テラーノベル
アプリでサクサク楽しめる
486
58
440
sn.ten
14
コメント
1件

朝は、いつも通りだった。
目覚ましの音で目を覚まして、カーテンを開ける。
差し込んでくる光が少し眩しくて、思わず目を細めた。
「今日もいい天気だなぁ」
なんて、誰に言うでもなく呟く。
コーヒーを淹れて、トーストを焼いて、適当にニュースを流す。
同じ毎日。変わらない日常。
でも、それが嫌いじゃなかった。
ネクタイを締めながら鏡を見る。
少し残っていた寝癖を軽く直してから、鞄を持って靴を履く。
玄関を出ると、春の空気がふわっと頬に触れた。
淡い青空、柔らかい日差し、街路樹の緑。
やけに綺麗で。
――ああ、いいな
なんてふと思った。
このときはまだ、これから自分がどうなるかなんて考えもしなかったけど。
会社に着けば、いつも通りの仕事。
パソコンの画面に向かって、資料をまとめて、
上司に呼ばれて、軽く注意されて、
同僚と昼ごはんを食べて、他愛もない話をして笑う。
「佐久間、今日残業いける?」
「まぁ⋯ちょっとだけなら」
「助かるわ〜」
そんなやり取りも、全部いつも通り。
退屈って言えば退屈かもしれないけど、
でも確かに、ここに“自分の居場所”があった。
仕事が終わる頃には、外はすっかり暗くなっていた。
「はぁ⋯⋯疲れた」
肩を回しながら会社を出る。
夜の街はネオンで溢れていて、昼とは全然違う顔を見せる。
信号待ちをしながら、ぼんやり空を見上げた。
街の明かりにかき消されて、星なんてほとんど見えない。
でも、どこか遠くにひとつだけ光っている気がして。
空を見上げてぼーっとしているうちに、信号が青に変わる。
人の流れに乗って、横断歩道を渡る。
スマホを取り出して、軽く時間を確認して。
そのときだった。
――キキィィィィッ!!
耳をつんざくようなブレーキ音。
「え⋯?」
顔を上げた瞬間、
強い光が、視界いっぱいに広がった。
ヘッドライト。
近すぎる。
「あ―――」
避ける暇なんて、なかった。
衝撃。
体が宙に浮く感覚。
何かにぶつかって、
世界がぐるっと回って、
地面に叩きつけられる。
音が遠くなる。
誰かが叫んでいる。
何人もの足音。
名前を呼ばれている気がする。
でも、全部、どこか遠くて。
痛いはずなのに、痛みすらぼやけていく。
視界が、滲む。
ぼやけて、にじんで、
さっきまで見えていた光が、どんどん崩れていく。
「⋯⋯なん、で⋯⋯」
何も、見えない。
暗い。
ただ、真っ暗で。
さっきまで確かにあった“光”が、
一瞬で、全部消えてしまったみたいで。
怖い。
息がうまくできない。
「……やだ……」
声が、震える。
「見えない……っ」
必死に目を開けてるはずなのに、
何も映らない。
何も。
何も、ない。
そのまま、意識は沈んでいった。
音も、感覚も、全部遠くなっていく中で
最後に思ったのは、
あの朝の光だった。
カーテン越しに差し込んできた、あの優しい光。
―――なんで⋯⋯
そう思った瞬間
完全に、意識が途切れた。