嵐の様なスピードで、美術の時間がやって来た
珍しく 今回の授業は、班以外の人とも絵を描いて良いというル―ルだった
私は、一人で描きたい気分だったが…色々な女友達から「一緒に描かない?!」と誘われてしまった
「あはは……えっと……」
物言いずらそうに私がしていると
目の隅辺りに 黒縁眼鏡を掛け 三つ編みをしている大人しめのクラスメイトを見つけた
「……御免ね 皆 実は、私……」
あの子の名前は……確か…
「黒咲さんと一緒に描くって約束してて…」
黒咲 心和
成績優秀で 絵も上手いけれど 無口で暗い雰囲気を漂わせている為 誰もが話したがら無い 大人びた少女だ
「ぇ………?」
当の本人は、突然自分の名前が出てきて 頭にはてなマ―クを出して 混乱している
「黒咲さん 行こ」
私は、黒咲さんの手を取り
薄暗く不気味な雰囲気のせいで、 人が滅多に来ない空き教室に足を運ばせた
空き教室の前に立ち ドアを開ける
「がらがら」と何気な音と一緒に目に飛び込んで来たのは、椅子が二脚しか置かれていない
目を見張る程 真っ白な世界
此処を何かで例えるなら 私は、キャンバスと応えるだろう
中に入ってから私は、深々と頭を下げながら
「…御免ね 黒咲さん」
と謝った
「…い……いえ……大丈夫…です」
黒崎さんは 俯いたまま決して顔を合わせようとしない
「……そうだ 黒咲さんは、何書くの?」
黒咲さんが黒色のバッグからスケッチブックを取り出したタイミングで、私は少し気になっていた事を尋ねた
「ぇ……ぁ……鯨……です」
眼鏡のフチを触り 気まずそうに、黒咲さんは、そう答えた
「…もしかして…鯨……好きなの?」
私は、内心ドキドキしていた
鼓動が高鳴って
額から一粒の汗が垂れ流れた
「……はい…鯨…可愛くて好き…です」
その言葉を聴いた瞬間 私の心は静寂から喜びを灯した世界に変わった
心境に身体が追い付かず黙り込んでいた私の顔を覗き込み
か細くて鈴を転がす様な声で
「…大丈夫………ですか…?」
心配そうに聞いてくれた
「うん……大丈夫」
私は、ふにゃっと笑って誤魔化した
そこからは、あまり会話が続かず
お互い 描きたい物を黙々と描いていた
真っ白で何も無い 紙に私達は、世界を描いていった
今の人間達と同じ様に……
美術の時間が終わり 昼休みを知らせる甲高いチャイムの音が校舎の中に流れた
「…ふぅ……やっと昼休み…か」
疲れ果てた社畜の様に私は、机の上に頭をのせ息を吐く
「お疲れ様 蒼唯 隣…座っても良い? 」
「うん…良いよ 碧月もお疲れ様」
彼女の名前は、詩奈原 碧月
このクラスの学級委員をしていて 私の、幼なじみで本音を言い合える仲だ
「今日の美術の時間……また皆に流されて クジラ以外の物描いてたでしょ」
お弁当に入っていた唐揚げを頬張りながら私に説教してくる
「仕方ないでしょ? 皆は、私の本音を潰してまでも自分の理想を押し付けたいんだから」
私も負けじと反論する
「…あんたは、優し過ぎだって!小学生だった頃も 家の用事があったのに他の子がお願いしてきた仕事やって 家に帰ったらお母さんにしこたま怒られたって言ってたじゃん」
「うっ……其れに対しては、何も言えない」
正論をぶつけられて反論が出来なくなった
「だ・か・ら! ちょっとぐらい本心だしなって! もう少し世界が可愛く見えるよ!」
「世界が可愛く見えるって……どういう事よ」
「ん~……そのまんまの意味」
少し頭が混乱した
【世界が可愛く見える】この事は、私には、あまり理解出来なかった
そもそも世界は、可愛くなんかない
棘だらけで 何時も傷つけあってる
こんな世界
「可愛くなんか無いよ…」
ボソリと誰にも聞こえない声量で呟いた
窓から空を見ると 微かに濁っていて
嗚呼_地球も哀しんでる
なんて妄想を心の中で広げた
気がつけば さっきまで隣に居た碧月は、居なくなっていて
そこには 食べかけのお弁当と他の人達の喋り声しか残っていなかった
『……本心…か』
一口一口 食べかけのお弁当に手をつけていく
「……退屈だな」
そんな本音だけが涙の代わりに
口からポロリと零れ落ちた
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