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みら

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207
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残り一週間。
そう思うと。
今まで何気なく置いていたものまで、急に目に入るようになった。
リビングの棚には、佐久間と行ったイベントで買ったグッズ。
テーブルの端には、康二の写真集。
本棚には、佐久間にすすめてもらった本。
そして。
いつも使っている新しいノート。
阿部は朝から、それらを一つずつ眺めていた。
「どうしたの?」
目黒が後ろから聞く。
「んー……」
阿部は棚に並んだグッズを見たまま答えた。
「これ、全部持って帰れないんだなと思って」
目黒も隣に立つ。
「物はね」
「うん」
イベントで欲しくなって、何度も悩んで買ったもの。
コラボカフェでもらったカード。
康二が渡してくれた写真集。
夢の中では、ちゃんと手に取れる。
触れる。
でも。
目を覚ましたら、きっとない。
「ちょっと寂しい」
阿部が言う。
目黒は否定しなかった。
「そりゃ寂しいよ」
「せっかくいっぱい増えたのに」
「うん」
阿部は写真集を手に取る。
ページを開けば。
記憶をなくしていた自分がいる。
カフェで笑っている自分。
九人で撮った写真。
夢の国。
温泉。
海。
どれも。
ここで生きた証拠みたいだった。
「でも」
阿部はページをめくりながら、小さく笑った。
「覚えてる」
「うん」
「写真なくても、全部覚えてるもんね」
目黒も笑う。
「忘れないと思うよ」
阿部は写真集を閉じた。
「じゃあいいか」
「いいの?」
「寂しいけど」
少し考えて。
「なくなるのとは違うから」
目黒が、そっと阿部の頭を撫でた。
「そうだね」
その日の午後。
阿部は新しいノートを開いた。
最初のページから。
ゆっくり読み返していく。
『仕事は楽しい。』
『一人より、みんなといる方が好き。』
『数学も得意みたい。』
まだ何も思い出していなかった頃の文字。
自分のことを。
一つずつ確認するように書いている。
ページをめくる。
『ラウールに数学を教えた。人に教えるのは好きみたい。』
『佐久間のおすすめの本が面白かった。好きなものは、今から増やせばいいらしい。』
『康二に写真を撮ってもらった。俺、思ってたよりよく笑ってる。』
さらに。
『初めて全員そろった。』
『みんなで写真を撮った。』
『一番好きな写真ができた。』
阿部は。
そこで少し手を止めた。
目黒が隣から覗く。
「懐かしい?」
「うん」
「まだ俺、めめのこと何も知らなかった」
「知ってるのに知らないふりしてた」
「それ今考えるとすごいよね」
目黒が苦笑する。
「結構大変だったよ」
「やっぱり?」
「いっぱい言いたいことあったから」
「例えば?」
「いっぱい」
「雑」
二人で笑う。
阿部はまたページをめくった。
温泉。
佐久間とのイベント。
九人で歌った日。
踊った日。
最後の方には。
『昔の俺も、今の俺も、全部連れて帰る。』
『九人で生きる。』
阿部は。
そこを長く見ていた。
「……これ」
「うん?」
「一番持って帰りたいかも」
目黒がノートを見る。
「ノート?」
「うん」
阿部は表紙を撫でる。
「記憶なかった俺が、ここにいる感じする」
目黒は少し考えてから言った。
「帰ったら、同じノート買おうか」
阿部が顔を上げる。
「同じ?」
「できるだけ似てるやつ」
「完全に同じのあるかな」
「探そう」
目黒は当然のように言った。
「それで、続きを書けばいい」
阿部は。
少しだけ目を見開く。
「続きを?」
「夢で終わりにしなくていいでしょ」
その言葉に。
阿部はゆっくり笑った。
「……そっか」
もう一度ノートを見る。
「じゃあ帰った最初のページ」
「うん」
「何書こうかな」
「起きた、じゃない?」
阿部が吹き出す。
「短い」
「でも大事でしょ」
「じゃあその次に」
少し考える。
「めめの手、握り返したって書く」
目黒の表情が。
一瞬だけ止まった。
阿部はすぐ気づく。
でも。
何も言わず。
目黒の手を握った。
「書けるようにしようね」
目黒も。
指を絡める。
「うん」
翌日。
九人は。
久しぶりにカフェへ向かった。
もう営業はしていない。
看板も出していない。
それでも。
扉を開ければ。
中は何も変わっていなかった。
阿部は。
入口で少し足を止める。
「懐かしい」
渡辺が笑う。
「ここから始まったもんね」
「うん」
阿部は店内を見回した。
最初に座った席。
宮舘がオムライスを運んでくれたテーブル。
渡辺にドリンクの作り方を教えてもらったカウンター。
康二が夜に歌っていた場所。
何度も目黒が来た席。
「俺さ」
阿部が言う。
「ここなかったら、みんなと会ってなかったのかな」
宮舘が。
カウンターの奥から阿部を見る。
「どうだろうね」
「違う店行ってたかもしれないし」
「でも」
宮舘は少し笑った。
「阿部なら、どこかで会ってた気もする」
「なんで?」
「一人でいるの、結局寂しくなったでしょ」
阿部が少し黙る。
「……まあ」
佐久間が笑う。
「絶対俺ら探してたよ!」
「それは知らないけど」
「俺は見つける!」
「佐久間は本当に来そう」
みんなが笑った。
せっかくだから。
最後に一度だけ。
昔の役割に戻ってみることになった。
宮舘は厨房。
渡辺はドリンク。
深澤は夜のバー側。
岩本はカウンターで全体を見る。
康二はギターを持ち。
佐久間とラウールは客。
目黒も。
最初の頃みたいに、一人の客として席についた。
そして阿部は。
久しぶりにエプロンを着た。
「似合う!」
佐久間がすぐ言う。
「前も見てたでしょ」
「今は意味が違う!」
「何が?」
「分かんない!」
「分かんないんだ」
阿部は笑いながら。
水を運ぶ。
目黒の席にも。
普通に置いた。
「いらっしゃいませ」
目黒が笑う。
「懐かしい」
「最初はもっと緊張してた」
「してたね」
「めめも他人のふりしてたし」
「頑張ったよ」
「褒めてない」
そんなやり取りをしながら。
阿部は店内を歩く。
最初は。
全員知らない人だった。
正確には。
自分だけが知らなかった。
それでも。
ここで少しずつ。
名前を覚えて。
好きなものを知って。
笑うようになった。
「変な感じ」
阿部が呟く。
渡辺がドリンクを作りながら聞く。
「何が?」
「最初、みんな知らない人だったんだなって」
「あべちゃんだけね」
「そうだけど」
「俺らは最初からあべちゃんだったよ」
阿部は。
少しだけ笑った。
「でも今は」
店内を見る。
「ちゃんと俺も知ってる」
渡辺も。
小さく笑う。
「うん」
夜になると。
康二がギターを弾いた。
最初にここで聞いた時と同じように。
阿部はカウンターに座って聞く。
でも。
あの頃とは違う。
この声も。
この人も。
全部知っている。
曲が終わる。
阿部が拍手すると。
康二が笑った。
「最後みたいな顔せんといてや」
「最後でしょ。ここでは」
「夢ではな」
康二は。
ギターを置きながら言う。
「向こうでも弾くで」
「じゃあ聞く」
「写真も撮るし」
「それもお願い」
「忙しいな」
「康二が言ったんでしょ」
二人で笑う。
帰る前。
九人で店の真ん中に集まった。
康二がカメラを置き。
タイマーをセットする。
「最後に撮ろ!」
「また写真?」
渡辺が言いながらも。
ちゃんと並ぶ。
阿部は。
目黒と佐久間の間に立った。
「いくでー!」
康二が走ってくる。
九人。
全員が入ったところで。
シャッターが切れた。
画面を確認する。
誰も完璧ではない。
佐久間は少し動いているし。
深澤は半分笑いすぎている。
渡辺は。
誰かに押されて少し不機嫌そう。
それでも。
阿部はその写真が好きだった。
「これも」
阿部が言う。
「覚えて帰ろう」
康二が頷く。
「うん」
「帰ったら」
少し考えて。
「また九人で撮ろ」
「何回でも撮ろや」
「うん」
阿部は。
もう一度。
店内を見る。
ここで。
何も知らない自分が。
新しい人生を始めた。
だから。
なくなる場所ではない。
ここで得たものを。
持って帰る場所。
そう思えた。
その夜。
阿部は新しいノートに書いた。
『最後にみんなでカフェへ行った。』
『最初は知らない人だった。』
少し考えて。
続ける。
『でも、何も知らなくても俺はみんなと仲良くなった。』
『ここで会えてよかった。』
そして。
最後に。
『帰ったら、続きを書く。』
阿部はその一行を見て。
少しだけ笑った。
あと。
残りはほんの数日。
終わりが近づいている。
それでも。
今はもう。
終わるというより。
続きを始める日が。
近づいているように思えた。
残り三日。
阿部は、朝から魔王ソファに座っていた。
テーブルにはお菓子と飲み物。
隣には佐久間。
テレビには、二人でずっと見ていたアニメの続きが流れている。
「今日でここまで行けるかな」
佐久間がリモコンを握りながら言う。
阿部は、残り話数を確認する。
「いけるんじゃない?」
「でも途中で絶対語るじゃん」
「佐久間がね」
「あべちゃんもでしょ!」
二人で笑う。
以前なら、佐久間がすすめて、阿部がついていくような時間だった。
今は違う。
阿部の方が先に伏線へ気づき、佐久間が悔しがる。
好きなキャラクターもできた。
次の展開を一緒に予想する。
すっかり二人の趣味になっていた。
数話見終わったところで、佐久間がふと画面を止めた。
「ねえ」
「何?」
佐久間は、少しだけ言いづらそうに笑う。
「これ、夢の中で一緒に見るのは最後かもね」
阿部は一瞬だけ黙った。
最後。
前なら、その言葉に少し寂しさだけを感じていたかもしれない。
でも今は。
阿部はすぐに首を傾げた。
「夢の中ではね」
佐久間が見る。
「帰ったら続き見るでしょ?」
「……」
「次のシーズンもあるかもしれないし、イベントも行くし」
阿部は当たり前のように続ける。
「だから最後じゃないよ」
佐久間の表情が、少しずつ緩む。
「……続き?」
「うん」
「現実で?」
「現実で」
佐久間は、しばらく阿部を見たあと。
「そっか」
小さく笑った。
「続きあるんだ」
「あるでしょ」
「うん」
今度は、ちゃんと笑う。
「じゃあ最後まで見よ!」
「結局今日全部見るの?」
「見る!」
「長いよ」
「さっきいけるって言った!」
また二人で笑った。
その日の午後。
佐久間が帰ったあと。
康二がやってきた。
いつものようにカメラを首から下げている。
「また撮るの?」
阿部が聞く。
「撮るで」
「何を?」
「普通のあべちゃん」
「普通?」
康二は頷いて。
特にポーズも求めず。
そのままカメラを構えた。
阿部は、新しいノートを膝に置いていた。
「今?」
「今」
「笑わなくていいの?」
「ええよ」
阿部が少し不思議そうな顔をする。
康二は、そのまま一枚撮った。
次は。
阿部が本棚から佐久間にもらった本を取るところ。
その次は。
目黒が淹れてくれた飲み物を受け取るところ。
テレビを見ているところ。
ノートに何かを書いているところ。
どれも。
特別ではない。
「今日、地味じゃない?」
阿部が言う。
「地味やな」
「いいの?」
「ええねん」
康二は、撮った写真を確認する。
「前はな」
少しだけ間を置いた。
「笑ってる写真、いっぱい撮りたかった」
阿部は黙って聞く。
「笑ってるあべちゃん残したかったし」
「うん」
「でも今は」
康二がカメラを見る。
「別に笑ってへん写真も、その時のあべちゃんやなって思う」
阿部は、少しだけ目を細めた。
康二は続ける。
「ぼーっとしてる時も」
「考えてる時も」
「疲れてる時も」
「それでええやんって」
「うん」
「笑ってへんからって、悪い写真ちゃうし」
阿部は少し笑った。
「康二、変わったね」
「せやろ?」
「褒めた」
「知ってる」
康二も笑う。
阿部は少し考えてから。
「じゃあさ」
「ん?」
「撮りたくない時は、ちゃんと言うね」
「うん」
「撮ってほしい時も」
「うん」
「その時の俺でいいなら」
康二は、すぐに頷いた。
「その時のあべちゃんがええ」
その返事に。
阿部も小さく笑った。
夕方。
目黒も戻ってきて。
三人で軽くご飯を食べた。
康二は食べながら、今日撮った写真を見せてくる。
阿部がノートを読んでいる横顔。
飲み物を持っているところ。
魔王ソファに寝転んでいるところ。
「ほんとに普通」
阿部が言う。
「ええやん」
「こんなのも写真集に入れるの?」
「入れる」
康二は即答した。
「最後の一週間のやつは、こういうの入れたい」
「帰る準備してる俺?」
「それも」
阿部は一枚ずつ見る。
笑っていない写真もある。
真剣な顔。
少し眠そうな顔。
何か考えている顔。
でも。
どれも嫌ではなかった。
「俺って、こういう顔もしてるんだね」
「当たり前やろ」
「前は笑ってる写真ばっかだったから」
康二が少しだけ静かになる。
でも。
今度は沈まなかった。
「せやから今度は、全部撮る」
「全部?」
「笑ってる時も、笑ってへん時も」
康二は笑う。
「ちゃんと見て撮る」
阿部も頷いた。
「じゃあお願い」
「任せて」
その夜。
阿部は新しいノートに書いた。
『佐久間とアニメを見た。』
『夢の中では最後かもしれない。』
少し考えて。
その下に書き足す。
『でも、続きは現実で見る。』
さらに。
『康二が写真を撮った。』
『笑ってない俺も撮った。』
『その時の俺なら、それでいいらしい。』
阿部はペンを止める。
そして最後に。
『終わることが増えてるんじゃなくて、続きの約束が増えてる。』
その一文を見て。
少しだけ笑った。
夢の中での最後。
それは。
全部が終わる意味ではない。
むしろ。
現実で続きを始めるための。
区切りなのかもしれなかった。
コメント
1件
読了したわ。第53話、めっちゃ良かった。 「終わりじゃなくて、続きの約束」ってテーマが一章ごとに積み上がってて、最後の阿部ちゃんがノートに書いた一文で全部回収された気分。特に康二の「笑ってへん写真もその時のあべちゃんやな」って台詞、めちゃくちゃ沁みたわ。無理に笑わせようとしなくなった康二の変化も良いし、メメが「帰ったら同じノート買おうか」ってさらっと言うのも阿部ちゃんへの解像度の高さ感じる。 夢の中の“最後”が“区切り”に変わる瞬間、ちゃんと描けてた。続き、楽しみにしてる🔥