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「──ったく、肝が冷えましたよ。喧嘩を売るのは結構ですが、相手はちゃんと選んでください」
「は?えっ!?ちょ、ちょっと待ってください!向こうが喧嘩を売ってきただけで、自分からは」
「黙りなさい。ムキになった時点で、あなたも同類です」
「えー……それは」
「だ、ま、り、な、さ、い」
一語一句丁寧に区切られ、かつギロリとグレイアスから睨まれたノアは、むぐぐぐっと唇を噛んだ。
場所は変わって、ここはグレイアスの私室。
普段はノアのお勉強部屋であるが、現在は説教部屋と化している。
「……あのう」
「黙りなさい」
さっきから『黙れ』の一点張りであるグレイアスは、大変怖い顔をしている。
でもノアは窮地を救ってくれたグレイアスに感謝の念はちょびっとは持っているが、反省する気はなく、異議あり!と全身で訴えている。
あと片腕だけで自分の襟首をつかんでこの部屋まで引きずって来たグレイアスは、意外に力持ちなんだとも思うが、両者一歩も引かない今の状態では、そんなどうでもいいことは口にすべきではない。。
そんな緊迫した空気は、いつまでも続くと思われたが、とてもとても珍しいことにグレイアスが先に折れた。
「頭ごなしに叱ったことは謝ります。ですが、あのような真似は今後一切やめてください。何かあれば、私か殿下を呼ぶように。ノア様に代わって、私たちが必ずなんとかしますから」
雨でも降りそうなくらい優しい言葉をかけてくれたグレイアスに、ノアもぺこりと頭を下げる。
「……ご迷惑をおかけしたことは謝ります。ごめんなさい。確かに先生の言う通りだったと思います。でも私、また同じことをすると思うので、先生からの約束はできかねます」
ピシッと背筋を伸ばして言い切ったノアを見て、グレイアスは半目になった。
「なら、一生声が出せなくなるようにするしか無いですね」
「えー鬼畜!!悪魔!!鬼魔術師!!」
「なら、今すぐ約束しなさい!!」
くわっと眼をひん剝いてグレイアスが叫んだと同時に、フレシアがどうぞと言ってお茶をテーブルに並べた。
このタイミングでお茶を出すフレシアはなかなかの猛者であるが、怒鳴った勢いで出されたお茶を一気に飲み干すグレイアス先生は猫舌じゃないんだと、これまたどうでもいい発見をしてしまった。
当然、これも口にすることはせず、お茶のおかげでほんの少しだけ空気が和んだような気がしたノアは、挙手をしてついさっき決めたことを宣言する。
「突然ですが、私、お城を出ることにします」
ノアが言い切ったと同時に、グレイアスはぎょっとした表情を浮かべたまま、手にしていたティーカップを滑り落した。
でも、間一髪でフレシアがキャッチする。
「フレシアさん、ナイスです」
「……恐れ入ります」
あまりの華麗な動きにノアが賞賛すれば、フレシアはペコっと頭を下げた。
「ところで、今のってあまりに早すぎて見えなかったんですが魔法を使ったんですか?」
ふと思った疑問をそのまま口にすれば、なぜかフレシアはティーカップを手にしたままワゴンへと向かった。
「……今のは魔法ではございません。咄嗟に手を伸ばしたら、運よく受け止めただけです……ところで兄様、お茶のお代わりを入れますね」
「えーそうなんだっ。フレシアさん、身体能力すごいし魔術師だし、お茶淹れるの上手だし、全部すごいです!!」
「……恐れ入ります」
フレシアは何か動作をしながら口を動かす時は、本気で喜んでいる。
それを覚えているノアは、普段よりちょこっと会話のキャッチボールができているので、とてもご機嫌である。
ただ、この部屋の主であり、ティーカップを滑り落した当事者であるグレイアスは、茫然としたまま固まっている。
大変シュールな光景なのだが、ノアは言いたいことを言い切ったスッキリ感で完璧にグレイアスを無視している。
そして妹であるフレシアも、問いかけても返事をしない石化した兄を気にする様子はない。
「……ノア様……あの、よろしければ別のお茶もありますが、何か淹れ直しましょうか?ハーブティーとか、薬膳茶とか、あと……カバノアナタケ茶も」
「カバノアナタケ茶!?」
カバノアナタケ茶とは文字通りキノコのお茶である。
この茶は、極寒の地域で生息しているため、比較的温暖な気候であるハニスフレグ国では栽培不可能であり、多種多様な品種を扱う王都の市場ですら出回ることはない。
そんな希少なお茶が飲める。
キノコを愛するノアとしたら、飛び上がらんばかりに顔を輝かせた。
そして、飲む前に是非ともカバノアナタケ茶の原型を見たいという思いから席を立つ。次いでルンタッタとスキップしながらフレシアの元に近付こうとしたけれど……
「おい、ちょっと待て」
急にタメ口になったグレイアスに襟首を掴まれてしまった。