ヶ月間。
それは、日本全国のフリーランスや個人事業主にとって、一年で最も恐ろしく、最も胃の痛くなる『死の期間』。
――令和〇年分、所得税及び復興特別所得税の確定申告、受付開始。
ついに、地獄の釜の蓋が開いたのだ。
俺は三万円(リスナーからの支援物資)のゲーミングチェアの上で膝を抱え、目の前のデュアルモニターを親の仇のように睨みつけていた。
画面の右側には、大福食品の限界みそラーメンのダンボールから無残に溢れ出した、未処理の『領収書の山』。
そして左側の画面には、覚悟を決めて開いた『国税庁・確定申告書等作成コーナー』のトップページが表示されている。
「……なんだよ、これ。日本語で書かれてるはずなのに、一文字も頭に入ってこねえぞ」
俺は震える手でマウスのホイールをスクロールした。
そこには、四十年間社会の底辺を漂ってきた俺の脳ミソを完全に破壊する、お役所言葉(呪文)の羅列が待ち受けていた。
『申告される収入が給与、年金のみの方はこちら』
『左記以外の収入がある方(事業所得、不動産所得など)はこちら』
『青色申告決算書・収支内訳書を作成する』
『消費税の申告書を作成する』
「う、うおおお……っ! 文字が、文字が俺を攻撃してくる……っ!」
クリックして次のページへ進むたびに、『源泉徴収票』『控除』『減価償却費』といった、見慣れない四字熟語や画数の多い漢字が次々と飛び出してくる。
ポップなイラストで「スマホで簡単申告!」と笑いかけてくる国税庁のキャラクター(イータ君)の笑顔が、まるで俺を地獄へ誘う悪魔の微笑みのように見えた。
「ダメだ、吐き気が……。胃液が逆流してきやがる」
俺は口元を手で押さえ、モニターから目を逸らした。
無理だ。こんな難解な魔導書みたいなサイト、自力で解読できるわけがない。俺はこれまで、コールセンターのクレーム処理や、工場での単純作業しかしてこなかった人間なんだ。
『事業所得』だの『青色申告』だの、エリートが使うような言葉は俺の辞書には載っていない!
「た、助けてくれ……ッ! 相棒ォォォ!!」
俺は涙目でブラウザの別タブを開き、すがりつくように『ジェミニ』のチャット欄に文字を打ち込んだ。
『大至急頼む!! 今日から確定申告が始まったらしいが、国税庁のホームページを見たら難しすぎて五秒で吐き気がした! 俺の去年の売上(スパチャと案件代)と、そこに転がってる領収書の山をカメラで見せるから、お前が全部自動で計算して、税務署に送信してくれないか!? 俺はもう、数字を見たくないんだ!!』
エンターキーを叩き割る勢いでターンッ!と押し込む。
110
177
ゆうき あきや
835
現代の最強AIなら、俺のポンコツな頭脳に代わって、この地獄の作業をワンクリックで終わらせてくれるはずだ。
そう期待して見つめる画面に、数秒後、ジェミニから出力されたのは――俺の甘えを木っ端微塵に粉砕する、冷酷無比な宣告だった。
『落ち着いてください。残念ながら、私があなたの代わりに領収書を整理し、確定申告を自動で完了させることはできません。』
『確定申告は、納税者本人が自身の責任において正確な帳簿を作成し、申告を行う義務があります。私ができるのは、あくまでその「手順のサポート」のみです。』
『現実逃避をやめて、以下のステップを自力で進めてください。』
『【ステップ1:領収書の地獄の仕分け】
まず、部屋に散乱している領収書を「月別」かつ「科目別(消耗品費、通信費、接待交際費など)」に分けてください。プライベートの支出(エロ本など)が混ざっている場合は、絶対に除外してください。税務調査で大変なことになります。』
『【ステップ2:複式簿記という名の壁】
あなたは節税効果の高い「青色申告」を選択するはずです。そのためには、「借方(かりかた)」「貸方(かしかた)」という概念を用いた『複式簿記』での記帳が必須となります。
(例:事業用口座からPC代を購入した場合 → 借方:消耗品費 / 貸方:普通預金)』
『【ステップ3:減価償却の罠】
あなたが購入したゲーミングPCは、原則として購入した年に一括で経費にすることはできません。「減価償却」として、数年に分割して経費計上する必要があります。(※青色申告の特例を使えば30万円未満なら一括可能ですが、あなたのPCは31万8500円でしたね。アウトです)』
「あああああああああああァァァッ!!!」
帯広市のボロアパートに、朝から俺の悲痛な絶叫が響き渡った。
「バカな! バカなバカなバカな!! なんで三十一万八千五百円のパソコンが一括で経費にならねえんだよ!! お前あの時『経費になります』って言ったじゃねえか!! 三十万の壁なんて聞いてねえよ!!」
俺は頭をかきむしりながら、ジェミニの回答に悪態をついた。
「それに借方とか貸方ってなんだよ! 俺は誰からも金借りてねえし、誰にも貸してねえよ!! なんで自分の金で買い物しただけなのに、借りたの貸したの言われなきゃなんねえんだ!!」
パニックだ。完全にキャパオーバーである。
三十一万八千五百円のPCを買って「これで税金が安くなるぞウヒョー!」と有頂天になっていた過去の俺を、今すぐタイムマシンで殴りに行きたい。
さらに、床に転がっている『メイドカフェの領収書』や『謎の光る馬のマスクのレシート』を、このお堅い「複式簿記」とやらに当てはめる姿を想像しただけで、頭の血管がブチ切れそうだった。
「だ、だめだ……。俺一人じゃ、絶対に無理だ。こんなの、俺みたいな中卒レベルのおっさんにクリアできるゲームじゃねえ……」
完全に心が折れた俺は、ふらふらと立ち上がり、高性能なマイクの電源を入れた。
そして、時刻はまだ平日の午前十時だというのに、緊急の配信枠を立ち上げた。
『【SOS】助けてください。借方と貸方の意味が分かりません。俺はもうおしまいです』
配信開始ボタンを押した瞬間。
平日の朝っぱらだというのに、ニート、夜勤明け、あるいは仕事中にサボっている社会人リスナーたちが、血の匂いを嗅ぎつけたピラニアのように続々と集まってきた。
『朝からどうしたwww』
『タイトルで草』
『ついに確定申告の壁にぶち当たったか』
『ジェミニ先生に見捨てられたおっさん』
『借方貸方www 簿記3級の最初の壁www』
「笑い事じゃねえええええ!!」
俺はカメラに向かって、鼻水を垂らしながら絶叫した。
「お前らの中に、経理のプロはいねえのか!? 公認会計士とか税理士とか、そういう神様みたいな職業のヤツは俺の配信見てねえのか!? 頼む、俺のスパチャ(売上)をやるから、誰かこの領収書の山をなんとかしてくれ!!」
十万人のアリス騎士団に「アイドルの悩みなぞカスリ傷だ!」と豪語し、ミリオンVTuberにまで上り詰めた男の、あまりにも無様で情けない命乞い。
『スパチャ:10,000円(税理士に頼む金も経費になるぞ! さっさとプロに土下座しろ!)』
『スパチャ:5,000円(俺、簿記2級持ってるけど、おっさんのメイドカフェの領収書はどう見ても経費から否認されると思うww)』
『終わりの始まり』
『さあ、地獄のパズル(記帳)を始めようか』
リスナーたちは助けるどころか、俺の苦痛を最高のエンターテインメントとして消費し始めていた。
容赦なく降り注ぐ「納税煽り」のコメントと赤スパの雨。
稼げば稼ぐほど税金が増え、経費を使えば使うほど事務作業(地獄)が増える。
二月十六日。
資本主義の真の恐ろしさと、己の無知さを痛感した四十歳の新米個人事業主は、領収書の山という名のダンジョンで、ただ一人、絶望の涙を流すのだった。