◆ ◆ ◆
ゼルドア要塞城・帰還口
深灰の森から戻った一行は、
荒れた姿のまま要塞裏の帰還口へ運び込まれた。
負傷者多数。
一名戦死。
その事実が、
隊の空気を沈めたまま重く張りつめていた。
アデルは歩きながら拳を握りしめる。
(……私の判断が遅れた。
もっと早く察していれば……カイトは――)
胸の奥が焼けつくように痛む。
そのとき――
「ア、アデル!!!」
甲高い声。
そして全力疾走の足音。
ピンクベージュの三つ編みが跳ねながら
一人の少女が駆け寄ってきた。
白衣の袖をまくり、眼鏡がずれ、
タブレット型魔術端末を両手に抱えたまま。
――ノノ=シュタイン。分析官。
「アデルぅぅぅ!! 無事なの!?
ほんとに!? ほんとに!?
あなた生きてる!? 腕ある!? 足ある!?
魔力暴走してない!?」
「……ノノ、落ち着け。私は平気だ」
「平気じゃない顔してる!!
いや平気な時も大体そんな顔なんだけど!
それはそれとして!!」
アデルの部下たちは重症のまま医療班に引き渡され、
棺に覆われたカイトの遺体が静かに運ばれていく。
ノノはその光景を見て、一瞬だけ表情を曇らせた。
「……カイト、死んじゃったんだね」
アデルは押し殺すように小さく頷く。
ノノはそっとアデルの袖をつまんだ。
「……アデルのせいじゃないよ。
あの森、異常だった。
魔力密度も、生態反応も……全部狂ってた。
誰のせいかなんて、考えるまでもない」
ノノの声が震える。
「――カシウスのせいだよ」
◆ ◆ ◆
ゼルドア要塞城・分析室
その後アデルはノノに連れられ、
城の地下分析室へと入った。
分析室は、
魔術式スクリーンや結界計測器が床から天井まで並ぶ、
“怪しげで騒がしい研究者の巣窟”だ。
ノノは部屋に入ると同時に急にスイッチが入り――
「はいはいはいはい!! 見てこれ!!
レアの所持品ぜーんぶ! 解析したの!!
とんっでもないの出た!!」
と、爆発したようなテンションで喋り始めた。
アデルは額に指を当てる。
「ノノ、順を追って説明しろ」
「いやでも!! 順とか!!
これ情報量多すぎてアデルの脳がパーンするやつ!!」
「……誰の脳がパーンするというんだ」
「アデル」
「断言するな」
ノノはスルーした。
◆ ◆ ◆
机に置かれた “レアのスマホ”
魔術式拘束で封じられた黒い端末が
静かに光を放っていた。
ノノは手袋をはめ、慎重に端末を魔術プレートへ乗せる。
「まずね、このスマホ。
普通の“転移者アプリ”じゃ、ない。
これは――“境界操作型端末”だよ」
アデルの眉がわずかに動いた。
「境界……操作?」
「うん!
境界の“地層”を認識して、
一部の薄い箇所を最短ルートで転移できる!」
ノノはスクリーンに表示された図を指さす。
地図が二枚重なり、
青と赤の座標が細い糸で結ばれている。
「これね、“境界地図(オブザベーションマップ)”」
アデルはその名前に反応した。
「……境界地図?」
「そう。
本来は研究局の極秘実験でちょっとだけ作ったことがあるけど……
ここまで完成したものは存在しないはず」
ノノは身を乗り出す。
「これを作れるのは――
この国の研究者じゃない。
“カシウス級の存在”だけ」
アデルの拳が無意識に握り締められた。
◆ ◆ ◆
更にノノが別フォルダを開く
「でね……もっとすごいのがこれ。
“転移ログ”」
スクリーンに、
複数の赤い点が線を描いていく。
ノノは息を呑み、
「……リスト見て」
アデルが覗き込む。
そこには――
榊 良太
赤城 翔
レオン=バークハルト
メオ=キルガ
四つの名前があった。
アデルは静かに言った。
「……全員、被害者の名前?」
ノノは小さく頷き、
声を落とす。
「たぶん……このログは、
レアが“殺しの対象を識別するため”に使ってた」
「……………………」
アデルの目が細くなる。
ノノはさらに続ける。
「そしてもっと怖いのが、
この青い点……
“生存者の意識信号”」
アデルの心臓が跳ねた。
「……行方不明の五名、か」
「うん。
いま、全員の意識信号が“ひとつの座標”に集まりつつある」
ノノは指で赤い点の中央を差した。
「アデル……
境界が確実に“混ざり始めてる”。
世界と世界の境が……壊れてる」
◆ ◆ ◆
アデルは剣に手を触れながら呟いた
「……始まったか。
カシウスの本当の目的が……」
ノノは震える声で返す。
「アデル、止めなきゃ。
あなたじゃなきゃ止められない。
それに……あなたの部下、カイトのことも……」
アデルは静かに目を閉じた。
そして――強く頷いた。
「必ず止める。
カシウスも、レアも。
境界を壊させはしない」
ノノは小さく微笑んだ。
「……うん。
信じてるよ。」
◆ ◆ ◆
その頃、治療室のリオ
腕輪が一度だけ明滅し、
ハレルの息遣いがかすかに聞こえた。
《……リオ……気を……つけ……境界……が……》
すぐに通信は霧散した。
(数刻前の非常警報。レアの逃亡……気が休まらないな)
リオは息を吐く。
「……揺らぎは、もう始まってるな」
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