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クリスから休暇をもらい、ゆっくり休んだ翌日。
「備品の確認と発注は終えたし、魔道具の整備もしたし……。うん、午前の仕事は全部完了したかな」
朝から仕事に励み、予定の作業を終えたルシンダは、業務報告をしに特務隊長室へと向かっていた。
暖かな日差しが気持ちよくて、鼻歌をうたいながら外回廊を渡る。この外回廊が通っている中庭は、綺麗な花がたくさん植えられていて、勤務中にもほっと一息つけるルシンダのお気に入りの場所だった。
今日も、赤や黄色の色鮮やかな花々を眺めて癒されていると、知り合いと思われる男性の後ろ姿が目に入り、ルシンダは思わず声をかけた。
「メレク?」
名前を呼ばれた男性が振り返り、金色の瞳と目が合う。
思ったとおり、やはりそこにいたのは悪魔メレクだった。
「なんだ、お前かよ」
「こんなところで、どうしたんですか?」
「別にどうもしねえよ。ご主人サマの職場がどんなとこかと思って見て回ってただけだ」
「ふうん」
クリスの命令に毎回ぼやいていたから、面倒くさがりなのかと思いきや、主人の職場を見学するなんて案外律儀な性格なのかもしれない。
「メレクって真面目なんですね」
「はあ!? おかしなこと言うなよ。これは暇つぶしにやってるだけだ」
「はいはい」
「はいを二回言うな」
悪ぶっても滲み出てくる真面目さが微笑ましくて、くすくすと笑っていると、メレクが「そういえば」と切り出した。
「あのとき渓谷で見せた夢。お前のだけなんかおかしかったんだよな」
メレクが不思議そうに眉を寄せる。
「おかしかったって? というか、メレクは夢の内容を見られるってことですか?」
「もちろん、見られるぞ。野郎二人は過去の夢を見てたみたいだな。なんかお前が出てきて──」
「私の夢も知ってるんですか?」
メレクの言葉を遮って、ルシンダが尋ねる。
「ああ、知ってる。お前の夢は変だった。見たこともないような場所で、まるでまったく別の世界みたいだった。喋っていたのも知らない言葉だったし」
「…………」
「あれは何だったんだ?」
メレクの問いには答えずに、ルシンダが別の質問をする。
「メレクが見せる夢は、本当にただの夢なんですか? 今、現実に起こっていることだったりしませんか?」
答えを聞いてどうしようというのか、ルシンダ自身よく分かっていない。けれど、あのとき見た夢がなんだったのか、気になって仕方なかった。
「そうだな……」
メレクが顎に手を添えて考える。
「あのとき俺が掛けたのは、過去の未練を増幅して、そいつにとっての悪夢を見せる術だった。……だが」
メレクが妖しい金色の目でルシンダを見つめる。
「お前は聖女だからな。何か別のものを見たとしても、おかしくはないかもしれない」
メレクの言葉にルシンダが息を呑む。
それはつまり、もしかしたら自分は前世でまだ完全には死んでいない可能性があるということだ。
同時に事故に遭ったユージーンが、なぜかこの世界ではルシンダよりも一年早く生まれていたり、あちらとこちらの世界で時空がねじれているようだった。
だから、こちらの世界に生まれてもう二十年も経っているが、あちらの世界ではあの交通事故からまだそれほど時が経っていないとしてもおかしくはない。
(じゃあ、あのとき見たのは現実の出来事で、お父さんとお母さんは、瑠美が目を覚まさないことを今、本当に悲しんでいるかもしれないってこと……?)
そう考えると、じわりと涙が浮かんできた。
「お、おい、いきなりどうした!?」
涙ぐむルシンダにメレクが慌てていると、背後から底冷えするような声が聞こえてきた。
「──メレク、ルシンダに何をした」
メレクが恐る恐る振り返ると、案の定、そこには鋭い目つきで睨みつけるクリスの姿があった。
「ご、誤解だって! 俺は何もしてねえ! こいつがいきなり泣き出して……」
大袈裟に手を振って無罪を訴えるものの、主人が信じる気配はない。冷や汗をかくメレクだったが、ルシンダがクリスの名を呼んだことで、主人の表情が少し和らいだ。
「心配かけてごめんなさい、クリス。ちょっと目にゴミが入っただけで、なんでもないんです」
「だが……いや、そうか」
にっこりと笑顔を見せるルシンダに、クリスがうなずく。
目にゴミが入ったなど、あからさまな嘘だったが、ルシンダが隠したがっているのを分かってか、無理やり聞き出そうとはしなかった。
「午前の作業ですが、すべて完了しました。お昼はミアと食べる約束をしているので、これで失礼しますね」
「分かった。午後は特に忙しくはないから、ゆっくりしてきていい。ミア嬢にもよろしく伝えてくれ」
「分かりました。ありがとうございます」
早歩きで去っていくルシンダを、クリスが気遣わしげに見つめる。
「じゃ、じゃあご主人サマ、俺もこれで……」
「待て」
ちゃっかり自分も退散しようとしたメレクだったが、主人である銀髪の魔王からは逃げ出せなかった。
「何があったのか、聞かせてもらおうか」
「は、はい……」