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海月
38
父上は咳き込みながら、苦しそうに玉座に体を預けた。
部屋の端に控える侍医が心配そうに様子を伺うが、彼はそれを手で制した。
「ラウル、これからの話をする。お前が今回の行動で見せた成果、そして成長を考慮し、任務を託すことにする」
「任務、ですか?」俺が聞き返すと、父上は静かに頷いた。
「内容は追って知らせるが、聖剣蒐集を兼ねた軍務になるだろう」
「なるほど」
俺にそんな器用なことできるかなと思いつつ、あれ? これ元のゲームグローリーナイツの本筋に返ってきたのでは? と気づく。
「次の王はイケテールとイヤミルの兄王子から選ぶつもりだが、余の期待に応え続ければ、お前の名も候補の中に入るやもしれん。余を悩ませてみせろ、ラウル」
「精進いたします」
緊張感のある謁見を終え、俺達は玉座を出る。
「息が詰まるぜ、酸欠になるかと思った」
ヨハンナがぶはっと息を吐く。確かに気持ちはわかる。玉座は明らかに酸素濃度が低かったと思う。
「新しい服も慣れねぇし」
彼女の海賊服はあまりにも汚れていたので、ブラウス、スカート、ブーツ、カトラス、全てを新調した。一応ブラも買ったのだが、窮屈らしくつけていない。
「ラウルちゃん、その……あ、ありがとう、ママのこと言ってくれて」
「ちゃんと言っておかないとね。サキュバス化したことも、隠してると後々面倒なことになるだろうし。父上に話が通っていれば別に何も後ろめたいことはない」
「その……生涯付き添うって言うのは」
ママ上は若干の上目遣いでこちらを見やる。その瞳にはどこか期待の色が見られる。
「あ、あぁあれは契約上ね。生涯付き添うって言っても、義親子関係でも生涯付き添うってことだし」
「そ、そうね。確かにそうよね」
「ラウルなにチキってんの? ママの魔力補充は君しかできないんだから」
ナハトがにひひひと悪魔っぽい笑みを浮かべる。
あまりピンときていないヨハンナは首を傾げていた。
「なぁなぁ羽女」
「ナハト! 虫みたいに言わないで」
「魔力補充ってどうやってやるんだ? あたしあんま魔族のこと知らないんだが」
「じゃあ教えてあげる」
ナハトは嬉しそうに、ヨハンナに耳打ちする。
「ゴニョゴニョで、男の……アレが……アレにアレして」
「………いや、待てそこは……えっ? ほんとに?」
おい、あんま経験のなさそうなヨハンナに過激なこと教えるなよ。
しかしその思いは無駄だったらしく、彼女の顔は真っ赤になっていく。
「破廉恥すぎるだろ! 一応義親子だろ!?」
「禁断の関係って燃えるよね。にひひひひ」
一体何を吹き込まれたのかは知らないが、ヨハンナは自分の胸を抑えながら俺を見ると「ケダモノ!」と叫ぶ。
まだなんもしとらんわ。
「でもさラウル、サキュバスのエッチな本能を抑えるって、とーっても大変なんだよ? ママかわいそうと思わない?」
「いや、それはそうなんだけど……ってかナハトはそういうのないのか?」
「あるよ、めちゃくちゃ」
「どうやって抑えてるんだ?」
「君、最近眠りが深いと思わない?」
「そういや確かに」
「いい夢見てると思わない?」
「…………」
思い当たるフシがあった。確かに最近ちょっと人様には言えない夢を見ている気がする。
「僕が夢に介入して、欲求を満たしてる、ラウルってあんなの好きなんだね~」
おいバカやめろ、人の性癖をバラすな。
「悪魔め。じゃあそれでいけるならママ上も夢で解決できないか?」
夢の中なら、ぶっちゃけどんなことしても合法だしな。夢オチ最高だぜ。
「ん~この夢に介入するのってドリームテンプテーションっていう、サキュバスなら誰でも使えるスキルが必要なんだけど、君のママは人間からの転生だから使えないんだよね」
「…………つまり?」
「キスやペッティン◯みたいな、軽いトコからはじめてみたらどうかな?」
「そういうアドバイスは求めてない」
「もういいじゃねぇか、男らしく一発やってやれよ。血の繋がりもねぇんだから、近所の美人の姉ちゃん抱くと思ってよ」
お前はそっちに周るな海賊。
効果は薄いらしいが、ナハトの抑制魔法があるので、当面の間はそれで我慢していただくことにする。
四人で城内を歩いているとそれを待ち構えるように、廊下の一角に第二王子イヤミルが立っていた。
豪奢な刺繍が施された赤いローブを身にまとい、黒髪をなびかせたその姿は、一見すると堂々とした王子らしさを感じさせる。しかし、その目には明らかな敵意が宿っていた。
「おやおや、無能豚王子が父上に認められたとでも思って浮かれているのか?」
イヤミルは皮肉たっぷりに口を開いた。
俺はその言葉に足を止め、冷静にイヤミルを見返した。以前なら、ただただ耐えるしかなかったこの侮辱にも、今の俺にはわずかに余裕があった。
「嫉妬ですか? お兄たま。いつも私など眼中にない態度だったのに、わざわざここでお待ちになられて?」
その返しに、イヤミルの顔が一瞬ひきつる。
「ふん、勘違いするなラウル。父上が無能なお前に何を言ったのか気になっただけだ」
「賊を追い返した私に、父上は大層お喜びでしたよ」
「ふん、その程度のことで大げさな」
「父上は私の活躍を見込んで、任務を授けるとおっしゃっていました。頑張り次第では、王位継承争いに食い込めるそうです」
「なんだとぅ!?」
「そんなに取り乱さないで下さいお兄たま」
俺はさらりと答える。その余裕の態度に、イヤミルは苛立ちを募らせる。
「ぐぐぐ、その気持ちの悪い呼び方をやめろ」
「申し訳ございません、おにぃたま」
「それをやめろと言ってるんだ!」
さらに追い打ちをかけるように、俺の背後に立つ3人の女性――ナハト、ステラ、ヨハンナの存在が、イヤミルの目に映る。
ナハトの黙っていれば神秘的で魔性の魅力があるサキュバスボディ、ステラの母性的な穏やかさと気品、ヨハンナの黙っていれば野性味あふれる美しさ。その三者三様の魅力を持つ女性が、俺の後ろに並び立っている姿を見て、イヤミルに強い嫉妬心を芽生えさせたようだ。
「……なんだ、その女たちは?」
兄上が低い声で問うと、俺は軽く肩をすくめて答えた。
「私の頼りになる嫁候補です。お兄たまのフィアンセ、リリアという女性と同じですね。ああ、まだフィアンセ関係ではないんでしたっけ?」
「ぐぐぐぐ、リリアがなぜかわからないが拒否しているだけだ。ママが説得してるから、すぐに結婚することになる」
「そういうことはご自身でやられた方がいいですよ。お兄たま」
何か俺の粗を探そうと、イヤミルの目が鋭く光る。
「父上はなぜこんな無能豚に目をかけるのか。お前のような出来損ないの面汚しが、視界に入るだけで腹立たしい」
その言葉に、ヨハンナが呆れた表情を浮かべて前に出た。
「なんだお前、兄貴のくせに弟のことをネチネチと男の腐ったみたいなこと言ってよ」
「おい、ラウルなんだこのがさつな女は!」
「私の騎士です」
「海賊のヨハンナ様改、騎士のヨハンナ様だ」
「信じられん、お前平民以下の盗賊を騎士にしたのか?」
「ええ、私は実力主義なので。出自とかどうでもいいです」
「考えられん、こんな下品な女を……」
そう言いつつ、イヤミルの目はヨハンナの胸をチラッチラッと何度も見ている。
「おいお前、あたしのことはどう言っても構わないが、こいつは聖剣を覚醒させて、魔法を使いこなし賊をなぎ倒したんだぞ」
「……聖剣だと?」
イヤミルの目が驚きに見開かれた。誰も扱えなかったと言われるその武具を、俺が使いこなしたと聞いて相当驚いている。
嫉妬と焦燥が入り混じった感情が、太い黒眉に出ている。
「ふん、聖剣を使えたからといって調子に乗るなよ。この程度で父上の信頼を得たと思うな」
「調子に乗るつもりはないですよお兄たま。私から一つ助言ですが、いつまでも不出来な弟の心配をするより、ご自身の心配をされた方がいい。私に追い抜かれたとあれば、無能王子の王冠がお兄たまの頭に乗ってしまいます」
「ぐぐぐ、ラウル、貴様……」
「私としては、この王冠は気に入ってるので差し上げたくはないのですが、どうやら最後尾を走るものに勝手に移ってしまうようですので」
俺はイヤミルをまっすぐに見つめ、軽い笑みを浮かべて言い放った。
イヤミルは唇を噛みしめ、怒りから顔を赤くしている。
「おい行こうぜ、こいつと話しててもつまんねぇよ」
「失礼しますお兄たま。さて島に帰ろう」
「ねぇラウル帰ってなにする~?」
「ダイエット」
「えぇっ!?」
俺はナハト、ステラ、ヨハンナを連れて、リガルド城を後にするのだった。
◇
馬車に乗って城を遠ざかっていくラウルを、窓から見つめるイヤミルの姿があった。
「おのれラウル、よくもオレに恥をかかせてくれたな」
彼の頭の中には、どうやってラウルを妨害するかという策略が渦巻き始めていた。
コメント
1件
わあ、今回も読みごたえありました!ラウルがだんだん余裕を持って兄と対峙できるようになってるのが本当に頼もしい。謁見シーンの緊張感から一転して、ヨハンナに過激なことを教えるナハトの悪魔っぷりに笑ってしまいました(笑)。「まだなんもしとらんわ」のツッコミが最高です。あと、兄に「お兄たま」呼びで返すラウルの余裕ある態度、成長が感じられて胸熱でした✨ 次回のリベンジ展開が楽しみです!