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kaede🍁
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その後。
翔太は阿部の世話を、ほとんど一人でしてくれた。
「立てる?」
「……多分」
「多分は信用しない」
翔太が阿部の腕を取る。
「ほら」
「すみません」
「謝らなくていい」
神様なのに、湯浴みまで手伝ってくれた。
温かい湯に浸かり、冷え切っていた身体が少しずつ戻っていく。
「自分でできます」
「死にかけてた人が何言ってるの」
「でも」
「倒れられる方が面倒」
そう言われて、何も返せなかった。
翔太は着替えも手伝う。
どこから持ってきたのか、人間の着物だった。
「これ」
翔太が阿部を見る。
「似合う」
「……ありがとうございます」
「かわいい」
「え?」
「やっぱりかわいいね」
少し考えて。
「今日から、あべちゃんね」
「……あべちゃん?」
「うん」
「どうしてですか?」
「かわいいから」
理由になっているのか分からない。
でも目黒に。
「飼いたい」
と言われた時より、ずっと怖くなかった。
湯浴みを終え、暖かい部屋へ移る。
火鉢。
布団。
食事。
水。
さっきとはまるで違う。
阿部は温かい茶を両手で持つ。
「翔太様」
「様いらない」
「でも」
「翔太でいいよ」
「……翔太?」
「うん」
不思議だった。
神様なのに、とても人間に近い。
「翔太は」
少し迷ってから聞く。
「どうして人間のこと、そんなに知ってるんですか?」
翔太の手が止まった。
「俺?」
「はい」
「……そりゃ」
少し笑う。
「元人間だから」
阿部は目を見開いた。
「人間?」
「そう」
翔太は何でもないことのように茶を飲む。
「俺も生贄だったよ」
「生贄……」
「うん」
「俺と同じ?」
「大体ね」
翔太は遠くを見る。
「俺の時は、涼太に拾われた」
「涼太?」
「舘様って呼ばれてる神様」
先ほどの美しい男の神様を思い出す。
「舘様……」
「そう」
翔太が少し笑う。
「気まぐれでね」
「俺を見て、気に入ったから連れて帰った」
それは。
自分とほとんど同じだった。
「涼太は人間が好きだった」
「好き?」
「人里に降りたり、人間の食べ物見たり、話したり」
「じゃあ」
阿部が思わず聞く。
「翔太の村も」
言葉が止まる。
翔太の表情が少し変わった。
「助けなかったよ」
「……え」
「涼太は」
静かに言う。
「俺が嫌ってた村を助けなかった」
阿部は言葉を失う。
「俺、村の人間が嫌い」
「……」
「生贄にされたから」
当然だと思った。
自分だって悲しかった。
今でも村人たちを思い出すと胸が痛い。
「涼太はそれを知ってた」
「だから?」
「俺が嫌いなら、救わなくていいって」
翔太は苦く笑った。
「それで、村は?」
翔太は答えなかった。
その沈黙だけで十分だった。
「めめはもっと気まぐれ」
翔太が話題を変える。
「今まで、人間になんか全然興味なかった」
阿部は目黒を思い出す。
人間が犬を食べると思っていた。
冬の部屋に置けば凍えることすら知らなかった。
「だから」
翔太が阿部を見る。
「あべちゃんの村を救ってくれると思わない方がいい」
胸が冷たくなる。
「……そうですか」
やっぱり。
自分が生贄になっても、村は救われないのかもしれない。
少しして、阿部はもう一つ聞いた。
「翔太」
「どうして神様になったの?」
「元は人間なんですよね」
「そうだよ」
「それなら、どうして今は……」
翔太は自分の手を見る。
「ここにいるとね」
「少しずつ、人じゃなくなる」
「……人じゃなくなる?」
「うん」
「最初はお腹も空く。眠くもなる。寒いし、暑い」
「でも」
静かに続ける。
「だんだん必要なくなる」
「身体も変わって、歳も取らなくなる」
「人間より、ここのものに近くなる」
「それで神様に?」
「うん」
阿部は息を呑む。
「どれくらいで……」
「人によると思う」
「でも」
翔太は少し寂しそうに笑った。
「神様になる頃には、大体」
声が小さくなる。
「村なんて滅んでる」
阿部の顔から血の気が引いた。
村。
小さな家。
藁。
村人。
子どもたち。
食べ物を分けてくれた人。
自分を生贄にした人。
それでも。
あそこは阿部が生きてきた場所。
「……嫌だ」
声が漏れた。
「村がなくなるのは、嫌です」
翔太はしばらく何も言わなかった。
「どうしたら」
阿部が翔太を見る。
「村を救えますか?」
「俺が何かすれば、救えるんですか?」
「あるにはあると思うけど」
「教えてください」
「何でもします」
「何でもって言わない方がいいよ」
「でも、村を救えるなら」
翔太は少し考える。
「……たぶん、めめと」
「愛し合えば」
阿部は固まった。
「……え」
「夫婦みたいに」
「互いに大切にして」
「愛し合うような関係になれば」
阿部の顔が青ざめる。
「めめの力が、あべちゃんにも少しずつ流れるようになる」
「そうしたら、自分で村を救えるかもしれない」
目黒。
何を考えているのか分からない神様。
会ったその日に。
かわいい。
飼いたい。
俺のもの。
そう言った。
犬を食べ物として渡し、冷たい部屋に置いていった。
その人と愛し合う。
「……無理です」
思わず声が出た。
「あべちゃん」
「無理」
阿部は膝をぎゅっと掴む。
「絶対、無理です」
怖い。
話すだけでも緊張する。
夫婦のように寄り添うなんて、想像すらできない。
「でも」
翔太が言う。
「村」
その一言で黙る。
救いたい。
どうしても救いたい。
でも、そのためには。
目黒を好きにならなければいけない。
好きになってもらうだけでは駄目。
互いに愛し合う。
阿部は両手で顔を覆った。
生贄にされた時より。
飼いたいと言われた時より。
今が一番絶望していた。
「まあ」
翔太が気の毒そうに言う。
「まだ来たばっかりだし」
「今すぐどうにかしろって話じゃないから」
阿部は顔を覆ったまま呟く。
「今すぐじゃなくても」
「……無理です」
その時。
廊下の向こうから足音。
阿部の身体が固まる。
襖が開く。
紺色の着物。
「あべちゃん」
翔太の呼び方をもう覚えたらしい。
「何してるの?」
阿部は目黒を見る。
村を救うためには。
この神様と愛し合わなければならない。
「……」
思いきり目を逸らした。
目黒が首を傾げる。
「なんで俺のこと見ないの?」
翔太は隣で笑いを堪えていた。
阿部には全く笑えなかった。
気まぐれな目黒は笑いながら部屋を後にした。
「……愛し合うって」
阿部はようやく顔を上げる。
「具体的には何をすればいいんですか」
「具体的?」
「夫婦みたいにって言われても分からないです」
「どこまでいけば、村を救えるんですか」
翔太は少し考え、自分の左手を見せた。
「これ」
「……?」
薬指に、細い赤い線のようなものが巻き付いている。
糸にも見える。
でも触れられるものではなく、皮膚の奥で淡く光っていた。
「それは?」
「縁」
「えん?」
「特別な縁」
翔太が赤い光に触れる。
「俺と涼太にもある」
「あべちゃんとめめの間にこれができれば」
「めめの神力を使えるようになる」
阿部は自分の左手を見る。
当然、何もない。
「どうやったらできますか?」
「条件がある」
翔太が指を一本立てる。
「まず」
「めめが、あべちゃんを自分と同じ存在として大切にすること」
「……同じ存在?」
「飼ってるものじゃ駄目」
最初に言われた言葉を思い出す。
かわいい。
飼いたい。
「……今の時点で駄目じゃないですか」
「そうだね」
あっさり答える。
「所有物じゃなくて」
「隣にいてほしい相手だって思わないと駄目」
「守りたい」
「喜ばせたい」
「悲しませたくない」
「いなくなったら嫌だ」
「そういう気持ちが必要」
翔太が二本目の指を立てる。
「次」
「あべちゃんも、めめを大切に思うこと」
阿部の顔が露骨に曇る。
「……俺も?」
「当たり前」
「めめだけじゃ駄目なんですか」
「駄目」
「俺が我慢して、夫婦みたいに振る舞うだけでも?」
「絶対駄目」
翔太は真面目な顔になる。
「神様との縁は、嘘じゃ結べない」
「どれだけ仲良くしても」
「手を繋いでも、抱きしめても」
「あべちゃんが心の中で」
『怖い』
『嫌い』
『村のためだから仕方ない』
「って思ってたら、縁はできない」
阿部の顔からまた血の気が引く。
「じゃあ」
「俺が本当に好きにならないと駄目?」
「うん」
絶望的だった。
翔太が三本目の指を立てる。
「それから」
「互いに自分から、相手のそばにいることを選ぶ」
「選ぶ?」
「命令も強制も駄目」
「村を救うためっていう理由だけでも駄目」
阿部が眉を寄せる。
「厳しくないですか?」
「神様の力借りるんだから、それくらいはね」
翔太は少し笑う。
「めめに『ここにいろ』って言われて」
「あべちゃんが怖くて従ってても何にもならない」
「あべちゃん自身が」
『ここにいたい』
「って思わないと駄目」
「さらに」
四本目。
「めめが、自分の力をあべちゃんに分けてもいいと思うこと」
「それは難しいんですか?」
「かなり」
翔太は少し遠い目をする。
「神様にとって力を分けるって」
「自分の命を分けるのと近いから」
「命?」
「死ぬわけじゃないよ」
「でも、それくらい大切なもの」
つまり。
目黒がただ阿部を気に入るだけでは足りない。
「最後」
翔太が五本目の指を立てる。
「二人の縁を神前で結ぶ」
「神前?」
「神様と人間で縁を結ぶなら必要」
「この場合、俺と涼太の前かな」
「何をするんですか?」
「互いの名前を呼んで」
「これからも隣にいるって、自分の意思で誓う」
阿部は少し安心する。
「それだけ?」
「それだけ」
「……よかった」
「ただし」
「そこまでの条件を全部満たしてればね」
一瞬で安心が消えた。
「……縁が結ばれたら」
「すぐ村を救えるんですか?」
「多分」
「多分?」
「そこはあべちゃん次第」
翔太は庭を見る。
「縁ができたら」
「めめの力の一部が、あべちゃんに流れる」
「最初は本当に少しだけ」
「雨を降らせるとか?」
「できる」
「作物を育てることは?」
「あべちゃん次第かな」
「枯れた土地を戻すことも?」
「力が足りればね」
阿部の表情が少し明るくなる。
「ただ」
翔太が続ける。
「村全体を救うなら、一度きりじゃ足りないと思う」
「……え」
「何年も不作なんでしょ?」
「はい」
「土地そのものが弱ってる」
「水を戻す」
「土を戻す」
「作物を育てる」
「冬を越せるだけの実りを作る」
「全部やるなら、かなりの神力がいる」
「じゃあ……」
「縁をもっと強くしないといけない」
嫌な予感がした。
「どうやって?」
「一緒に暮らして」
「毎日話して」
「互いを知って」
「喧嘩もして」
「仲直りして」
「守ったり、守られたりして」
「夫婦みたいに過ごす」
阿部が固まる。
「そうやって縁が太くなれば」
「使える力も増える」
「……どれくらい?」
「分かんない」
「数日?」
「無理じゃない?」
「一月?」
「さあ」
「一年?」
翔太が少し考える。
「それくらい見た方がいいかも」
阿部は額を押さえた。
「つまり」
一つずつ確認する。
「村を救いたかったら」
「めめに愛されて」
「俺もめめを好きになって」
「自分からここに残りたいって思って」
「めめに力を分けてもらって」
「夫婦みたいに暮らして」
「それでやっと、村を救える?」
翔太はにこっと笑った。
「そういうこと」
「……無理です」
阿部は畳へ突っ伏した。
「会ったばっかりですよ」
「うん」
「俺、凍死しかけたんですよ」
「うん」
「犬を食べろって渡されたんですよ」
「うん」
「その相手を好きになれって?」
翔太が少し笑う。
「かなり難しいね」
「かなりどころじゃないです」
しかも。
形だけでは駄目。
嘘でも駄目。
我慢してそばにいるだけでも意味がない。
本当に。
心からあの神様を。
愛さなければならない。
阿部は畳へ顔を伏せたまま呟く。
「……村」
「終わったかもしれない」
村を救う道は、想像していたより。
ずっと険しかった。
コメント
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いや〜、第2話、めちゃくちゃ良かったわ…!阿部くんの絶望感がひしひしと伝わってきた😭 村を救うために神様と愛し合わなきゃいけないって条件、重すぎる…。しかも形だけじゃダメで、心から好きにならないと縁が結べないってのがまた。翔太の過去も明かされて、世界観がどんどん深まってる感じがして好き。めめがどこまで変わっていくのか、めっちゃ気になる🔥