テラーノベル
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あれからさらに、一年が過ぎた。
日本の混乱は、志摩たちの尽力によって表面上は沈静化していた。
三和会の名を知る者は減り、神崎の「亡国計画」も今や都市伝説の一つとして語られるに過ぎない。
俺は、西日本の山あいに位置する小さな林業の町で、伐採工として働いていた。
「佐藤」という、どこにでもある名前を名乗り、重いチェーンソーを振るう日々。
かつてドスを握っていた掌は、今では木の脂と泥にまみれ、分厚いタコに覆われている。
「佐藤さーん、休憩にしようや」
親方の呼び声に、俺は顔を上げた。
切り開かれた斜面から見える景色は、どこまでも青く、静かだった。
新宿の喧騒も、地下シェルターの冷気も、ここには届かない。
だが、俺の体は忘れていなかった。
左肩の古傷は、雨が降るたびに鈍く疼き、かつて流した血の記憶を呼び覚ます。
ある日
宿舎に戻った俺の机に、一通の茶封筒が置かれていた。
差出人の名前はない。
だが、その消印を見て、俺の指先がわずかに震えた。
――新宿。
封筒の中には、一枚の古い写真が入っていた。
それは、若かりし頃の親父と、まだ赤ん坊だった俺……
そして、見たこともない「三人目の男」が写った写真だった。
その男の胸元には、三和会とも、榊原組とも違う
不気味な「黒い百合」の紋章が刻まれている。
写真の裏には、走り書きで一言だけ添えられていた。
『死者は、まだ眠っていない』
その夜、俺は一年間開けることのなかった古いアタッシュケースを取り出した。
中には、かつて海に捨てたはずの……
いや、志摩が「予備」として密かに俺の荷物に紛れ込ませていた、一振りの短い脇差が収められていた。
「……終わってなかったのか、親父」
宿舎の窓の外、山々の向こう側に、不気味なほど赤い月が昇っていた。
志摩から連絡はない。
だが、この写真が届いたことが、新たな嵐の合図であることを俺は直感していた。
それは、榊原組の誕生以前、親父たちが封印した「最初の罪」を巡る、最後の戦いの始まりだった。
俺は「佐藤」という名前を脱ぎ捨て、再び一人の修羅として、夜の闇へと足を踏み出した。
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