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朝 学校の門を通った時
何故かは分からないけど、胸が痛くなった
「………そういえば…今日は…」
今日は
精神科の医者が学校に講演に来てくれる日
「………精神科の医者…ね」
正直に言うと、こういう講演系は苦手だ
一時間から二時間は体育館で
退屈な演説を聞かなきゃいけない
そう考えると…ナルコレプシーの私からすると
いつ自分が寝てしまうかすら分からないし
安心して演説なんて聞けたもんじゃない
どちらかというと、二時間ぶっ通しで
自習の方がまだマシだ
小さく溜息をついてから、靴箱に向かうと
「おっはよ〜う!彩香!」
心友の真海が
私を見つけた瞬間、嬉しそうに駆け寄ってきた
「おはよう 真海」
真海は小学生の頃からの心友で
私の数少ない幼馴染でもある。
「今日さ!数テあるんだって〜!」
「前の授業で、真奈美先生言ってたよね」
「え…ってことはまさか!」
「勉強してきたよ?」
「うがぁ〜!…この裏切り者〜!」
真海との会話は淡々としているけど
変に気を使わなくてもいいから 気が楽だ
「真海が勉強してないのが悪いんでしょ…」
「彩夏にそれ言われたら傷つくわ…」
「私は今年からちゃ〜んと勉強し始めたし!」
「彩香だって私と同じ頭悪かったくせにぃ〜」
「ええい!うるさい!」
会話の間で笑みがこぼれる
そして
朝の嫌な気分もいつの間にか消えていた
はっと我に返ると 教室の扉前に立っていて
真海との楽しい会話も終焉を迎えていた
「………」
溜息をぐっと堪えて、中に入ると
耳の鼓膜が破けそうなくらい騒がしい教室と
太陽の光を受けて
その騒がしい教室から切り離されたような
私の席が視界に入った。
その席へと足を進め、鞄を机の上に置いてから
席に座ると、胸の中に溜めていた溜息が
自然と口から吐き出された。
_____________________
「ねぇ」
重苦しい威圧感と、苛立ちが込められた
鋭い声に顔を上げた
「なんですか」
「そこ邪魔なんだけど」
女王様気取りなのか分からないが
腕を組み、偉そうに僕を上から見下している
「………此処…僕の席_」
僕が答えようとすると…
その女性は僕の席の机をばんっ!と叩き
「いいから退けよ!」
と荒々しい声で、怒鳴りつけてきた
更には………
「おめぇの席なんか…この教室にねぇんだよ」
と 僕の存在自体を否定するような罵倒も
サ―ビスのように付け加えられた
「…( そこまで言わなくてもいいのに )」
内心ではやっぱり悲しかったが、
表情にまでは出すことができなかった
僕が席から退くと、その女性は僕の席に座り
他の学生と甲高い声を上げながら、笑っていた
「…大丈夫か?」
屋上で静かに運動場を眺めていると
背後から担任の心配そうな声が聞こえてきた
「清水先生…」
「………隈…酷くなったな」
担任である清水先生がズボンから
煙草の入った小さな箱を取り出し
煙草を一本 口に加えると、
煙草の先にライタ―で火をつけた
「最近…寝れてないのか?」
清水先生が煙草の白い煙を吐き出しながら
僕に視線を向ける
「寝れては…いますけど…疲れはとれなくて」
「睡眠が浅いのか」
「多分…?」
僕の曖昧な返事に清水先生がぷっと吹き出した
「多分ってなんだよ」
「自分でも分からないんですよ…!」
僕が必死に誤魔化すと
清水先生は更に笑い出した
「あ〜…面白かった」
「面白くないですよ…」
僕が拗ねたように頬をぷくっ膨らませると
清水先生は「悪ぃ悪ぃ」と言いながら
煙草の火を鉄柵に押し付けて消した
「でも…前よりは顔色マシになったな」
「え?そうですか?」
「前と比較するとすげぇ明るくなったように見えるぞ」
「…本当に?」
「本気と書いて本気よ」
「…先生 それちょっと古い」
「古くはねぇだろ」
「いや古い」
「…マジかよ」
「マジですよ」
「………俺 まだ26なんだけどな」
「どんまい」
先生が頭を抱える姿に思わず同情してしまった
「暗和」
「なんですか?先生_」
僕が最後の言葉を言った時、清水先生の表情は
かなり険しいものになっていた
その表情に思わず息を呑んだ
そして、清水先生の次の発言を待っていると
清水先生が視線を空に向けてから口を開いた
「星丘中学って知ってっか?」
「星丘中学って…確か……………あの?」
少し前に助けた少女も
確か星丘中学の制服を着ていた気がする
「そうだ 実はな 星丘中学 今月から高等部ができるらしいんだよ」
「高等部が?」
「嗚呼、そうだ」
「他の奴らには秘密だが… 俺は再来月ぐらいにその星丘中学…いや星丘学園に転任する」
「………それで…?」
「…星丘学園はかなりの高学歴の奴らが揃う学園だ だから此処よりかはマシなんじゃねぇかと思ってな」
「…つまり…僕に星丘学園に転校したらどうだ?って言ってる訳ですか?」
「………そうだ」
❲ 清水先生は僕の事を思って言ってくれている ❳
その想いだけはひしひしと伝わってくる
でも………問題は…
「お母さんには………どうやって説明すれば…」
「俺から説明する」
清水先生の眼を見ればすぐに分かる
______嘘はついてない
僕が眉を顰めながら、次の言葉を選んでいると
清水先生が呆れたような表情を浮かべ
黒縁眼鏡をくぃっと かけ直した
「暗和 お前は自分を後回しにし過ぎてんだよ」
「………え?」
僕の口から驚愕の声がポロッとこぼれた
そして…次に感じたのは
頭に微かな重みがあったから…
多分頭を撫でられているんだと思う
癖毛のある僕の髪がワシャワシャと乱れる
「お前も少しは自分を大切にしろ」
「……………」
何も言えなかった
何も言い返せなかった
とは………言う事が出来なかった
「清水先生がそう言うなら…」
僕は溢れ出てきそうだった表情を必死に堪え
平常心を絞り出すような声で答えた
「よっしゃ じゃあ転校の準備始めっか」
「………はい」
「なんで拗ねてんだよ」
「拗ねてないですから!」
僕は改めて心の底から思った
清水先生が居てよかったな と
時間は刻々と過ぎていった
席に座った儘 机に肘を置き 溜息をつきながら
窓の外を見上げると
もう空は秋を連想させる茜色に染まっており
改めて時間の流れる速さにちょっとだけ驚いた
「………真海まだかな」
放課後の学校は何処か気味が悪い
だからこそ…あんまり長居はしたくない
「………遅いな」
今日は真海が新聞委員の仕事があるらしく
先に帰ってていいよ!と言っていたが…
それは……… 何故か私が嫌だった為
仕方なく待っている訳だけど…
「………」
独りは好きな方だ
だからこそ
“こういう時間”は決して苦手じゃない
だけど………
“苦手じゃない”だけだ
だから…好きな訳でもない
それこそ、真海と話している方がずっと楽しい
「おっ?彩香じゃん」
頭上から聞こえてきた声にふと顔を上げた
それからすぐに安易な自分の行動を後悔した
「…碧」
「彩香ちゃんが大好きな碧くんでぇ∼っす!」
「んなわけあるか…」
此奴の陽気な声には頭痛がしてくる
というか…顔すらみたくなかった
クラスメイトの
一ノ瀬 碧
クラスのお調子者代表で
人懐っこい性格から「大型犬」と言われている
「で…なんか用?」
私が冷たく突き放すと
一ノ瀬はそんな事気にせず、
見えない尻尾をぶんぶんと振り回し
私の肩に自分の腕を絡ませ、笑顔で話した
「いやぁ∼ね? 彩香ちゃんが見えたから何してんだろ∼!と思ったわけよ!」
「………あっそ」
「冷たっ?!」
大袈裟なオ―バ―リアクション
嘘くさい笑顔に、甘ったるくて低い声
全部が______苦手だ
生理的に受け付けないというのだろうか
まぁ…そんな感じがする
「私は真海を待ってるだけだから」
「真海を待ってるのか〜…」
碧がうんうんと相槌を打ちながら
私の言葉に耳を傾ける
「まだ新聞委員会残ってたから、結構時間かかると思うけど…」
「それは分かってる 分かってる上で待ってる」
碧が驚いたかのように口を開いた
「もしかして…彩香って寂しがり屋?」
「違う 絶対に違うから」
此奴と話してると 段々と
此奴のペ―スに飲み込まれてしまう
それが耐えられないほどの苦痛だ
そんなこんなで此奴の話し相手をしていると
「ごめ〜ん!彩香!待っててくれて有難う!」
「真海! 気にしないで それより早く帰ろ」
「待ってよ〜!? まだ話終わってないよ?!」
「そんなもん知るか」
殆ど早歩きで
真海の手首を掴み その場から立ち去った
その時
ふっと笑みを浮かべる碧の姿が見てたような
見えなかったような気がした。