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「壊れる音」
あの晩、兄弟は一言もしゃべらなかった。
チミーが丁寧に手当てをし、ソファにそっと毛布をかけると、ナイトメアはすぐに深い眠りに落ちた。
静かな家の中。
僕は食卓の椅子に座って、何も言えないまま、ただ彼を見つめていた。
チミーは何度も僕に微笑みかけた。
その微笑みはやさしかった。けれど──
胸が、締めつけられるように苦しかった。
(どうして……どうして僕は、こんなにも怖いんだろう)
朝が来た。
ナイトメアの痣はまだ残っていたが、意識ははっきりしていて、彼はチミーに礼を言っていた。
……僕は見ているしかなかった。
兄弟が、誰かに心を開いている姿。
他でもないその“優しさ”に──僕は、震えていた。
(こんなはずじゃ、なかったのに)
町を歩く。
いつもと変わらない優しい声。笑顔。挨拶。
「おはよう、ドリームくん」「今日も素敵なお天気ね」
けれど、なにかが違って見える。
笑顔の奥に、冷たい何かがちらついて見えた。
──いや、元からこうだったのかもしれない。
僕は気づいてしまった。
あのとき、ナイトメアを傷つけたのはこの町の“友だち”たちだった。
だけど、誰もその話を口にしない。
ナイトメアがいなくても、誰も気にしていない。
(みんな、本当に……優しかったんだっけ?)
脳裏にディスピアの言葉がよぎる。
「君の優しさは、ただの逃げでしかないんだよ」
その夜、夢の中。
再び霧が漂い、そして現れる、あの男。
「こんばんは、ドリーム。……酷く顔色が悪いね。どうしたの?」
「……わからない」
声が掠れる。自分でも、自分の声が遠く感じた。
「みんな笑ってるのに、僕の中に何かが渦巻いてる。
誰を信じたらいいのかわからない。
ナイトメアは僕に何も言わない。……チミーは優しい。
でも……僕は……っ、優しい世界を信じたかったのに……」
言葉をつまらせた僕を、ディスピアは静かに見つめていた。
「……なら、聞かせて。ドリーム」
「なにを……」
「君が信じてる優しさ。そのためなら──人を傷つけてもいいと思う?」
僕は息をのんだ。
「そ、それは……違う……そんなの、優しさじゃない」
「……本当にそうかな?」
ディスピアが片手を伸ばすと、まるで世界が反応するように──
炎のような視界が広がった。
最悪の結末。
辺りは血でまみれ、兄弟ではない何かが嗤っている。
「これが1つの現実。君の“光”は意味がなかった、もう一つの未来」
「……っ」
僕の心のどこかで、はっきりと音がした。
ピキ。
「ドリーム、君が守りたいものはなんだい?」
「……ナイトメア、だよ」
「なら、君の優しさで。彼を救ってみせてよ」
ディスピアが囁くように言った。
「“信じるだけ”で救えるなら、世界はもうとっくに救われてるはずだよ?」
──その言葉が、心に深く、深く、刺さった。
そして、目が覚めた。
夜の冷たい空気。ナイトメアの寝息。隣に座って眠るチミー。
その姿に、なぜか──怒りにも似た感情が湧いてきた。
(チミーは優しい。でも、僕は、知らなかった。知らないうちに、兄弟がこんな目に遭っていた)
(……もう、二度と、誰にもナイトメアを渡さない)
翌日。
僕はいつも通り、町の人々に笑顔を向けた。
でもその笑顔は、どこかぎこちなく。どこか壊れかけていた。
町の子どもが何かを笑った。その声が、ナイトメアを笑ったあの声に聞こえた。
──そのとき、僕の中で何かが「壊れた」。
「──ねぇ、なんでナイトメアをいじめるの?」
その声は、いつもの僕の声じゃなかった。
柔らかさはどこかへ消え、乾いた響きだけが残った。
子どもたちは顔をこわばらせ、僕から後ずさった。
「……怖い、ドリームくん……」
目の前で光が弾ける。雪のような粉が辺りに舞った。
僕はにっこりと笑った。
それは、とても無邪気な笑顔だった。
ディスピアの声が、夢の中でまた囁いた。
「──ようこそ。君の優しさが、“正しさ”に変わる世界へ」