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第十九話:宿の衣替えと、完璧主義な装飾師
温泉が湧き、料理が並び、酒宴の調べが夜を彩り、地下の鼓動が宿全体を脈動させている。朧月館は、もはやかつての廃墟ではない。だが、その内実の充実ぶりに反して、外装は未だ、数十年の風雨に晒されたままの、煤け、ひび割れた姿を晒していた。
「中身がどれほど名刀であっても、鞘がボロボロでは客の心は掴めぬ。あるじよ、仕上げにあの『偏屈な絵師』を叩き起こしてこい。あやつの筆がなければ、この宿に真の魂は宿らぬ」
玉藻が扇子で宿の外壁を指し示した。その視線の先にあるのは、宿の庭園のさらに奥、霧に包まれたまま時が止まった「彩の蔵」であった。
そこには、宿のあらゆる色彩、造形、そして「美」そのものを司る天才装飾師、「彩葉」が引きこもっている。
彼女は、自身の魂を削り出した筆で、物質に「命の色彩」を吹き込む付喪神の血を引く。だが、あまりに純粋すぎる美意識ゆえに、宿が荒廃した際、「美しくない世界など、いっそ消えてしまえばいい」と絶望し、自ら色彩の感覚を封印してしまったのだという。
僕は一人、重厚な漆塗りの扉を押し開けた。
中に入った瞬間、僕は息を呑んだ。そこは、床から天井までが「白」一色に塗り潰された、恐ろしいほどに無機質な世界だった。色彩という概念を拒絶した、白の檻。その中央で、長い黒髪を無造作に垂らし、真っ白な着物を纏った少女――彩葉が、芯のない巨大な筆を抱えて座り込んでいた。
「……また、不純な色が紛れ込んできた。……出ていって。……私の世界を、これ以上汚さないで」
彼女が呟くと、周囲の白い空間から無数の「筆の跡」が意志を持って飛び出し、僕の行く手を阻む。それは物理的な攻撃ではない。見る者の視神経を狂わせ、平衡感覚を奪う「無色の暴力」だった。
「彩葉。君の力が必要なんだ。宿はもう、君が愛した頃よりもずっと力強く蘇っている。あとは君の筆で、この宿を隠り世で一番の『絶景』に変えてほしい」
僕が歩み寄ると、彩葉は狂気にも似た情熱を瞳に宿し、僕を睨みつけた。
「絶景? ……あはは! 先代も、その前の男も、みんなそう言ったわ。でも、最後には誰もが美しさに飽き、贅沢に慣れ、私が命を削って塗った色を、煤と埃で汚していった! 私はもう、壊れていくものに色を塗るなんて、御免だわ!」
彼女の叫びに呼応し、白い空間が激しく波打つ。
だが、僕は一歩も引かなかった。三色の角を限界まで昂ぶらせ、僕自身の「宿を、そして君を愛し抜く決意」を、圧倒的な霊的色彩として爆発させた。
朱色の熱が、彼女が凍りつかせていた情熱の芯を焼き、黄金の光が、彼女が閉ざしていた色彩の扉を抉じ開け、銀白の静寂が、彼女の傷ついた感性を優しく、深く、包み込んでいった。
「……なぁに、これ。……白しかない私の世界に、……見たこともない『光の洪水』が……。……三つの色が、……私の魂を、塗り替えていく……」
僕の霊力を浴びた彩葉の瞳に、鮮やかな色彩が奔流のように戻った。彼女の視界に映る「世界」が、僕の三色の光によって、かつてないほど鮮明に塗り替えられていく。
僕は彼女の手を取り、その華奢な身体を抱き寄せた。
「君が描く景色は、僕がこの角の光で、永遠に色褪せさせない。君の筆で、この宿に『真の命』を与えてくれ。……僕と一緒に」
彩葉は筆を握り締め、僕の胸に顔を埋めた。彼女の目からこぼれた涙が、白い床に落ちると同時に、鮮やかな極彩色の文様を描き出した。
その夜。彩葉の指揮のもと、朧月館の「大衣替え」が始まった。
彼女が指先を弾くと、無数の「筆の精」が宿の壁を走り回り、古びた箇所を瞬時に見つけ出す。彼女の筆が一振りされれば、僕の三色の霊力を吸った絵の具が空を舞い、瓦は深みのある黒銀に、柱は艶やかな朱色に、障子紙は月光を透かす真珠色に塗り替えられていった。
朝を迎える頃、そこには朝日を浴びて神々しく輝く、隠り世の王城そのものが姿を現していた。
作業を終えた頃、朧月館は朝焼けの光を浴び、まるで神話から抜け出したような神々しさを放っていた。塗り替えられた漆の柱は濡れたように光り、瓦の一枚一枚が宿の呼吸に合わせて三色の微光を放っている。
だが、彩葉の「仕上げ」は、まだ終わっていなかった。漆と木の香りが色濃く漂う、展望回廊の最奥。誰も来ないその秘密の空間で、彩葉は大きな筆を抱えたまま、熱に浮かされたような瞳で僕を待っていた。
「……宿は、綺麗になった。……でも、私の身体は、まだ『真っ白』なまま……。……ねえ、旦那様。……旦那様のその、命の色を……私に、全部ぶちまけて……?」
彼女は絵の具で汚れた着物を肩から滑り落とした。月光と朝陽が混ざり合う中、透き通るような白い肢体が露わになる。彩葉は僕の三色の角を震える指でなぞり、狂おしいほどの執着を込めて僕を床へといざなった。
重なり合った瞬間、彼女の身体から凄まじい「吸い上げ」を感じた。彩葉にとってのまぐわいは、キャンバスに魂を叩きつける創作活動そのものだった。彼女が僕の腰にしがみつき、喉を鳴らして悦びに震えるたび、彼女の白い肌には、僕の霊力に呼応した三色の術式が花が咲くように浮かび上がっていく。
「あ、ああぁッ……! 旦那様、……すごい、……熱い色が、……私の中に……っ! もっと、……もっと激しく、……私を塗り潰して……!」
彼女の指先が、僕の背中に情熱的な筆跡を刻む。僕は彼女の渇望に応えるべく、三色の霊力を極限まで昂ぶらせた。
「彩葉、いくぞ……!」
「……っ、全部……中に、全部出してっ!!」
臨界点に達した瞬間、僕は彼女の最奥を突き、溜まりに溜まった三色の霊エネルギーを爆発させた。
「あ、ああぁっ!!」
彩葉が背を反らせ、白目を剥いて絶叫する。宿を支える王の精髄が、彼女の胎内へと怒涛の勢いで注ぎ込まれていく。あまりの量と熱量に、彼女の腹部が僅かに膨らむのが分かった。しかし、僕の昂ぶりはそれでは収まらなかった。
僕は突き入れたままの自身を引き抜き、今度は彼女の真っ白な胸元へと、その残りの奔流をぶちまけた。
ドクッ、ドクッ、と脈打つたびに、三色に輝く濃厚な霊液が、彼女の豊かな胸を、首筋を、そして呆然と口を開けた顔をドロドロに汚していく。胎内から溢れ出した分と、外から浴びせられた分が混ざり合い、彼女の全身は三色の光を放つ「命の絵の具」で塗り固められた。
「あ、はぁ、……あ……すごい、……旦那様の色……ドロドロ、……っ」
彩葉はガクガクと手足を震わせながら、胸元に散った霊液を愛おしそうに指で掬い、肌に擦り込んだ。彼女の全身は、僕が注いだ霊液によって、虹色のような、しかし何よりも深い愛の色にコーティングされていた。
「……ふふ。……最高の、仕上げ。……これで、私も……この宿も、……全部あるじ様のものだよ……」
彼女は満足げに笑い、僕の胸に顔を埋めて、幸せな虚脱感の中に沈んでいった。
宿は今、真の完成を見た。
しかし、この爆発的な生命力の放出は、ついに隠り世と現世の薄い膜を突き破った。
宿の門を叩く、冷徹な靴音が聞こえてくる。