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僕の辞書に朝はない。何故なら、それまでずっと寝ているからだ。昼に起き、依頼をこなして寝る。
まさに怠惰な生活をしている。
そんな僕が異世界に行っても、こんな逆転生活は治ることなく、むしろ学校に行かなくて良い平和な世界を謳歌していた。
僕は佐呂間利家。ひょんなことからこの世界に転移した元自宅警備員。チート能力を持つわけでもなく、日々怠惰にかつ静かに暮らしている。決して脳は震えない。
スペックは平凡フツメン、学力は高い方だと思う。趣味は人間観察。それを活かして、今は借家の一室で勝手に交渉代行をやっている。
怠惰の権化たる僕は、今日も昼まで寝腐るつもりだった。しかし、最近は営業時間外にも拘らず、朝に依頼をしにくる客人が増えてきた。今日も依頼人が扉をノックする。
「はい、どちら様で?」
「ここだね、交渉代行は。ただの借家の一室のようだが……」
「いかにも、ここがそうですけど、営業時間外ですよ」
今日の依頼人はいかにも怪しげな老人だった。茶色いローブに身を包み、サンタみたいに白い髭を生やしている。僕は彼を部屋に招くと、あくびをしながらコーヒー用のお湯を沸かし、居間に案内した。
本来なら追い返したいところだが、僕にも異世界の静かな暮らしがある。それにこの老人、なんとなくだが金の匂いがする。少なくともただの爺さんじゃないことは確かだ。
「それであなた、お名前は?」
「オニオン・タルタールだ」
明らかに偽名だ。まあいい。僕の仕事はあくまでも“交渉代行”。簡単に言えば探偵と弁護士を足して、商人で割ったような仕事。故に依頼人も訳アリ、かつ一癖二癖ある人ばかりだ。それを一々気にしていたら、頭がおかしくなる。
ぶっちゃけ、金を落としてくれるなら僕は誰であろうと構わない。
「オニオンさん、ですか。して依頼の内容は?」
「……城の近くに建つ幽霊屋敷は、分かるかね?」
幽霊屋敷といえば、かつて存在したタルフィス一族の豪邸跡。国民で知らない人はいない、有名な心霊スポットだ。なんでも最近、そこに少女の霊が現れるという。僕も、その噂は小耳に挟んでいる。
すると彼は、まるで僕の心を読んだかのように頷き、話を続けた。
「その豪邸跡に現れる少女を、ここに連れてきてほしい」
そう言って、彼は地図の切れ端を渡した。なぜか、集合場所は墓場だった。まさか成仏させろというのか。生憎それは専門外。と言いたが、要はアレだ。引きこもりの少女を外に出るよう説得しろ! というクエストだ。
時刻はまだ10時。営業には早いが、引き受けることにした。
「ところで、コーヒーに砂糖は入れますか……い?」
ちょうどお湯が沸いたので一杯でもご馳走してやろうと思い振り返る。しかしそこには、老人の姿はなかった。要件が済んだら即退場ということか、風のようにサラッと去っていきやがった。
まあいい。早すぎるくらいだが、お目覚めの一杯でも飲んでから行こう。
「熱っ」
畜生、朝っぱらから嫌なお目覚めだ。
僕は舌を火傷した。
しばらくは飲み食いするたび痛みがぶり返すだろう。とどのつまり、眠りを妨げられる。
ともあれ、僕は例の屋敷にやってきた。噂通り豪華で大きかったが、おどろおどろしいく、ツタが大きな体を包み込んでいる。しかも庭には小さな森が形成されていやがる。いかにも、出そうな雰囲気だ。
「ここに、例の少女がねぇ」
幽霊なんて怖くないといえば嘘になる。だが、一時の恐怖心を克服すれば、見積もって一月は遊んで暮らせる大金が入る。多分。だから僕は、足を踏み入れる。
「お邪魔します」
誰も返事はしてくれない。まあ、誰もいないはずだから当たり前か。誰もいないなら。
「誰?」
「ひじきっ!」
驚きのあまり、変な声が出た。
想像してみろ。朝なのに暗い屋敷、今にも崩れそうな場所で、今にも消え入りそうな女の声が聞こえてくるんだぞ? 怠惰な僕でも飛び上がる。ていうか、ひじきって何だ。
あまりの衝撃に、僕は冷静さを欠いた。
だがすぐに冷静さを取り戻し、彼女に名刺を渡した。
「サロマ・トシイエ?」
彼女の真っ赤な瞳が僕を見上げる。年齢は15歳くらいか、僕より身長が低い。髪型は金髪サイドテール。ゴスロリのような黒いドレスを着ている。まさに、幽霊少女にふさわしい。しかし、依頼人との関係性は伺えない。
とにかく、彼女を説得してこの屋敷から出せばいいんだ。そのためなら、僕はなんでも利用する。
「あなたのお父様から成仏の依頼を頼まれ、馳せ参じました」
「成仏じゃと? 阿呆かお主。妾のようなうら若き美女を幽霊と言うか」
彼女は僕をおかしな奴を見るような目で睨む。だが確かに、幽霊ならば背筋が凍るような悪寒がするし、生きた感じがしないはず。
だが、彼女は白魚のように白い肌をしており、見たところ幽霊には見えない。綺麗な幽霊という線も考えたが、イヤな気配がしないし違う。
「ま、パパからの依頼ならその交渉とやら、聞かせてもらおう」
まずは依頼人に申し訳ないが、彼には父親になってもらった。
反抗期を迎えて家出したという可能性もある。さすれば、16歳の同年代たるこの僕が良き理解者となってやることが効果的と考えたのだ。
ところは変わって屋敷の談話室。彼女は紅茶をご馳走してくれ、部屋に香りが漂いはじめた。
この部屋は思ったより綺麗で、蜘蛛の巣一つない。
「この屋敷から、ここに君を連れて行く。それが今回の内容です」
僕は依頼人の残した地図を見せながら、今回の要件を語った。
彼女はそれを見るなり、フンと鼻で笑ってそれを破り捨てて言った。
「折角来てくれてすまぬが、妾は絶対にここから一歩も外には出ぬ」
その熱意は目の中に炎を灯すほど。不動の意志が見受けられる。
「このクエリー・タルフィス、タルフィス家最後の希望として、唯一の砦を死守するなりっ!」
「おぉ。って関心してる場合じゃない。なんで出ようとしないのです?」
僕は訊いてみた。が、彼女は一向に話そうとはしない。
まあ、何処の馬の骨ともわからないフツメンに訊かれて答えるはずはない。
しかしそこで、彼女の発言に不思議な部分を見つけた。
『最後の希望』、『タルフィス』。
噛み砕くと、彼女はこの屋敷の持ち主の娘。そして、彼女はタルフィス家唯一の生き残り。つまり、出汁に使った父親の存在は、この世にいないことになる。
しかし、僕は驚かない。なにせ依頼人と父親はイコールじゃない。とどのつまり、赤の他人だ。
「そうか。クエリーさん、差し支えなければあなたの父親が今どこにいるのか、教えてください」
「はぁ? 依頼されておいて知らぬとは。まあよい、ざっくり言えば、パパはもう死んだ。五年前に妾を遺してな」
彼女の口調が強くなり、手が震え出した。先の態度といい、父親とは何か深い関係があるらしい。
気になるが、あくまで僕の目的は彼女を屋敷から出し墓場に連れて行くこと。それさえできれば、後は金をもらってオサラバだ。
「お父様と、何かあるみたいですね」
「パパは、この屋敷の立ち退きを拒否したばかりに殺されたのじゃ。それ以来、妾は誰も信じまいとこの屋敷にこもり、密かに屋敷を守っておったのじゃ」
ビックリ。まさか彼女の方から真相を話してくれるとは思わなかった。
とはいえ、人間不信の気持ちは僕自身よくわかる。
僕も大概だが、人は欲求のために手段を選ばない醜く狡賢い生物だ。用済みになったり使えなかったら、捨て駒のように処分する。僕もそうやって利用され地獄を見た人故、よくわかる。
「じゃあつまり、この屋敷にはあなたの思い出が」
「うむ、今はもう管理も生き届かず、いつ倒壊するか分からぬがの。出ていくタイミングを、逃したのかも知れぬな」
彼女はもの哀しそうな表情で、ティーカップを片手に廊下に出た。綺麗なこの部屋とは打って変わって埃っぽく、失礼だが少しジメジメしている。確かに、こんなに大きな大豪邸を少女一人で全部管理しろなんて、無理に等しい。たとえそこに思い出があろうとも。
その時、僕も思い出した。学校に行くのをやめて引き篭もった日のことを。
「僕も、人を信じられなくなって、一度引き篭もったことがあります」
「?」
「どうせ誰かがリカバリしてくれる、なんて甘えて努力せずに。でも、それは間違いでした」
その時、彼女は僕の目を見た。
「休むことは大事。でもその落とし前は基本、自分でつけなきゃいけないんです。自分が努力して、変わりたいって思って初めて、誰かが手助けしてくれくれるんです」
「何じゃそれ。まるで、お主にはそんな人がいたみたいじゃな」
彼女に言われハッとした。今までの言葉は自分に帰ってきていた、と。
僕は今まで怠惰に生きることを甘んじて受け入れていた。ケジメも付けずに。それなのに、偉そうなことを簡単に。
その瞬間、僕の口は閉じた。
「それみろ。結局お主も、妾を利用したいだけの獣じゃ」
「……その通りだ。全くもって、その通り」
ブーメランが刺さった僕は、静かに呟いた。
「ごめんなさい、偉そうなこと言って。僕も、そんな人はいなかった。いや、居たけど信じなかった」
すると再び、彼女はピクリと動いた。
「でも、少なくともチャンスは逃すものじゃないと、僕は思います」
「何じゃ、急に?」
「作るもの。チャンスは自分で作って、初めて人は変われる。だから!」
何をやっているんだ僕は。何で、彼女に手を差し伸べているんだ?
「互いに変わるために、僕の助手になってくれ!」
「っ!」
ああ馬鹿野郎、なんてことを口走って。でも顔を上げて見ると、彼女は顔を真っ赤に染めていた。こんな愛の告白まがいの言葉、何ならビンタでもして振ってくれ。
しかし、僕の思いとは裏腹に、彼女の柔らかい手が重なった。
「全く、似合わない男じゃ。そんなだからモテないのではないか?」
「ばっ……まあいいや。行きましょうか」
マジかよ、成立しちゃった。
そして交渉成立した僕たちは、例の場所に行くため外に出た。彼女も、無事に屋敷から出た。
しかし次の瞬間、屋敷が倒壊した。
「きゃあっ! そんな、妾の砦が……」
無惨にも崩れた屋敷は、原型もないくらいに崩れ去った。思い出が崩壊した辛さは、想像に難くない。
しかしその瓦礫の中から、ひらりと色褪せた紙が落ちてきた。
「ん? 何だ、これ」
僕は空に舞う紙を取った。よく見るとそれは写真のようだった。しかもその中には……
「あれ、タルタルさん?」
「誰じゃそれは。これが妾のパパじゃぞ?」
「ああ、パパさんか。って、ええええ!?」
目玉が飛び出た。彼女の説得のために吐いた嘘が本当だったから。そういえば、そんなことわざがあった気がする。
いや待て。とどのつまり、依頼人は幽霊。それじゃあ……
「依頼料どうすんだよ!」
そう、依頼料だ。幽霊だったら金を払うなんてできないじゃあないか。
しかし一瞬、何故彼はあんな依頼をしたのか、疑問に思った。
すると彼女がぽつりと、僕の心を読んだように呟いた。
「パパめ、妾を助けるために。粋な事を。よし、決めた!」
「ん?」
「お主の助手とやら、なってやる! パパの代わりと思うて、好きに使え!」
彼女は目を輝かせながら言った。
やれやれ、より騒がしくなりそうだ。