テラーノベル
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死刑。
言葉では軽いようで、でも、確実に重いその言葉。そうなるだろうっていう予想はしていたから、受け入れられた……いや、受け入れられないんだけど、絶対に変わらない運命だと思った。だけど、まだ、死刑という命の言葉がふわふわと漂っている状態で、何というか地に足がつかなかった。
牢の中に戻り、私は出されたコップ一杯の水を一口だけ飲んだ。干上がった喉は一滴の水でさえ歓喜の声を上げていたが、私はすぐにそのコップを部屋の隅に置いた。牢の中にはわらが敷かれているだけで、それ以外は何もない。本当に罪人を閉じ込めるだけの牢の中には何もないのだ。
「……」
実感が湧かないのか、それとも絶望しているのか分からなかった。
法廷で、誰も味方がいない状況で、何を言っても聞き入れられなくて。私の言葉に何て誰も耳を貸さなかった。はじめから分かっていたこと、ただ怒りをぶつける場だったのだ。あんなものを裁判と言えないのだろう。
あの場に皇帝がいなかったのは幸いか。まあ、多分刑場では顔を合わせることになるんだろうなあ、と私は思った。もう顔も見たくないけれど。
真っ暗な牢は明り一つもなくて、自分の指先さえ認識するのが難しかった。湿っぽい、下水の匂いもする。そんなところにただ一人。わらの上で転がって、動く気にもなれなかった。誰かが、私をここから連れ出してくれるわけでもないのだから。
「無様ね」
「……ああ、エル」
「まだ、その名前で呼ぶの?それとも現実逃避かしら」
どこからともなく現われたエトワール・ヴィアラッテアは、私を見下ろしてそう言った。勝ち誇った笑み。ニヒルな笑み。そして、見下ろし、愉快な顔で言うのだ。
彼女の気配に気付けていない時点で、かなり体力が消耗しているのが分かった。まあ、彼女も魔法に長けているだろうから、すぐには彼女の気配に気付けないだろう。でも、同じ魂がそこに存在しているのだから、何かしら身体に不調は出るはずなのだが。
「エルは、エル……だから」
「違うわ。私は、エトワール・ヴィアラッテアよ。アンタは、エトワールじゃない。その名前は私のものなの。アンタに近付くために、エルなんていうメイドを演じたの。いいえ、エルなんて何処にも存在していないのよ」
聞いてもないことをべらべらと喋っては、エトワール・ヴィアラッテアは、私に不愉快だと睨みを利かせた。その睨みももうどうでも良くて、嫌われているのは今に始まったことじゃないんだけどなあ、なんて心の何処かで思っていた。もう、会話をする気力がない。
彼女がここに現われたのは、ただの嫌がらせに過ぎないだろう。彼女の勝ち。私は、彼女の仕組んだ罠に気づかず引っかかって、それで地獄に落ちただけ。
彼女が悪くないとは言わないし、私が悪いとも言えないけれど。何が悪いのかとか、もうその認識も危ういのだけど。
「なんで、きたの?」
「いったじゃない。アンタの無様な姿を見る為よ」
「あいに来てくれたのかと思った」
「誰が会いに来るもんですか。本来なら、顔を合わせるのも嫌なのに。同じ顔がそこに存在しているの。それも、無様に歪んで絶望している自分の顔がそこにあるのよ?嫌に決まっているじゃない」
「じゃあ……あいに来なければいい」
「……」
私がそう言うと、エトワール・ヴィアラッテアは黙ってしまった。自分から言い出したことなのに、その責任さえ持てないのか、何て思ってしまったのだ。彼女は、自分の非を認めたくないのか、図星なのか黙り込んでしまった。
彼女に私への同情心があるならいいのだけど、それは全く感じられないし。
(まあ、同じ顔の人間がいるなんて考えたくないけどね……)
私も、自分と同じ顔を持つ人が、変なことしてそれが私の印象として刻まれてしまうのは嫌だと思った。それは、彼女が思っていることと同じ。
「それも考えたわ。自分の命が優先だし。同じ魂の人間に近付けば近付くほど、消滅しちゃう可能背があるからね……」
「……」
「でも、それももう終わるの。アンタは、二日後死ぬ。そしたら、アンタの身体は私に戻ってくる。元から私のものだったけどね」
「……そう」
「絶望、してないの?それとも、まだ希望を見ているわけ?」
と、エトワール・ヴィアラッテアは意地悪にいった。
絶望していないのか、希望を見ているのか。そんなこと聞かれてもよく分からなかった。だって、もう絶望も希望も通り越して虚無状態になっていたから。多分、暴走して人を殺してしまってから私の心は折れてしまったのかも知れない。不本意とはいえ、人を殺したその事実は残って。そして、私に大切な人を失ったと怒りと悲しみをぶつけてくる人がいて。それが何よりも苦しくて、心にきて。私なんていなければいいのに、消えなきゃって思ってしまって。
エトワール・ヴィアラッテアの狙い通りの結果になってしまったんじゃないかと思う。
暗闇の中でも彼女の髪は銀色に、夜空に瞬く星のように輝いていた。同じ髪なのに、私は、地上に落ちた星のように色を失っていた。
「絶望……して欲しかったの?」
「ええ、絶望してくれなきゃ。アンタの幸せな顔を見るのが嫌だったのよ。ずっと、ずっと。苦しめってずっと思ってたわ」
「……酷い」
「酷くないわよ。此の世界は私の為に作られているんだから」
「アンタのじゃない……本来なら」
私はそこまで言いかけて口を閉じた。彼女は何処まで此の世界のことを知っているのだろうか。本当は作り物で、誰かを楽しませるために作られた世界だっていうことを。彼女に、彼女は作られた悪役だっていったら怒るだろうか。彼女が何処まで知っているか分からなかったから何も言えなかった。
私の前世の名前を知っていた。なら、ここが作られた世界だって知っている? それとも、私の存在だけ知っている?
此の世界は、本来なら、ヒロインを中心に回っている世界だということ。それを、彼女は知っているのだろうか。知らなかったら、結局は悪役になって同じ末路を辿るだけなんじゃないかって。
ヒロインは、トワイライトだ。そして、悪役はエトワールだ。
それをぶち壊してここまで来たけれど、彼女がヒロインに成り代われるわけない。ならば、トワイライトを殺して、ヒロインの座を勝ち取ればいいのに。それがきっと出来ないからこうしているのだろう。
私は、横になりながら、エトワール・ヴィアラッテアを見た。殺意にまみれたその夕焼けの瞳は酷く汚く、醜かった。同じ顔がそこにあるって確かに嫌だな、と彼女に同情する。私はあんな顔したことないから。
「そうだわ。アンタにいいことを教えてあげる」
「……」
そういって、エトワールは、パンと手を叩いた。子供が親に良いテストを見せるようなそんなルンルンとした顔。眩しい、無邪気なその顔を見て、嫌な予感しかしなかった。
「アンタがいなくなった、まき戻った世界で、私が皇太子と結婚してあげる。リース・グリューエン殿下。彼こそ、私にぴったりじゃない?」
「……リースは、そう、簡単にアンタに靡かないわよ」
「いいえ、靡く、靡かないの問題じゃないわ。顔は一緒でしょ」
「それでも……」
「それに、手に入らないものなんてないのよ。魔法を使えばね?」
と、エトワール・ヴィアラッテアはにんまりと笑った。悪魔の笑みだ、と背筋が凍る。
人の心を拘束する魔法はグレーなんじゃないかと。禁忌の魔法にはそれらのことは含まれていなかったからセーフなのか。だとしても、そんなことは許せないと。
私は、力を振り絞って立ち上がり、鉄格子を掴んだ。細くなった手は、鉄格子を掴むのも精一杯だった。
「絶対にさせない。アンタに、リースはあげない。そんなことして、人の心を奪って、好きになって貰って、嬉しいの?」
「愛されるためなら手段は選ばないんじゃない?それに、そんなことは問題じゃないのよ。アンタは死ぬ。そして、私が元のワタシになる。その世界で、私は皇太子妃になるわ」
「絶対に、許せない……アンタが妃になることじゃない。リースに手を出すことよ。今でさえ苦しいのに、トワイライトだって……彼女の幸せまで奪うのは許さないんだから」
「何も出来ないくせに。惨めにならない?」
くすくすとエトワール・ヴィアラッテアは笑った。きっと本気でやる気なのだろう。私はそれだけは何としても阻止したかった。
世界がまき戻るということは、リースは私のことを忘れてしまうかも知れない。でも、そしたらあの好感度70%からスタート? それなら、私のこと、前世のこと覚えている?
いや、でも、エトワール・ヴィアラッテアは、その記憶すら書き換えて……
考え出したら怒りがわき上がってきた。そんなことは絶対にさせない。その魔法が許されて、物語を書き換えて、これまで積み上げてきたモノを壊そうというのなら、私は絶対に彼女を許さない。
今ある幸せを奪うことは、壊す事は、私は絶対に――!
「……殺してやる」
「ん?聞えないわよ」
「殺してやる!絶対に、アンタは許さない。アンタだけは、アンタだけは愛される資格なんてないんだから!」
「ふ、ははっ。いい顔ね。やっと絶望できたのかしら。でも、もう決めたの。私はシナリオを作ったわ。私が愛されるためだけのシナリオを。誰にも邪魔させないわ。アンタは、指をくわえてみているだけ。ね?」
そういって、エトワール・ヴィアラッテアはまた笑ってその身を翻し、暗闇へと消えていった。
「あああああああああああッ!」
牢にまた一人、私は取り残され、ガシャンと音を立てながらその場に崩れ落ちた。
許せない。
何で笑っていられるのだろうか。それで、愛される? 愛を語る? あり得ない。人間じゃないのかも知れない。いや、はじめからそういう風に設定されているのだろう。彼女の性格はきっと変わらない。そうプログラムされている。そういう設定。彼女は悪女になるべくして悪女になった。
はじめこそ同情していたのに。周りの環境が彼女を変えたのだと。でもきっと、はじめから歪んでいた。愛に飢えすぎて、自分がかわいそうな人間だとそう思い込んで、周りが悪いのだと、愛されるべき人間なのに愛されないのだと。そう思って……
彼女の暴走は私には止められない。私は死刑が確定した。そして、死んだ後はどうなるか分からない。でも、此の世界ごとまき戻って、彼女は彼女の為だけの世界に作り替えると。魔法のダメな使い方を知ってしまっている彼女はそれすら容易にやってのけるのかも知れない。分かっている。
彼女はきっと、攻略キャラの記憶を書き換え、都合のいい世界を作るだろう。それは、リースも例外じゃない。
私が積み上げてきたものが、トワイライトの幸せが……皆の記憶が……全て無かったことになる。一瞬にして。
そんなの、許せるわけがない。
初めて覚えた殺意。殺したい、殺さなきゃ、許せない……私は血が滲むほど拳を握り、下唇をグッと噛んだ。
絶望、その二文字が私の前に大きく現われた気がした。
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