なんとなく不安ばかりが頭に浮かんでくるけど、なんでだろう、妙に眠くなってきた。まだ書きたいことがあるはずなのに、もうあまりなにも
寝落ちた俺が、いや、寝ていた俺たち全員が飛び起きたのは、部屋の中から凄まじい叫び声が聞こえたからだった。
叫んでいたのは三人。
武さんと葵さん、楓さんだ。
「ッ、なんだ!? なん、どうしたんだ!?」
動転した孝太さんが蛍光ランタンを灯しても、三人は目を見開いて叫び続けていた。
「葵どうしたの!? 楓、こっち見て! ねぇ!!」
「武どうした、なにを見てる!? しっかりしろ、大丈夫だ、なにもいないから!!」
桜さんが姉妹を、大輔さんと孝太さんが武さんの頬を叩いても揺すっても、三人が反応する様子はない。
俺と優斗は縮み上がってそれを見ているしかなくて──茜さんはそんな俺たちを、震えながら抱きしめてくれていた。
やがて全員を振り払って、三人は転がるように奥へ向かう。俺と優斗も、なにが起こっているのか知りたくて──怖さよりも好奇心が勝って、その後を追った。
奥。最初に大おじさんがいた部屋。いや、その襖さえ開けることなくぶつかり破って、座敷わらしの。
座敷わらしが祀られている祭壇に、縋るように爪を立てていた。
「や、やめなさい三人とも! そこは……!」
ガリガリガリガリガリガリガリガリ
祭壇が荒らされていく。
大輔さんたちの制止の声も、きっと三人には届いていなかった。
暗い中でも異常な事態が起こっているのが、俺たちにも分かるくらいだ。
爪を立てる音がだんだんと音を変え、さびた鉄棒のニオイがし始める。言葉にならない声を上げながらそれでも祭壇を引っ掻く三人を、大輔さん、賢人さん、孝太さんが必死に引き離そうとしていた。
ガリガリガリガリガリガリガリガリ
「あぁあああああああ! 出してぇえええええ!! 出してくれよぉおおおおおお!!」
ガリガリガリガリガリガリガリガリ
「出してよ! ねぇ、出してったらぁ!! お腹減ったの! お腹減ったのよぉ!!」
ガリガリガリガリガリガリガリガリ
「なんでこんなことするのぉ……! 私なにも、なにもしてないよぉ……!! ずっといい子にしてたじゃない……!!」
ガリガリガリガリガリガリガリガリ
引き剥がそうとする大輔さんたちをも蹴りつけ、引っかき、噛みついて、三人はそれでも祭壇にすがる。言葉になっていなかったはずの声はいつの間にか、ここから出せ出せと切実に訴え始め、絶望を吐き出していた。
なにが起こったのか、分からない。分からないけどとにかく、恐ろしいことが起こっていることだけは分かった。
そのうちに。
「異常な汗じゃないか! 疲れてるんだよ、早く休んだほうが……!?」
孝太さんの指摘どおり、三人は物凄い量の汗をかいていたらしい。大おじさんの部屋からことの成り行きを見守っていた俺の鼻にさえそのニオイが届いていたから、三人と密着状態にある孝太さんたちはたまったもんじゃなかったと思う。
だけどそんなのは。
少しのべたつきや汗なんてものは。
このあとの衝撃に比べれば、どうってことなかったはずだ。
「わっ、ちょっと……!!」
しゃああと水音がして、三人は揃って失禁した。
思わず賢人さんが怯んだその瞬間、三人の様子が見る間に変わっていったんだ。
体中が水浸しになるほどの汗をかいて。
お漏らしもして。
涙も鼻水もよだれも垂れ流したまま。
──三人は見る間に、干からびながら黒く変色していった。
「……え?」
最後にガリ、と祭壇を引っ掻く音がして、三人が汚水の中に崩れ落ちる。それを誰も受け止めることができずに、ただ非現実的な光景を見下ろしていることしかできなかった。
生きているのかどうか確認することすら、咄嗟に考えつかなかった。
無駄だと、一目で分かっていたのかもしれない。だってあんな。
あんな軽い音を立てて水たまりに崩れた人たちが、生きているとは思えなかった。
……その光景を目の当たりにして以降、誰も眠れずにいる。
遺体は大人たちが倉庫に運んだ。家の中に三人分の変死体があるなんて、耐えられないからだろう。なかなか帰ってこなかったのは、運んだあと、雨で体を流していたらしい。
死はケガレだと聞いたことがある。それじゃなくても、あの遺体を運ぶのは色々とキツかったはずだ。部屋の外から見ていただけの俺でさえ、あの瞬間部屋中に充満した、あの独特な臭いが鼻の奥から消えていないんだから。
今は優斗は布団の中に引きこもり。
賢人さんは一心不乱に本を読み。
大輔さんと茜さん、桜さんと武さんは抱き合いながら震えて、
俺は、こうして日記に逃避している。
「もしかして今日も、食事をとれないのか」
少しだけ窓の向こうが明るくなってきた頃、ぽつりと誰かが言った。
「一昨日婆さんが死んで。昨日母さんたちが死んで。今日は武たちが死んだ。──昨日の朝からだ。昨日の朝から、なにも食べてない。今日はようやくなにか食えると思ったのに、これでまた。……これでまただ!!」
「孝太さん!!」
立ち上がって吠えた孝太さんに、桜さんがしがみついて止める。
コメント
2件
まさか取り巻きもろとも持っていかれるとは……