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じめじめした梅雨の季節。
もうすぐで夏休みだというのに、一人の転校生がやって来た。
❤️「宮舘涼太、です。よろしくおねがいします!!!」
みやだてりょうた、と名乗った少しませた感じの男の子は、元気に挨拶すると担任の先生に言われるまま、指定された席に着いた。
「渡辺くん、宮舘くんに色々教えてあげてね」
💙「…はい」
隣りに座る内気そうな男の子は小さな声。
困ったように返事をし、誰にも見られないように小さくため息を吐いた。
❤️「よろしくねっ!!」
屈託なく出された右手をおずおずと握る。
涼太くんの手は、少し大きくて、ちょっと分厚くて、しかしとっても温かかった。
💙「それでね、教科書とかないから、俺が全部見せなきゃいけないんだよっ」
ご飯を口いっぱいに頬張りながら、兄の亮平に一生懸命説明する翔太。いかにも迷惑、といった感じだ。亮平は弟が引っ込み思案で一人の世界に閉じこもりがちなのを知っていたので、仲良くなれるといいね、と翔太の思惑とは真反対のことを言った。
💙「なんでよ。俺、やだなあ。苦手なタイプだもん…」
翔太は兄の同意が得られないことが分かると、不満そうに足をぶらぶらさせた。茶碗は左手に持ったままだ。頬を膨らませて唇を尖らせている。亮平はご馳走様、と言うとそそくさと部屋に戻ってしまった。
今夜は家庭教師の村上先生が来る日だ。部屋に戻って予習をするのだろう。
翔太はちえっと言って、一人寂しくぼそぼそと食事を済ませると、流しに食器を持っていき、いつものようにテレビを見始めた。共働きの両親の帰りは今夜も遅い。兄弟二人きりで寝る時間まで過ごすのに、村上先生が来てからと言うもの、週に3日は独りぼっちだった。
💙「部屋に行くと怒られちゃうし…俺の部屋でもあるのに…」
翔太はソファに置いてあったお気に入りのクマのぬいぐるみをぎゅっと抱き締めた。
❤️「今日もごめんねっ」
相変わらず涼太の声は大きい。
人懐っこい笑顔で、涼太は机を翔太の机にくっつけた。
いつになったら自分の教科書持ってくるんだろ。
頬杖をつきながら、涼太 を見る。
涼やかで綺麗な顔立ちをしている。活発で明るくて、自分とは正反対のタイプだ。
じっと見ていると、目が合った。
❤️「どうかした?」
💙「教科書…いつ持って来るんだよ」
文句を言うと、涼太は目を伏せる。
彼がそんな暗い顔をしたのを初めて見た。翔太は何か悪いことを言ってしまったのかと思ったが、もう遅かった。
❤️「ごめんね…。うち、ビンボーで」
ビンボー、が、貧乏を指すことに気づくのに少しかかった。涼太は、そっと言う。
❤️「学校終わったら、ウチに遊びに来ない?」
翔太は、迷ったけれど、この転校生に申し訳ない気持ちと、同時にほんの少し好奇心が湧いて、こっくりと頷いた。涼太ははにかみながらも笑顔になって、再び前を向いて授業に集中し始めた。翔太は授業を聞いてるふりをしながら、涼太の言ったことについてあれこれと考えを巡らせていた。
💙「旅一座?」
❤️「そう。俺んち、旅芸人の一家なんだ」
涼太の家へ向かう道すがら、翔太は初めて聞くことの連続に戸惑っていた。
❤️「だから転校も多いし、そのたんびに教科書を揃えることも出来ないから…」
涼太はそう言って頭を掻く。
着いたよ、というと、そこは近所のお寺だった。
❤️「境内の一角をうちの一座で借りて生活してるんだ」
そう言うと、涼太はお寺の中にずかずかと入って行く。
涼太は色んな大人たちに坊ちゃんと呼ばれて可愛がられていた。どことなく大人っぽい風貌も、なるほど、こんなに大勢の大人たちに囲まれて生活していたからなのかと翔太も納得した。自分とは全然違って、涼太がものすごく大人に見えた。
主にみんなが暮らす広間を抜け、奥の狭い物置のような部屋に案内される。中にはたくさん布団が折り重なって置いてあって、少し薄暗かった。
❤️「ここが俺の部屋。これが、俺の勉強机」
木で出来たみかん箱だった。
隅に電気スタンドが置いてあって、夜でも勉強ができるよう工夫がしてある。
❤️「翔太くんに、見せたかった」
そう言って、はにかんで笑う涼太。
翔太はどうして?と聞いた。
❤️「仲良くなりたかったから」
涼太は珍しくぶっきらぼうにそう答える。
💙「……いいよ。仲良くなろう」
❤️「やったぁ」
翔太がそう言うと、嬉しそうに涼太は笑った。前歯が揃って抜けて、少し間抜けな顔をしている涼太を翔太は可愛いと思った。
それから夏休みになり、二人は毎日のように一緒にいた。虫取りに誘われて、苦手な虫を手に乗せられた時には、翔太は泣いて、一日絶交をしたけれど、次の日に朝顔の鉢を持って来て涼太が謝って許してからは、変わらず毎日お互いの家を行き来して遊んだ。
涼太は翔太が聞くとワクワクするような旅の話をいっぱいしてくれた。見たことも聞いたこともない土地の話を聞くのはいつも楽しかった。そして、旅の話をする時の涼太の横顔はいつも大人びていてかっこいいと思った。
❤️「お邪魔します」
💙「いらっしゃい!上がって上がって」
夏休みがもうすぐ終わるという日。
涼太は翔太の家に初めて泊まりに来た。翔太は嬉しそうに涼太の腕に抱きつき、母親に用意してもらった客間へと彼を案内した。
💙「今夜はここで二人で寝よう。朝までいっぱいおしゃべりしよう!」
翔太はにこにこしている。
夜にはすぐに眠くなるくせに、今夜は徹夜するぞと息巻いている。そんな友だちを涼太は嬉しい気持ちで見ていた。
💚「いらっしゃい」
❤️「あ、こんばんは。宮舘涼太です」
💚「弟から聞いてるよ。しっかりした子だね。うちの翔太とは大違いだ」
💙「もうっ!!」
翔太は膨れ面をしてみせたが、その頬を亮平に突かれると笑った。仲の良い兄弟だと涼太は思った。自分にも妹はいるけれど、こんなに仲良くはない。素直に羨ましいと思う。
💙「涼太、お風呂入ろう!」
家に来たのが夕方だったので、翔太は涼太を誘って風呂に行き、仲良く背中を流しあって、夕飯を済ませ、二人並んで布団に横になった。
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❤️「もう寝ちゃった?」
部屋を真っ暗にして、ずっと手を繋いでいたが、徐々に翔太の手の力が抜けて、むにゃむにゃと言い始める。涼太は翔太の方を向いて、暗闇の中、目を開いていた。
💙「おきてるよぉ…」
翔太の甘えたような声に、強い睡魔に襲われていることがわかって、涼太はくすりと笑う。涼太は起き上がると、翔太の布団の中へと入った。
❤️「翔太」
💙「んー?」
翔太から洗い立ての髪のいい匂いがする。自分からも今、同じ匂いがしているのだろうと涼太は思った。暗闇の中、白く浮かび上がる翔太の頬を触った。
💙「くすぐったい…」
❤️「……翔太。初めて会った時から君が好きだよ」
💙「…………」
❤️「寝ちゃったか」
涼太が吐息混じりにひとり寂しく呟いた。
涼太は翔太を抱くと、その小さな唇に自分の唇を優しく重ねた。
❤️「さよなら」
返事の代わりに、翔太は小さく、息を吐いた。そして、涼太の胸に自分の頭を押し付けるようにして眠り続けた。涼太はずっと翔太を抱きしめていた。
💙「お兄ちゃん!涼太がいなくなっちゃった!」
家に帰って来るなり、翔太は亮平に抱き着いた。しがみついて震えている。涙が後から後から溢れた。
別れた次の日にいつものように、涼太の一座が集まって住んでいるお寺に行ったら、もぬけの殻だったのだ。たくさんいた人も、所狭しと置かれた生活用品も一夜にして全てなくなっていた。まるで狐につままれたような、そんな気持ちだった。
💚「翔太、落ち着いて…」
弟の震える背中を撫でる。
翔太は声を上げてわんわん泣き出した。
初めて出来た親友だった。どうして急にいなくなったのかわからなかった。冷たいと思った。何も知らせてくれないなんて。
学校が始まり、担任の説明によって、宮舘涼太は次の街へ向かったのだと知った。先生に聞いてみたけれど、連絡先はわからないとのことだった。
翔太は泣いた。たくさん泣いて、今でも思う。あの楽しかった日々のことはきっと一生忘れないだろう。きっと一生、涼太のことを想うだろうと。それは彼の、初めての淡い恋だったのかもしれない。
コメント
7件
ゆり組離れちゃったー😭
うひゃー😭😭大人びた涼太と純粋な翔太がお互い淡く恋してるの可愛すぎる🥺🥺🥺急に会えなくなった人ほど印象に残るよね… あとついに部屋に入れなくなったお兄ちゃんと村上先生の時間も何してるやら…🤔