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今日が晴天で本当に良かった。
初めて訪れた街の雰囲気、そして空気感。それらをしっかりと感じることができる。深く息を吸うたびに、僕はそれを実感できた。
もしも雨が降っていたら、感じることはできなかっただろう。雨は地面の埃を浮き上がらせてしまうから。それらの匂いばかりが鼻腔に付着してしまうから。
「あ! 小出さん! あれ見て! 『異世界に飛ばされたオッサンは防具をつけないで常に裸で戦います。だけど葉っぱ一枚じゃただの変態だよ!』の広告があるよ! って、嘘!? あの作品、映画化するの!?」
お上りさんだと思われてもいいやと開き直って街のいたる所をキョロキョロ見渡しながら歩いていたんだけど、その中にそんな広告が目に入ったのだ。いや、広告ではあるけど、もっと的確に言えば看板かな。すごく巨大な看板。
「うん、知ってたよ。ネットで発表されてたから。だからもう、前売り券は買っちゃったの。じゅ、十枚程……」
「じゅ、十枚!? え!? そんなに何回も観に行くの!?」
「う、うん……そうなんだけど、たぶんもっと買い足しちゃう……かな」
「な、なんで買い足すまでに観に行くの?」
「えーと、その……観に行くたびにグッズがもらえるの。でもたくさん種類があるし、私が選べるわけじゃなくて、ランダムに渡されるからコンプリートするためには何度も観に行かなきゃいけなくて……」
なんたる熱量。さすがは小出さんというか何というか。でも口調から分かるんだけど、小出さんはどうやらそれが悪いことをしているように思っているみたいだ。映画よりもグッズをコンプリートするために前売り券を購入している事実に。
いやいや、小出さん。そんなの気にすることでもなければ悪いことをしていると感じる必要もないよ。むしろ、僕は逆に尊敬する。その作品を愛しているからこそ、それに関連するグッズを全部集めたいと思っているんだから。
それにしても、ここで『その映画、一緒に観に行こう』なんて誘えたらいいんだけどね。でも、そんな勇気が僕にあったら苦労はしないわけで。あー、やっぱり僕はヘタレだなあ……。
「ん? あれ? ここって――」
考え事をしながらも辺りのぐるりと見渡していると、とある大きな看板広告が目に入った。そこには目立つようにピンク色のポップなフォントでこう書かれていた。『メイド喫茶めいどりーむ』と。
もちろん文字だけじゃない。ふりふりのメイド服を身にまとった女の子達の写真も一緒に載せられていた。なるほど、これがメイドさんなわけか。皆んな可愛いなあ。
「ねえ小出さん。ここのメイド喫茶、すっごく楽しそうだよ?」
僕を先導するようにちょっと前を歩いていた小出さんは、その看板をチラリ。そしてすぐにプイッとそっぽを向いて、再び歩き出してしまった。え、なんで?
「こ、小出さーん! ち、ちょっと待ってよ! どうしたの?」
表情に出してさえいないものの、なんとなーく感じるんだ。小出さんは今、たぶんちょっとだけ不機嫌であることが。
「そこはダメなの、大手すぎて」
「え? 大手だったら尚更良いと思うんだけど……」
小出さんはふるふると首を横に振った。
「ううん、そういうわけでもないの。大手だからいいわけじゃなくて。あ、園川くんはその理由、気にしないで大丈夫だから」
うーん、なんでだろう……。すごく気になるんですけど。でもこれ、絶対に深く訊こうとしない方がいいんだろうな。僕の直感がそう教えてくれている。うん。触らぬ小出さんに祟りなし。
* * *
「な、なんか駅からどんどん離れていってるんだけど……」
「大丈夫だよ、もう少しで着くから」
僕と小出さんはメインの通りではなく裏の路地を歩いているのだった。訊いてみると、どうやらここは『メイド通り』と呼ばれているらしい。らしいんだけど……人の流れが一気に失せたんですけど。
「あ、ここ! ここだよ園川くん!」
「え、ええ……ここ、なんだ……」
小出さんが足を止めて嬉々として僕に教えてくれたそこは、ボロにボロを重ね合わせたような、そんな雑居ビルだった。このビルは一体、築何年経っているんだろう。
「あ、看板があるね。えーと、『Cure cure メイドカフェ』って書いてある」
「そう! 私が大好きだったメイド喫茶っていくつかあったんだけど、ほとんどなくなっちゃって。だけどね、ここだけは残ってたの!」
「そ、そうなんだ……」
なんだろう、このえも言われぬ不安感は。やっぱりさっきのお店にした方が良かったんじゃ……て、ダメダメ!! 小出さんが『大好きだった』と言っていたじゃないか。これほどまでに、いわゆるオタク文化を愛しすぎる程に愛している小出さんがだ。きっと素敵なお店に違いない。
信じろ。信じるんだ、園川大地!
「どうしたの、園川くん?」
「あ、ごめんね。今行くから」
ええい! なすがままよ!!
気持ちを固めたところで、僕は歩いて前に進む。小出さんに連れられて。
こうして僕は雑居ビルの中に一歩、足を踏み入れたのだった。
『第12話 秋葉原だよ小出さん!【2】』
続く