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うわあ……。な、なんかお化けが出てきそうなんだけど……。
もちろんだけど、そんなこと言葉にはしない。口には出さない。だってそんなことを言ってしまったら小出さんを傷付けてしまうかもしれないから。だってここのお店は小出さんにとって大切な場所なんだ。
に、しても。あまりに薄暗いな。そんな中で階段を上っていると、そりゃ不安にもなるよ。一言で言い表すなら、怪しさ満載って感じなんだもん。そんな不安感を抱きながら、僕はその階段を一歩一歩上っていく。先導してくれる小出さんの後をついていくようにして。
「あ! 園川くん、ここだよ!」
「こ、ここなんだ……」
小出さんにしてはちょっとテンション高目に言って指をさす。その先にはライトアップがされている、古ぼけたドアがあった。そこに掛けられた小さな看板には『Cure cure メイドカフェ』と書いてある。なるほど、ここのお店なんだ。さっきまでの薄暗さもなくなり、ようやく僕の不安感も少しずつだけどやわらいできた。
でも、本当に大丈夫なのかな……。あとで怖い人達が出てきてボッタクられたりしないかな。メイド喫茶に入るのは初めてだから、余計に心配になる。
だけど、僕は小出さんを信じる。だって、表情にさえ出してはいないけど、小出さんのウキウキした気持ちが僕にもはっきりと伝わってきたから。
「それじゃ、入るね」
まるで自分の家に帰ってきたくらいの気軽さで、小出さんはお店のドアノブに手をかけた。すっごい手慣れてる感満載だね。今日の小出さん、すっごく頼もしい。
で、ドアを開けた瞬間。ピンク色をしたフリフリメイド服に身を包んだ女の子が一人、僕と小出さんを出迎えてくれたのであった。お決まりなのであろう、あのセリフと共に。
「お帰りなさいませお嬢様! ご主人様! って、あ! チカちゃんだー! すっごい久し振りだね。もう来てくれないのかなって思っちゃってたよー」
そのメイドさんは小出さんを見るや否や、彼女の手を取って、とても嬉しそうにしながらブンブンと前後に振っている。小出さんは「お久し振りです」と一言だけ言葉を返し、あとは黙ってうんうんと頷いている。めちゃくちゃ仲が良さそう。
「チカちゃんがいつも座ってるテーブル、ちょうど空いてるよー!」
そう言うと、メイドさんは僕達を先導するようにして店内を歩いていく。そのあとに小出さんはとことこ。ものすごい常連さんの雰囲気を醸し出してるね。ビビッてた僕が恥ずかしいくらいだよ。
というわけで、僕も店内に足を踏み入れたわけだけど、ぐるりを見渡してちょっとビックリ。その店内はメイド服と同じように、全てがピンク色に彩られていた。壁紙も、テーブルクロスも、窓に掛けられたレースのカーテンも、何もかもが。ボロボロの雑居ビルの一室とは思えない程に、綺麗で素敵な店内だった。小出さんが『大好きなお店』と言っていた意味が少しは分かった気がする。
まるで『夢』でも見ているような、『夢の世界』に入り込んだような、そんな空間だった。現実を忘れてしまいそうになる程に。少なくとも、僕にはそう感じられた。
「それじゃ園川くん、座ろう」
メイドさんに案内された席は店内の端っこだった。ここが小出さんがいつも座る席なんだ。なんだか小出さんらしいなと、僕は思った。分かるけどね。隅っこってやっぱり落ち着くもんね。
僕も椅子に腰掛けたところで、もう一度店内を見渡す。僕達以外にもお客さんは三人いた。性別は男性で、たぶん大学生くらいの年齢かな。窓際のテーブルで楽しそうに談笑している。だけど、ちょっと驚いたことが。カウンター席の向こう側にもメイドさんが二人いたんだけど、お客さんがいるにも関わらず、お構いなしとばかりにお喋りをしてケラケラ笑っていた。なんというフリーダムさ。
「でもチカちゃん、本当に久し振りだよね。って、理由はなんとなく分かるけど。この街もだいぶ変わっちゃったもんね」
「うん、ごめんね。なかなか来られなくて。この街自体、来るのが久し振りで。でも少しずつだけど、秋葉原が元の雰囲気に戻りつつあったから、嬉しかった」
「そうなんだよねえー。一時期、お客さんが一気に減っちゃったからお店も潰れちゃうかなって私も思ってたもん。だけどここ、自社ビルだから賃料もかからないし、なんとか持ち堪えることができたって感じかな」
「――良かった」
小出さんは嬉しそうに、はにかんだ笑顔を浮かべていた。そりゃそうか。大好きだった場所がなくなってしまうかもしれなかったんだ。だけど、残っていた。残ることができていた。嬉しいはずだよね。
「ご主人様は初めてですよね? はい、これがメニューになりまーす」
そう言って、メイドさんは僕にメニュー表を手渡してくれた。メイド服に付けられている名札には『メグ』と書かれていた。可愛らしい、丸文字の手書き文字で。
他にもウサギのイラストが描かれていたり、装飾用のシールがたくさん貼られていたりと、個性を全面に出している、そんな名札だった。それを見ているだけで、僕もどんどん楽しい気持ちになってきた。
「でもチカちゃんが誰かと一緒に来るのって初めてだよね? もしかして、彼氏だったりするのかな?」
か、彼氏!! そうか、そんなふうに見えるんだ、僕と小出さんって。嬉しい。なんか夢のようだ。もういっそのこと、このまま彼氏として――と思った刹那。
「違います(キッパリ)」
僕の夢、一瞬で崩れ去った。ガクッと肩を下ろす。いや、そりゃそうだし事実なんだけど、そこまでキッパリと否定されると、ダメージが……。
あー、今夜は寝込んじゃうかもしれない。
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