病室の空気が、妙に重かった。
奏太は、まだ頭が整理できないまま、ベッドの上でじっと天井を見つめていた。
過去の世界に戻っていたと思っていたのに、気がつけばまたこの病室にいる。
夢だったのか、それとも現実だったのか――。
「……奏太。」
横に座るあかりの声が震えていた。
「私……ずっと、君のそばにいたよ。」
彼女の声は、どこか不安定だった。
「あかり……?」
顔を向けると、彼女の目には涙が浮かんでいた。
「どうしたんだよ?」
すると、あかりはぽつりと呟いた。
「……私、ずっと隠してたことがあるの。」
奏太は、彼女の言葉の意味が分からなかった。
「隠してたこと?」
あかりは、小さく唇を噛みしめた。
まるで、ずっと言えずにいたことを今ここで打ち明ける決意をしているようだった。
「奏太、君が“余命一年”って宣告された時……私ね……。」
「……うん。」
「私も、同じようなことを言われたの。」
奏太は、一瞬、思考が止まった。
「え?」
「私も……病気なんだ。」
その言葉が、奏太の心に突き刺さる。
「……嘘だろ?」
「本当だよ。」
彼女の目は、悲しみに満ちていた。
しかし、その奥には、どこか覚悟したような強い意志もあった。
「私はね、生まれつき心臓に持病があるの。」
奏太は、何かを言おうとしたが、喉が詰まって声が出なかった。
「ずっと隠してた……。」
あかりは、小さく息を吐きながら言葉を続けた。
「君が“余命一年”って言われた時、本当はすぐに言おうと思った。」
「じゃあ、なんで……?」
「だって……。」
あかりは、寂しそうに微笑んだ。
「君のために、泣きたくなかったから。」
「……。」
「私まで泣いたら、君はきっと自分のことを責めちゃうでしょ?」
「……そんなこと……。」
「だから、私は笑うって決めたの。」
あかりは、目に涙を溜めたまま、それでも微笑んでいた。
「君がどんなに苦しくても、どんなに辛くても、私は前を向いているって思ってほしかった。」
奏太の胸が、締めつけられるように痛んだ。
「……そんなの、俺が知らなくてもいいことじゃないか。」
「でもね……君が過去に戻ったって言った時……私、羨ましかったの。」
あかりは、静かに呟いた。
「もし、私も過去に戻れたら、もっと違う未来を選べたのかなって……。」
「私ね、ずっと考えてたの。」
あかりは、少しだけ目を伏せながら言った。
「私はきっと、君より少し長く生きられる。でも……そんなに長くはない。」
「……そんなの、嫌だよ。」
「うん……私も本当は、怖い。」
あかりの目から、ぽろぽろと涙が落ちた。
「でもね、だからこそ、君の映画を完成させたいの。」
「俺の映画……?」
「君が生きた証を、私が残したい。」
彼女の瞳は、真剣だった。
「君がここにいたこと、君が何を考えて、何を感じて、何を伝えたかったのか……。」
「……。」
「私は、それを世界に届けたい。」
彼女は、奏太の手をぎゅっと握った。
「だから、絶対に諦めないで。」
「……。」
奏太は、何も言えなかった。
泣きたいのに、涙が出なかった。
悔しくて、悲しくて、どうしようもなくて――。
だけど、彼女のその強い眼差しに、希望が灯っているのを感じた。
奏太は、震える手で、あかりの手を握り返した。
「……ありがとう。」
「うん。」
「俺、もう一度過去に戻るよ。」
「……。」
「もう一度、やり直す。」
奏太は、静かに誓った。
父を救うために。
映画を完成させるために。
そして――あかりの未来を変えるために。
「だから……一緒に映画を作ってくれ。」
あかりは、涙を拭いながら微笑んだ。
「うん。もちろん。」
彼女の涙は、悲しみだけのものではなかった。
そこには、新たな決意が宿っていた。
絶望の中に、たったひとつの光を見つけたような、そんな笑顔だった。
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