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新生「S&Yコンサルティング」の設立記念パーティ
会場のシャンデリアが放つ光は
かつて家計簿の数字を追うために灯していた薄暗い電球とは比べものにならないほど眩しい。
私はネイビーのドレスを纏い、取引先や支援者たちの輪の中心にいた。
「詩織さん、素晴らしい再建プランでした」
「あなたがいたから、私たちは救われた」
次々と浴びせられる賞賛の言葉。
それは、直樹が私に決して与えなかった「承認」という名の果実だった。
「……ありがとうございます。でも、これは私一人ではなく、ここにいる皆様の誠実さの結果です」
笑顔で挨拶を交わしながらも、私の目は会場の隅で異質な空気を放つ一人の男を捉えていた。
仕立てのいいスーツを着ているが、その眼差しには社交場に似つかわしくない冷徹さが宿っている。
中盤、テラスで一人夜風に当たっていた私に、その男が近づいてきた。
「見事な立ち振る舞いだ。……直樹が『俺が育て上げた最高傑作だ』と自慢していた理由がよく分かる」
男の声を聞いた瞬間、私の背筋に冷たいものが走った。
「……あなたは?」
「俺は直樹の大学時代からの友人で、今は彼の唯一の接見を許されている者だ。名は、加賀」
「……詩織さん、直樹は塀の中で、毎日狂ったようにペンを走らせているよ。あんたに宛てた『手記』をね」
加賀と名乗った男は、一冊の分厚いノートのコピーを差し出した。
それは、直樹が刑務所の中で
私の言動、家計簿の管理術
そして私をどう支配してきたかの細部を、異常なまでの正確さで書き綴ったものだった。
「彼はね、自分が破滅した理由を『1円の計算ミス』だと結論づけた。……そして、そのミスを修正するために、弱点をこの手記にまとめたんだ。これが出版されれば、あんたのコンサルタントとしての信用はガタ落ちだろう」
私は、そのノートを一瞥して冷たく笑った。
「……直樹らしいわね。自分が負けた理由が、愛の欠如ではなく、ただの『計算ミス』だと思い込みたいなんて」
私は加賀の目を見据えた。
「加賀さん。直樹に伝えて。……その手記、ぜひ出版しなさい。ただし、私が注釈をつけた上でね。…彼がどれほど無能な支配者で、どれほど家族を愛さず、どれほど愚かな計算を繰り返してきたか」
「……その『無能の証明』として、世界中に晒してあげるわ」
加賀の顔から余裕の笑みが消える。
「……あんた、本当に直樹が言った通り、血も涙もない計算機だな」
「ええ。そう育てたのは、彼でしょう?」
私は加賀からノートを奪い取り、そのまま会場のゴミ箱へ投げ捨てた。
直樹の執念など、今の私の歩みを止めるには一円の価値もない。
パーティを終え、自宅に戻ると、陽太がリビングで私の帰りを待っていた。
「ママ、おかえり!」
「だだいま、陽太」
私は陽太を抱きしめ、新しい家計簿の「雑損」の欄に、直樹の手記の名前を書き込んだ。
評価額、ゼロ。
これで、彼の未練もすべて清算された。
【残り57日】