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「あの呪い、勝手に人を運んできてくれるので。
どんどんイケメンの客が供給できそうでいいな~と思ってたんですが。
イケメン様に外の席に座ってもらったら、女性客もつられてやって来そうだし」
と帰る道々言うのどかに、貴弘が、そんなこと考えてやがったのか、という顔をする。
「でも――
いよいよ、呪いを解くときが来たのかもしれませんね。
社長や八神さんも引き戻されて、出社できなくなったら困りますしね」
「でも、今まで、二度目の呪いはないような気がするんだがな」
と貴弘が呟く。
「……そういえば、そうですね」
そういえば、みな、一回ずつしか連れ去られていないと気づいた。
「なにかそこにヒントがあるのかもしれませんね。
そして、靴ですよ」
「靴?」
「うちに呪いで引き込まれたイケメン様はみな、靴を履いていません。
そこに呪いの秘密があるのかもしれません。
……ていうか、本来、此処のとこは、泰親さんが知ってるべきなのでは。
あの人、呪いを見張るために居るんですよね?」
とのどかは機嫌よく月を見ながら前を歩いている泰親を見る。
「なんか久しぶりの外の世界にはしゃいでるだけの霊に成り果てててるからな」
呪いに関して、なんにも覚えてないみたいだし、と貴弘は言う。
泰親は一人、前を歩いているので、二人で夜道を歩いている感じだ。
側溝の上を歩くと、少しガタついていて、ぽこんぽこんと音がする。
そんな側溝の蓋の脇にもやっぱり雑草は生えていて。
この季節は花も多く、綺麗だ。
それらのカラフルな花々を見ながら、のどかは笑う。
「何処からが雑草で、何処からが普通の花なのか。
まあ、人間が勝手に区別つけてるだけですよね」
「ほっといても勝手に生えてくる強い草が雑草なんじゃないのか?」
「でも、雑草って、ほんとは強くないらしいですよ。
だから、道端とか他の植物が生えないようなところに生えるんですって。
ハマスゲなんかはアスファルトを押し破って出てくるみたいですけど」
ハマスゲはよく見る、なんの変哲も無い、細く長い草だ。
如何にも雑草、という感じだが、実は香附子という名で生薬として、古くから使われている。
胃炎などにも効くようだが、女性特有の悩みなどにも効くらしい。
のどかが黙って道端の雑草を眺めながら歩いていると、沈黙していた貴弘が、口を開いた。
「のどか。
今日は俺の部屋……」
「私、前から思ってたんですけど。
このハマスゲばかりが生えてるところを刈りそろえたら、かなり芝生っぽくなると思うんですけど」
タイミング悪く、貴弘の言葉にかぶせるようにしゃべってしまったせいか、貴弘は、ふたたび沈黙した。
あ、すみません……と苦笑いして振り向くと、貴弘は機嫌悪く言ってきた。
「今日の俺は、お前に迫るのに、一字ずつしか増やせない呪いにかかっているのかっ」
「……は?」
意味がわからないながらも、『お前に迫るのに』という言葉に、ちょっと赤くなってしまった。
「今日の俺は挫折した」
家に帰り着く頃、貴弘が言ってきた。
え?
なにを?
いつの間に?
と思うのどかの両肩に手を置き、貴弘は言う。
「まだ、時間はあるんだ。
頑張ろう」
……だから、なにをですか?
とのどかは苦笑いして、貴弘を見上げた。
……もういいだろう。
今日の俺はよく頑張った。
そう貴弘は思ってしまった。
大丈夫だ。
明日もある。
まだ、明日ものどかは此処に居る。
こういう、まだ大丈夫だろう的な余裕が危険なのだが、いっぱいいっぱいな貴弘はそのことに気づいてはいなかった。
貴弘は感情を殺し、廊下でテキパキと部屋割りを告げる
「泰親はそっちの部屋。
のどかはこっち。
俺の部屋は此処だ。
なにかあったら言ってこい」
じゃ、と部屋に戻ろうとしたが、のどかに腕を引っ張られる。
なんだ、のどか。
ひとりじゃ寂しくて寝られないとかっ?
俺がさっき一字ずつしか増やせなかった言葉の正解がわかったとかっ?
と勢い込んで振り向いたのだが、そんなはずもなく、のどかは照れたように笑い、言ってきた。
「今日はいろいろとありがとうございました。
あっ、違いますね。
今日もいろいろとありがとうございました、ですよね。
いつもいっぱいお世話になっちゃって、すみません」
……のどか。
なんで婚姻届を出したのか、いまいち思い出せないんだが。
今このとき、お前がはにかむように俺を見ているこの瞬間にも、確かに俺はお前と婚姻届を出しに行きたいと思ったぞ。
やっぱり、俺はお前が好きなんじゃないだろうか。
「いや、だから、今か」
と信也に突っ込まれそうなことを考えながら、のどかの白くて、ちんまりとした顔を見つめる。
廊下の灯りは暖色系で少し暗く、雰囲気あるバーの灯りにも似ていた。
なにか……
なにか思い出せそうだぞ、と思いながら、のどかの顔を凝視したまま強く手を握ると、のどかが赤くなって後ずさる。
「あ、えーと……」
と俯きなにか言いながら、逃げ腰になるのどかに、
「待て。
ちょっとそのままで」
と貴弘は言った。
なんですか、社長。
なんで私の手を握ったまま、見つめているのですか、社長。
廊下でいきなり貴弘に手を握られ、あの黒い綺麗な瞳でまっすぐ見つめられたのどかは、どうしていいのかわからなくなる。
いやっ、そのままでとか言われても困るんですけどっ。
ひーっ。
泰親さんっ、助けてっ、と思うが、泰親は自分に割り当てられた部屋のドアを開けたり閉めたりしながら、ウキウキしていて、こちらを見もしない。
三人だから緊張しないかと思って此処まで来たけど。
これなら二人で居るのと変わらないっ、と手を握られたまま、のどかは固まる。
……に、逃げ出したい。
社長の目の前から。
この場から。
いや、もうこの家からっ!
今すぐ走って逃げ出したいっ、と思ったとき、のどかは、
「ああっ」
と叫んでいた。
「なんだ、どうしたっ?」
と何故か一緒にテンション高く、貴弘も叫ぶ。
「もしかして、靴がないのは、逃げられないようにじゃないんですかっ?」
「はあっ?」
「呪われて連れ込まれた人たちが靴を履いてないのは、あそこから逃げられないように、靴を取られてるんじゃないですか?
ほら、平安時代とか、婚姻のしきたりとして、男性が三日女性の家に通ってたじゃないですか。
そのとき、女性の家族は男性が家にとどまってくれるように靴を抱いて寝るんですよ。
それと同じに、イケメン様に家にとどまって欲しいから靴がなくなるんじゃないですかねっ?」
どうでしょうっ、とのどかは手を握り返し、貴弘を見つめ返す。
貴弘もまっすぐ、のどかを見つめ返してくる。
のどかの手を強く握り、貴弘はゆっくりとのどかに言い聞かせるように言ってきた。
「そうかもしれないが……。
……今か」
なにかがまずかったようだ、ということは、さすがの、のどかにもわかった。