テラーノベル
アプリでサクサク楽しめる
空音
37
シュメール
604
39
2,810
桜子の雇った弁護士の「狐塚」は書類を一枚ずつ順番に指し示しながら、整理するように彼女に話し始めた
「今回の件について、あちらの弁護士から提出された名誉棄損の主張内容がいくつかあります、まずひとつは、美木さんが匿名掲示板の『ランキング不正』をテーマにした、本来春ウララさんとは何ら関係のないスレッドに、唐突に春ウララさんが特定されるように情報を書き込み、根拠のない『匂わせ』批判を書き込んだということです、これにより、それまで無関心だったスレッド参加者の注目が一斉に春ウララさんへと向かいました」
テーブルを挟んで桜子の向かいに座るその弁護士は、小柄な体を仕立ての良いグレーのスーツに包み、ダークスーツのジャケットの襟には、金色の弁護士バッジがラリと鋭く光っている
足を大きく広げて座り、桜子は彼が小柄なのにどこか自分を大きく見せているように見えた、彼は続ける
「問題の掲示板では、利用規約上で個人を特定し得るような情報の書き込みは禁止と注意事項があります、にも関わらず、あなたは、直接名指しすることは避けながらも、読めば容易に本人にたどり着けるだけの情報や、実績などの手がかりを、意図的にちりばめ、実際にそのスレッドを読んだ複数の利用者が、あなたの書き込みを手がかりに『ハブリスタ』上で春ウララさんのアカウントを探し出し、特定するに至ったことが確認されております。それも一人二人ではなく、複数人にわたって同様の行動が確認されているとのことです、規約違反と承知の上で他の利用者を個人特定へ誘導した点において、悪質性はより重くなっています」
この「狐塚弁護士」は、桜子がネットで検索して見つけた弁護士事務所の一人だった『これまでの裁判実績、負けゼロ、勝訴率100%』との公式ホームページの謳い文句と、初回相談料半額で、桜子は藁にも縋る思いで飛びついた、彼は言う
「春ウララさんは、確かに6月にSNSで『近く良いお知らせがあります』と投稿されていますが、これは事実、原作コミカライズの配信を指したものでした、しかし作画家さんが急病で緊急入院されて休職に入ったため、春ウララさんご自身が『配信よりもまず先生の回復を』と配信延期を申し出られていた背景があります、現在は回復されて無事にコミカライズ企画は進んでいますが、作画の先生がSNS上でご自身の体調について何も発信されていなかった為、春ウララさんもSNS上でそれ以上の説明ができないまま今に至った・・・というのが実際の経緯です」
―そんなことがあったんだ・・・―
桜子は心の中で思った、そして匿名掲示板に自分が書き込んだ内容を思い出し、少しだけ後悔した・・・
掲示板に張り付いていると、マウント取りと憶測で決めつけてしまうのも、あの掲示板の魔力だった、弁護士の狐塚がコホンッと一つ咳をして書類を読み進んでいく
「それを美木さんは、春ウララさんの事情を何も確認しないまま、憶測だけで『商業匂わせを自慢する恥ずかしい人』といかにも決めつけて煽った・・・これは、相手の状況を確認する努力もせず、自己顕示欲だけでSNSで良い印象を演出しているのだろうという、一方的な決めつけを無関係な場にまで持ち込んで、公然と流布した行為であり、十分に名誉毀損に該当し得るというのが、あちらの見解です」
弁護士はそこで一度資料を閉じ、静かに桜子の顔を見た、ブルブル桜子の手が震えている、狐塚はペラリとホチキスで止めた数枚の、桜子が匿名掲示板に書き込んだ内容の印刷を見せる
「あ~・・・それとここ!ここですね、あなたが別の人間になりすまして、いかにも春ウララさんが「匂わせする恥ずかしい作家」と何人もの人が注目して噂しているように自作自演をしているのもバレてますね~、いやぁ~!作家さんは成りすましが上手いですねぇ~、匿名だとつい度が過ぎちゃいますよね、あの掲示板サイトは訴訟問題が多いんですよぉ~」
狐塚が愛想良く笑う、その顔立ちはどこか狐を思わせ、切れ長の目は細く吊り上がり、瞳の奥にはいつも何かを値踏みするような光が宿っている
今こうして向かい合っていても、狐塚の口の回りの良さにはどこか危うさが漂っている、話を聞けば聞くほど納得させられる一方で、心のどこかで「この人本当に信用していいのだろうか」という小さな警戒心がチリチリと燻り続けていた
「他の訴訟と部が悪いのは、ハッキリとこうして文章で残ってることなんですよ、事実は小説より奇なりってね~、いやぁ~ちょっといたずらが過ぎちゃいましたよねぇ~美木さん、アハハハ」
桜子は食い下がった
「だっ・・・だからって・・・慰謝料百万円はっ!とてもではないけどお支払いできませんっ!!」
思わず大きな声で食い下がった、狐塚は慌てる桜子に「だいじょ~ぶ!だいじょう~ぶ」と両手をひらひらさせた
「これは私も相場より高いと思います、大丈夫!今から私が交渉してこの金額の十分の一にして見せますよ!」
「え?そうなんですか?そ・・・それなら払えます」
「ハイ!ご心配なく、円満に解決できるはずですよ」
どこか漫画に出てくる小狡い金持ちの息子を思わせる狐塚の言葉に、桜子はホッと胸を撫でおろした、そこでスマホの時計をチラリと見る、狐塚の相談料は一時間七千円だ、そろそろ退散しないと追加料金がかかる
「よろしくお願いします!」
「ハイ、それでは今から交渉資料を作成するので、謝罪文と必要な書類を揃えてくださいね」
「ハイ!」
ニッコリ狐塚は桜子に微笑んだ、数日寝不足だったけど、その日は桜子は安心して眠りについた
コメント
2件
これからは人を妬まずまっとうに生きなくちゃダメだよ桜子ぉ😓
いやあ、第18話、めちゃくちゃ面白かったです…!狐塚弁護士の胡散臭さと有能さが絶妙で、読んでてゾクゾクしました。桜子が匿名掲示板の魔力に飲まれて後悔するところ、すごくリアルで「あるある」って思わされました。事実は小説より奇なり、って台詞がめっちゃ刺さりましたね。続きが気になります!