コメント
0件
👏 最初のコメントを書いて作者に喜んでもらおう!
「いい朝、ですね~紡さん」
「は、はは……そう、だね」
腰が凄く痛かった。
いや、いつも以上に負担はなかったけれど、けど、もう終わり、と思ってからも、バカみたいにどっちも求め合ったせいで、結局朝方まで、行為は続いた。その代償が、寝不足と、身体の痛み。
そんな俺とは対照的に、ゆず君はつやつやとしていて、ニコニコの笑顔を向けてくれた。眩しくて、思わず目をそらしてしまう。
(でも、これで誤解も解けたし……仲直りしたってことで、いいかな?)
はじめこそ、仲直りするためにここにきたのに、それがどうしてこうなったのかと思うくらい、言葉はいらない、身体で……みたいな流れになってしまった。結果、いい方向に進んだから、それが全てダメだったとか、否定はしないけど。
「水飲みますか? 喉渇きましたよね」
「いいよ、自分で取ってくるから」
「ダメです。紡さんは、僕に甘やかされて下さいよ。いつも、甘やかして貰っているんで」
大人になったみたいな発言をされるものだから、少し寂しさも覚えて、俺は「じゃあ、お願いしよっかな」と、ゆず君に頼ってしまう。頼られたことが嬉しいとでもいうようにゆず君はニコッとした笑顔で、ベッドを飛び降りて、リビングへと向かっていった。
ただ一つ年が違うだけ。でも、ゆず君はこれまで俺がいないと何も出来ない子、みたいに俺は認識していて、それが打ち砕かれたような感覚だった。いや、普通、自分の事ぐらいは自分でやって貰わないといけないんでけど、俺は、きっと甘やかしたかったんだろうなって思ってしまった。俺は無意識のうちに人を甘やかしていたんじゃないかと。だから、これは、俺の押しつけの甘やかしで。
「何考えてるんですか、紡さん」
「うわあぁっ! ゆず君」
「うわあぁっ! って酷いですね。ゆずですよ。ほら、紡さん、水」
「あ、ありがとう」
いつの間にか戻ってきたゆず君に水を手渡され、俺はゆっくりとコップに入った水を流し込んでいく。乾燥した喉には、ちょうど良い冷たさで、サラサラとした水が喉を通っていく感覚を覚えながら、俺は水を飲みきった。口の端から垂れた涎を拭いつつ、俺の隣に腰を下ろしたゆず君をちらりと見る。
彼は、空のコップを煽りながら、俺が飲み終わるのを待っていたようで、ばっちりと彼と視線が合った。
「紡さん」
「何?」
「ほら、昨日夜いったでしょ。僕、紡さんの告白の返事考えてきましたって」
「ああ……うん。うん」
「そんな、堅くならないで下さいよ。僕ちゃんと考えてきたんですから」
と、ゆず君は、何処か嬉しそうに言っていた。何でゆず君が嬉しそうに言うかは、分からなかったけど、何となく、悪い返事ではないんだろうなっていうのは察した。けど、いってくれるまで、どうかは分からない。
俺は、ドキドキと、早まる鼓動を抑えながら、ゆず君の答えを待った。ゆず君は俺を焦らしながら、「いいますね」と、前置きをする。俺は、ゴクリと固唾を飲み込んで、手に持っていたグラスを握る。
「付合いましょう。紡さん」
「ごめん、何かすっ飛ばしてない」
「僕も、紡さんの事好きです」
「うん」
先にそれをいって欲しかった、というのは俺のエゴなんだろうが、その言葉が聞きたかったと、俺は、緊張から解放された気がした。
いや、付合うか付合わないかはどっちでも良かった。ただ、どう受け取ってくれるかだけ、凄く心配だったのだ。気持ち悪がられていたらって、それだけが心配だった。
「好きになった経緯ですけど、いつからっていうのは、把握してないんですよね」
「お、俺も……いつの間にか、好きになってた」
出会いは、あんな散々、突然、だったけど。
ゆず君はふわりと笑って、俺を見る。勝ち誇ったような笑みを見て、何だか、してやられたなあと思ってしまうのは、何でだろうか。
「付合っちゃいましょ。紡さん。もう、『恋人役』じゃなくていいです。『役』じゃなくて、僕、祈夜柚の恋人になって欲しいんです」
「ゆず君」
「紡さんなら、僕の恋人に適任かなって」
「なにそれ」
その言い方、出会った時みたいだ、と懐かしく感じた。
あれから、もうかなりの時間が経っているんだな、何て感じつつ、変わらないゆず君の自信たっぷり、挑発的な笑顔を見て、俺は叶わないや、とため息をつく。
それから、ゆず君に負けないような笑顔を作って、幸せだ、と返すように俺は言葉を紡いだ。
「はい。俺も、ゆず君の恋人になりたい。好きだよ。ゆず君」
「僕も、好きですよ。紡さん」
なんて、ゆず君は少しだけ、呆れたように笑った。ただ、その瞳に、ほんの少しの影が見えたのは、何故だろうか。
(まあ、良いか。今が幸せなんだし)
俺は、この時、幸せに包まれて、それでいいって、ゆず君のちょっとした不安に気づかないフリをした。
叶わないと思っていた恋。初めての恋。それが叶っただけで、嬉しくて、自分が世界で一番幸せ者だって、舞い上がってしまっていた。ゆず君に抱き付けば、少しだけ面倒くさそうに口を尖らせるゆず君。
ベッドの上には、空のコップが二つ転がって、少し残った水滴が、まだ温もりの残るベッドの上に染みていった。