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職業病、というのだろうか。


鏡花きょうかがトイレに行って、くるみは自分が取ってきたお皿の上を見て、ちょっぴり苦笑する。


(甘いもん苦手とかうちょいて、こんなん見られたら誰も信じてくれんわぁ)


くるみの皿の上には、マリトッツォばかりが五種類、ずらりと載せられていたから。


(これ、ちょっと気になっちょったんよね)


マリトッツォは最近コンビニなどでも見かける、ブリオッシュなどの菓子パンに、クリームがこれでもか!というほど挟み込まれたイタリア発祥のスイーツだ。


ここのバイキングのブリオッシュはクリームの部分にカットされたフルーツが入れ込まれたものや、変わり種のクリームが挟み込まれたちょっぴりお洒落なもので。

見た目的にもコンビニでよく見かけるものとは一線を画していた。


くるみはとりあえず、と生クリームのみ、キウイ入り、イチゴ入り、抹茶クリーム、チョコクリームの五種類をお皿に載せてきている。


(ブリオッシュ、うち、焼いたことないけん)


気になるのは中のクリームやフルーツなどではなく、純粋にブリオッシュの方。


バターと卵がふんだんに使われたフランス発祥のそれは、パンというより菓子パンに近い。

イタリアでマリトッツォに使われているブリオッシュにはオレンジピールなどが練り込まれていて、フランスのものとは少し違うらしいのだが、くるみが取ってきたマリトッツォのブリオッシュは、どうやらフランス版レシピの方らしい。


ノーマルな生クリームのみのものを手に取ってパンの部分をクンクンしてみたけれど、オレンジの気配は感じなかった。



(何にしてもクリームが邪魔じゃわ)


なんて思ってしまう時点で、何か間違っちょるよねと思いつつ。


クリームがつかないようにパンの部分だけをちぎって口に頬張ってみたくるみだ。


口に入れた途端バターの芳醇ほうじゅんな香りが鼻腔一杯に広がった。


「美味しい……」


表面の照りに使われたものはもちろん、生地自体の断面もほんのり黄色み掛かっていて、たっぷり卵が使われているのが分かる。

水を使わず、牛乳で成形しているというのが良くわかる、ほのかに甘いふわふわのパンだった。


(やっぱりオレンジの風味はせんけど……これ、うちでも作れるじゃろうか)


というよりブリオッシュとして出すべきか、マリトッツォとして出すべきか。

その辺も含めて悩ましいなと思ってしまったくるみだ。


移動パン屋である『くるみの木』で売るには、やはり生クリーム入りは傷みの観点からも向かない気がして。


(――としたらやっぱり純粋にブリオッシュとして美味しく食べられるんを焼くのが正解よねいね? イタリア版を参考に生地にオレンジピールやらを練り込むんもありじゃろうか)





「なぁ木下きのした。何をそんなにそんとに難しい顔しちょるん?」


マリトッツォを――というよりブリオッシュを口に入れては味を確認しながらしいしい生地の状態をめつすがめつしていたら、横合いから急に声を掛けられて、ビクッと肩が跳ねてしまった。


危うく手にしたマリトッツォを落っことしてしまいそうになったくるみは、心臓をバクバクさせながら声のした方を見て――。


「イヤッ」


思わず心の声が外に漏れてしまった。


「うわっ、何その反応。さすがに傷付くんじゃけど」


そこに立っていたのは、くるみが今回の同窓会で絶対に関わりたくなかった相手。


「鬼塚くん……」


だったから。


だってじゃって会いとぉなかったんじゃもん」


ポツンと思ったままを口にしたら、鬼塚がクスッと笑って。


「相変わらず木下は僕には怖いぐらい塩対応なんじゃね」


と吐息を落とされた。


「――うち、鬼塚くんにされ掛けたこと、忘れちょらんもん」


手にしていたマリトッツォをお皿に戻すと、鏡花のスイーツ山盛りなお皿とともに手にして。


それじゃあほいじゃあ


そそくさとその場を立ち去ろうとしたくるみだったのだけど。


「ちょっと待てよ。僕は今日の参加者リストにの名前があるん見て、胸が高鳴ったんよ? それを無下にする気?」


「下の名前で呼ばんで!」


目の前の優男やさおとこ――芸能界にいても不思議ではないような甘いマスクの鬼塚純平をキッと睨み付けて、くるみはスパン!と線引きをした。


嫌味なほどにスーツを綺麗に着こなしたその立ち姿が、くるみをゾワリとさせる。


学生の頃から制服――くるみの通っていた高校の男子学生は、冬は学ラン、夏は開襟シャツに黒のスラックスだった――を卒なく着こなしていた男前っぷりは未だ健在のようで。


くるみだって付き合っていた当時は鬼塚のルックスにときめいたのを思い出す。


だけど――。



先生や他の学生たちの前では如何にも優しいエリートという仮面を被ったこの男が、一歩裏に回れば平気でこちらの感情なんてお構いなしの強引な振る舞いをすることを、くるみは身をもって体験済みだ。


絶対に騙されない。



つれないなぁ、くるみ。僕はあの日キミを逃がしてしまったことをずっと後悔し続けてきたんに」


不意に手に触れられたくるみは、思わず肩をはねさせて、自分のお皿をガタッと揺らしてしまった。

くるみの皿の上、中途半端にちぎって食べていたマリトッツォがコロリと転んで、隣のマリトッツォとっくっ付き合って何だか残念な見た目になってしまう。

でも、テーブルの上や床の上に落とさなかっただけマシかもしれない。


「お陰で僕にとってくるみは唯一忘れられん女の子になってしもうちょるんよ? 責任取ってもらわんと」


動転しているくるみの様子なんてお構いなし。


鬼塚がギュッとくるみの手首を握ってきて。


「幸いここはホテルじゃけぇ。あの日し損ねたことをさしてーや? そしたらスパッと忘れてあげられると思うんよ」


声こそ穏やかだけど、握られた手首の力が強くて全然振り解けそうにない。


くるみは、早く逃げようとしてお皿を手にしてしまったことを心の底から後悔した。


すごく怖いし、今すぐ掴まれた手を振り解きたいのに、皿の上の食べ物を落としてしまったら、という思いが自分の動きを制限している。


オロオロと助けを求めるように視線を入り口に彷徨さまよわせたけれど、鏡花が戻ってくる気配はない。


「ひょっとして栗野くりのが帰ってくるん、期待しちょる?」


と、一歩くるみの方に距離を詰めてきた鬼塚が、意地悪くそんな問いを投げかけてきて。

くるみはハッとして思わず鬼塚の方を見た。


いくら何でも、鏡花のトイレが長すぎることに気がついたくるみだ。


「ずぅっと彼女がくるみから離れんけぇさ、トイレに立ってくれた隙に手ぇ打たせてもろうたんよ」


クスッと笑われて、くるみはサァーッと音を立てて血の気が引くのを感じてしまう。


「鏡花ちゃんに何かしたんっ?」


鬼塚という男は、目的のためならにこやかに何をしでかすか分からないところがある。


それを学生時代に嫌というほど思い知らされたくるみは、だからこそこの男から逃げたのだ。


「さぁ、どうじゃろ? 栗野がこの後も問題なくのぉ同窓会を楽しめるかどうかは、くるみ次第じゃと思わん?」


ニコッと微笑まれて、くるみは言葉に詰まって。


「ほら、分かったら手にしたお皿、テーブルに戻そうか」


笑顔でうながされたくるみは、震える手を皿から離した。

社長さんの溺愛は、可愛いパン屋さんのチョココロネのお味!?

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