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どうやったらそんなに上手く表現できるんだよ……弟子になってもいい?
…ハサミの音。
信じていたクラスメイトの笑い声。
それを怯えきった顔で見つめる、僕の”好きなはず”のあの子。
許さない
─僕がおかしくなってしまったのは、十二歳になる”あの子”の誕生日だった。
数年後、中学二年生の秋。
「…ひゅうッ…けほ、げほッ、お゙ぇ…」
部屋の隅、雑に置かれた縫いぐるみの隣。
曖昧になった記憶がフラッシュバックする。
─いや、”なろうとしていた”記憶…?
とにかく、そんな事はいい。早く抜け出したい。
その一心で、必死に鎮めようとする。
─きゃははっ!こいつまだ学校きてんのね。
「ぁ…ッ」
これは幻聴だ。幻だ。
だから治まって…お願い。
…そんな思いは当然効くことも無く、呼吸だけが荒くなる。
─いいよ、もう。あたしが可愛くしてあげる!…保証は無いけど、ねw
「ぁあ゙…止めて、やめ、ごめ、なさ…ヒュッ」
ジャキンッ…
あの日の音が、鮮明に蘇る。その音は、僕の中の何かをパリン、と割った。
「や゙めろ…ッあ゙ぁぁぁ…!」
カチカチッ……ザク、ッ…
カーテンから漏れる街灯の光。
その光で、傷だらけになった縫いぐるみの瞳がきらり、と光った。
…あれから一時間ほど経っただろうか。
(縫いぐるみ縫わなきゃなぁ…)
ズキズキと痛む手首の処置をしながら、複雑な気分で縫いぐるみを見つめる。
何故傷つけるの、と訴えかけるような曇った目は、心をさらに重くした。
─わかってるよ。
傷つけても意味が無い事。
僕自身を受け入れて、愛してくれるような”誰か”にはもう会えない事。
分かってるのに。わかってるはず、だったのに。
何故か涙が溢れてしまう。
「…いっそ死にたい…」
辛い。死んでしまいたい。殺して。
そんな感情が渦を巻き、重くのしかかる。
朝日が顔を出し、部屋が少し明るくなる。
…また今日も辛い現実と隣合わせだと、昇る朝日を見つめて絶望した。
「お母さん、行ってくるね」
「ホントに大丈夫なの〜?顔色すごい悪いけど…」
お母さんがキッチンから顔を出す。
…こんな僕でも心配してくれる、そんなお母さんが唯一の支えだった。
「うん、だいじょぶだよ。」
─ほんとは大丈夫じゃないけど。
「無理しちゃダメだよ〜!」
(今日は授業受けたくないなぁ…逃げよかな…)
そんなことをぼんやり考えながら、家を後にした。
キーンコーンカーンコーン…
校舎内にチャイムが響く。
昼休みの時間だ。やっと終わった。まだだけど。
僕は疲れた体を頑張って働かせ、屋上へ向かった。
涼しい風が当たる屋上で一人、寝かけてしまう。
(……頭が働かない…疲れた…ねむ)
もう授業を受ける気が無い。
…たまには、だらけて良いよね。少し休憩をしようと、目をそっと閉じた。
……い?おーい…?
「ぁぇ…ぅわっ!?」
ドサッ
「大丈夫…ですか…?」
見知らぬ人が僕の前で屈んで、顔を覗き込んでいる。
ちょっと長めの黒髪に、襟足を結んでいる。
二年…かな。一個下だとは思えん。
「アッ…だいじょぶ…デスッ」
(他学年だぁっ…大丈夫かなやばいやばい…どうしよ)
自分でもわかる。石みたいに固まって、滅茶苦茶震えてる。
なんとか落ち着こうとする。臨機応変に行くんだ僕。
「…授業始まってますけど、」
「気にしなくていいよ。午後はもう授業受けないつもり。キミは?」
「先生いなくて、好都合だったんで抜け出してきました」
「へ〜…二年生…だよね?」
黒髪くんが頷く。
「三年生…ですよね。」
「よく知ってるなぁ…」
「目立つんで。」
─そういえば、自分ハイトーンだったな。
恥ずかしいけど言っちゃうよ。てへ。
「…大丈夫?二年のこの辺りの勉強、結構響くけど。」
「成績については気にしないでください。そっちこそ、受験とか…」
「休憩。…いろいろ疲れちゃって。」
「はぁ…何かあったんですか…?」
「ちょっと、ね…」
胸辺りがきゅ、と締め付けられる。─視界がぼやけ始めてしまった。あぁ…駄目だ。
「…あの…涙が…」
黒髪くんがハンカチを渡してくれる。気持ちだけ貰って、ハンカチは受け取らない事にした。
「大丈夫…だから。すぐ引っ込むから、さ…」
数十分後
「落ち着きました?」
「…ありがと。」
結局あの後我慢しきれなくて、声をあげて泣いてしまった。
…その間ずっと、黒髪くんは背中を撫でてくれていた。久しぶりに感じる、家族以外の体温。
なんだか嬉しくて、切なくて…怖くもあった。
─12歳以来感じていない”あの”感情が、心の隅でぐるぐると回っていたから。
「ほんと、ごめんね。」
「別に…そっちこそ、悩みとか…何か聞ける事ないですか…?」
「ううん、大丈夫だよ。全然平気、だから… 」
キーンコーンカーンコーン…
チャイムが響く。もう時間なんだな…
「あ、放課後のチャイム…」
「もうそんな時間か…じゃ、そろそろ帰ります。」
─もう、帰ってしまう。まだ、体感では一時間程なのに。…最後に、ひとつだけ。
「あっ…まって。」
「…?」
不快と思われるかもしれない。でも…
「またここで、僕と話してくれない…かな…?」
黒髪くんが少し戸惑う。初対面相手に踏み込みすぎた、か…
「あ……ぁの…嫌…?きもちわるい……よね。ごめん」
…そして、黒髪君がこう返してくれた。
「また、明後日の午後にでも。」
その言葉を聞いて、僕はなんだか嬉しくなった。でも……黒髪君の静かに微笑む姿は綺麗で、どこか…切なかった。
僕を慰めてくれたその子─”石黒 海音”君と出会ってから、少しだけ生活に色が戻ったような気がした。
海音君と会う日が、なんだか嬉しくて。学校が、ちょっとだけ楽しくなった。
(─久しぶりだなぁ、こんなの…)
…ほんと、何時ぶりだろうな。
第1話 fin
メイの恋やいかにっっ