テラーノベル
アプリでサクサク楽しめる
⚠️重い
____ hyt____
雨の音が、コンクリートの壁を伝って鼓膜にこびりついている。
この狭いアパートの1DKだけが、俺たちの世界のすべてだ。
「…ねえ、仁人。俺、もういいかな」
湿った空気の中で、俺の喉から出た言葉はひどく頼りない。
窓の外は灰色で、明日なんて来なければいいと本気で思っている。
死にたいなんて言葉、手垢がつきすぎてて嫌いだけど、今の俺にはそれしか残っていなかった。
『…何がいいの』
キッチンでコップを洗っていた仁人の手が止まる。
背中越しでもわかる。
仁人が絶望に近い顔をしていることが
「全部。息をするのも、仁人にこうして縋ってんのも、もう疲れた…」
俺は床に座り込み、膝を抱えた。
歌うことも、踊ることも、誰かの期待に応えることも、もう遠い国の出来事みたいだ。
気付けば俺の心臓は、ただ無機質に拍動を繰り返すだけの肉の塊に成り下がっていた。
『勇斗、こっち見て』
仁人が歩み寄ってきて、俺の前に跪く。
その瞳は、何かを強く求めているようでいて、その実、ひどく虚ろだった。
『勇斗がいなくなったら、俺はどうやって明日を見ればいいんだよ。俺だって、もう限界。勇斗を救わなきゃって思うたびに、自分の足元が消えていくみたい…』
「…じゃあ、いっその事一緒に消えればいい」
俺がそう言うと、仁人は泣きそうな、それでいて少しだけ安心したような顔で俺の頬を撫でた。
俺は死にたくてたまらない。
仁人は、そんな俺を置いていけないから、生きる目的を見失っている。
皮肉だ。
俺たちは、お互いの不幸を餌にして、ようやく呼吸ができている。
____ jnt ____
勇斗の肌は、驚くほど冷たい。
触れている指先から、勇斗の絶望が感染してくるのがわかった。
『…お前の心臓になれたらいいのにな、笑』
俺の口から出たのは、祈りに似た呪いだった。
勇斗が死にたいと願うなら、その心臓を俺が引き受けて、代わりに俺が死んであげられたらいいのに。
そうすれば、勇斗は何も背負わずに済むのかもしれない。
「ほんとお前は…相変わらず優しいんだな、笑」
勇斗が力なく笑う。
その笑顔が、俺の胸を鋭利なナイフで切り裂いた。
俺は生きたいと思っていた。
勇斗と一緒に、もっと広い世界へ行けると思っていた。
でも、勇斗が光を失うたびに、俺の見ていた景色も泥のように濁っていった。
「じゃあ俺の心臓やるよ仁人に。仁人が生きたいなら、これ使えよ。 」
勇斗が俺の手を取り、自分の左胸に押し当てる。
ドクンドクンと、規則正しく打つ鼓動。
こんなに力強く生きようとしているのに、この男の精神はもうボロボロに崩れている。
『いらねーよ。お前のいない世界で、お前の心臓だけ持って生きてろって?』
「…じゃあ、どうしたいんだよ」
『んー…奪う。勇斗の夜も、その痛みも、全部。俺が勇斗の代わりに壊れてやる』
俺は勇斗の首筋に顔を埋めた。
勇斗の体温を感じるたびに、自分が正気から遠ざかっていくのがわかる。
救いたい。
でも、救い方がわからない。
だから、俺は勇斗を抱きしめる。
勇斗がどこへも行けないように。
勇斗を殺そうとする絶望を、俺が半分食べてあげるために。
窓の外は、夜の帳が下りようとしている。
結局、俺たちは一歩も外に出なかった。
「仁人、苦しい…」
『…な、』
ベッドの上、もつれ合うようにして横たわる。
どちらがどちらの腕か分からなくなるほど、強く。
勇斗が俺のシャツを掴む。
その指先が震えていた。
「ねえ、もし俺が明日死んだら、仁人はどうする?」
『追いかける。地獄でもどこでも』
俺が即答すると、勇斗は少しだけ目を見開いて、それから『馬鹿だなぁ、笑』と、子供みたいに笑った。
その瞬間、部屋の中に立ち込めていた死の気配が、一瞬だけ揺らいだ気がした。
「そっかぁ…じゃあ…死ぬの、ちょっとだけ延ばしてやってもいいよ」
勇斗が囁く。
「仁人がそんなに俺に固執するなら、もう少しだけ、お前の心臓として生きてやってもいい」
『なんだそれ…笑』
その言葉は、救いだった。
死にたい勇斗が、俺のために「今日」を諦めてくれる。
それは、どんな綺麗な愛の言葉よりも重く、残酷で、温かい。
『…じゃあ、俺も。勇斗が見失った明日を、俺が代わりに探してきてやるよ。勇斗が隣にいてくれるなら、何度でも見失って、何度でも見つけてやる』
「頼むわ」
俺たちは、お互いの不完全さを埋め合わせるように唇を重ねた。
愛を歌うには、俺たちはあまりに傷つきすぎている。
命を歌うには、俺たちはあまりに死にすぎている。
でも、
「…心臓動いてんね」
『うん。勇斗のも、俺のも』
重なり合う二つの鼓動。
この呪いのような依存が、いつか生きる理由に変わるまで。
俺たちは、この暗い部屋の中で、泥濘のような愛を綴って生きていく。
不確かな明日を、二人で殺しながら。
end.
コメント
2件
えっぐいびっくりしたーー目ん玉飛び出るかとおもった最高でした👍🏻👍🏻👍🏻
1ー