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第39話:青色申告決算書という名の魔導書〜有識者ニキの教えと、減価償却の絶望〜
「……おい、誰か嘘だと言ってくれ。なんだよこの、エクセルをさらに邪悪にしたような画面は」
帯広市のボロアパート。平日の午前中から立ち上げた『【SOS】助けてください』という名の緊急配信枠で、俺は半泣きになりながら三十一万八千五百円のゲーミングPCのモニターを睨みつけていた。
画面に映し出されているのは、クラウド型の青色申告用・会計ソフトの入力画面。
『複式簿記』という、人類が税金を計算するためだけに生み出した最凶の魔導書である。
「お前ら、見ろよこの入力フォーム。なんで金額を入れる箱が『右』と『左』に分かれてんだよ! しかも左が『借方(かりかた)』で、右が『貸方(かしかた)』!? 俺は誰からも金借りてねえし、誰にも金貸してねえっつってんだろ!!」
俺がドン・キホーテで買った「光る馬のマスク(二千九百八十円)」のクシャクシャのレシートを握りしめて叫ぶと、数万人のリスナー(無職、夜勤明け、仕事をサボっている社会人たち)が待ってましたとばかりに一斉にコメントを打ち込み始めた。
『出たww 簿記初心者殺しの借方貸方www』
『おっさん、そこからかよwww』
『ミリオンVTuberの知能レベルが中学生以下で草』
煽りのコメントが滝のように流れる中、ひときわ目立つ赤いスーパーチャット(一万円)が、俺の目に飛び込んできた。
『スパチャ:10,000円(公認会計士です。ルシフェルさん、落ち着いて。借方とか貸方という漢字の意味は完全に無視してください。ただの「左」と「右」という記号です。ひらがなで書いた時、「かりかた」の「り」は左に払うから左、「かしかた」の「し」は右に払うから右、と覚えてください)』
「はあ!? なんだその幼稚園児に教えるような覚え方は!!」
俺はマイクに向かって吠えた。
「俺は四十歳だぞ! 『り』が左で『し』が右ぃ!? そんなアホみたいな……いや、めちゃくちゃ覚えやすいなオイ。……よし、左が『借方』で、右が『貸方』だ。で、会計士ニキ! この馬のマスクの二千九百八十円は、どっちの箱に入れればいいんだ!?」
『スパチャ:5,000円(税理士事務所勤務です。経費が発生した時は左(借方)に「消耗品費 2,980」、お金が減った理由を右(貸方)に「現金 2,980」と入れます。これを仕訳と言います)』
「なるほど! 左に『消耗品費』、右に『現金』か! ……って、おい!! だからスパチャを投げんな!! お前らが俺に簿記を教えるために五千円とか一万円とか投げるたびに、俺の『売上(課税対象)』が増えていくんだよ!! 簿記の授業料が高すぎるだろうが!!」
『wwwwwwwww』
『スパチャが授業料www』
『新しい集金システムで草』
『払いながら稼ぐ男』
『有識者ニキたち、おっさんを追い詰めるなww』
チャット欄は大爆笑だ。
だが、有識者(公認会計士や税理士のリスナー)たちの指導は、的確かつスパルタだった。
『スパチャ:2,000円(いいから手を動かせ! 次! 大福食品のラーメンの送料!)』
『スパチャ:2,000円(メイドカフェは福利厚生費じゃなくて「交際費」か「取材費」で切れ! ただし税務署に突っ込まれたら気合で論破しろ!)』
「ひぃぃぃ! 分かった! 分かったからお布施(スパチャ)はもうやめてくれ! 売上が! 利益が!!」
俺は涙目でキーボードを叩き、有識者ニキたちの指示通りにレシートの山を一枚ずつデータへと変換していく。
まるで、有識者という名のムチを持った看守に監視されながら、石を積まされている囚人の気分だ。
だが、作業開始から一時間が経過し、レシートの山が半分ほどに減った頃だった。
110
177
ゆうき あきや
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俺が「大物」の領収書を手にした瞬間、チャット欄の有識者たちのコメントが、一斉にピタリと止まった。
「よし、次はこれだ。俺が誇る最強の税金対策(経費)! この三十一万八千五百円のゲーミングPCの領収書だ!」
俺はカメラに向かって、BTOパソコンメーカーから届いた明細書をドヤ顔で見せつけた。
「フハハハ! 見よ、この輝かしい『318,500円』という数字を! これをまるまる経費にぶち込んで、俺の利益を三十一万円も減らしてやる! そしたら来年の税金もガッツリ下がるはずだ! さあ会計士ニキ、これは左の箱に『消耗品費 318,500』でいいんだよな!?」
俺が勝ち誇ったように画面に問いかけた、その時だった。
『…………あ』
『おっさん、それ……』
『スパチャ:10,000円(会計士です。ルシフェルさん、今すぐそのPCの電源を落として、現実から目を背けてください。私からは、とても残酷で言えません)』
『スパチャ:5,000円(税理士です。……ご愁傷様です)』
「……え?」
有識者たちの、まるで末期ガンの宣告をする医者のようなコメント。
俺の背筋に、北海道の冬の風よりも冷たい悪寒が走った。
「お、おい……なんだよ。なんで黙るんだよ。経費だろ? ジェミニも『PCは経費になる』って言ってたぞ!? なんでご愁傷様なんだよ!!」
すると、チャット欄に一人の冷酷なリスナーが、日本の税制の『最悪の罠』を書き込んだ。
『おっさん、パソコンの購入代金が【30万円】を超えてるだろ』
『青色申告の特例(一括で経費にできるルール)は、未満じゃないとダメなんだよ』
『お前のPC、31万8500円。つまり、30万オーバー』
「……は?」
『10万円以上のパソコンの法定耐用年数は「4年」』
『つまり、その31万8500円は、一気に今年の経費にはできない』
『「減価償却」といって、4年に分割して、毎年ちょっとずつしか経費にできないんだよ』
「…………」
俺の脳内で、何かが音を立てて崩れ去った。
「よん、ねんに……ぶんかつ?」
俺は震える声で、ジェミニのタブを開き直した。
そこに書かれていた『ステップ3:減価償却の罠』という一文。
(※青色申告の特例を使えば30万円未満なら一括可能ですが、あなたのPCは31万8500円でしたね。アウトです)
「……あ、あ、あああああああァァァッ!!!」
俺は三万円のゲーミングチェアから転げ落ち、帯広の四畳半の床をのたうち回った。
「嘘だろォォォ!? なんでだよ!! 俺の口座からは間違いなく三十一万円の現金が一括で消えたんだぞ!! なのに、今年の経費になるのはその四分の一(約八万円)だけだって言うのか!? 残りの二十数万はどこに行ったんだよ!!」
『資産(固定資産)に計上されるんだよww』
『手元の現金は減ったのに、帳簿上の利益は減らない地獄のシステム』
『税金対策(失敗)』
『1万8500円オーバーしたばかりにwww メモリ増設とか光るファンとかオプション付けたせいだろwww』
『光るファンで一括経費の権利を失った男www』
「やめろォォォ!! 思い出させるなァァァ!!」
そうだった。
俺はあの日、「経費で落ちる(実質タダだ)」と完全にテンションがバグり、調子に乗って「ケースを七色に光らせるオプション」や「メモリの倍増」をポチポチと追加してしまったのだ。
あの無駄な数万円のせいで、三十万円の壁を突破し、一括で税金を減らすという最強のカードを自らの手で燃やしてしまったのである。
「バカ! 俺のバカ!! なんで光らせたんだ!! 光らなくていいだろパソコンなんて!! 俺の人生ずっと真っ暗なんだから!!」
自分の愚かさを呪い、床に突っ伏して号泣する俺。
『スパチャ:50,000円(ドンマイ! 俺たちのスパチャで税金払えよ!)』
『スパチャ:10,000円(減価償却費の足しにしてね! ※なおこれも今年の売上になります)』
『これぞ無知の代償』
『最高のエンタメをありがとう』
リスナーたちは、絶望のどん底に突き落とされた俺をあざ笑うかのように、容赦のない赤スパ(課税対象)を乱れ撃つ。
PCを光らせた代償として、今年支払う税金が予定より数十万円も跳ね上がってしまった四十歳のおっさん。
確定申告の闇は、まだ入り口に差し掛かったばかりだというのに、俺のHP(精神力)は早くもゼロを割り込んでいた。
「……鈴木さん……俺、もうダメかもしれない……」
俺の呟きは、七色にピカピカと輝く三十一万八千五百円のPCのファンの音と共に、虚しく響き渡るのだった。
コメント
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青色申告という難題を配信ネタにしちゃう発想が天才すぎる😂✨「借方が左、貸方が右」の覚え方、私も永久に忘れないと思う!! そして30万円オーバーで一括経費が消える減価償却の罠……光るファンのせいで絶望するところは笑ったけどちょっとかわいそうにもなった😭 スパチャで税金払えは草。次回も楽しみにしてます!!