テラーノベル
アプリでサクサク楽しめる
「しー…」
これが、彼女の口癖だ
誰かに秘密を打ち明けるとき
誰かを安心させるとき
泣きそうな自分を隠すときも
いつも人差し指を唇へ当てて、微笑む
「内緒だよ?」
その笑顔が好きだった
暁の色をした髪を揺らしながら微笑む彼女はどこか儚く、今にも消えてしまいそうだった
「無理、してへん?」
何度も聞いた
それでも彼女は決まって微笑む
「してないよ」
その言葉を僕は一度も信じたことは無い
彼女が働くのは地元でも大きめの病院だった
看護師でも、医者でもない
小児科病棟で子供達と遊ぶ、ボランティアのような仕事だった
泣いている子供には絵本を読み聞かせ
怖がる子供の手を握り
退院する子供のことは、誰よりも喜んだ
だから、病棟のみんなから愛されていた
「お姉ちゃんが来る日は楽しい」
そんな言葉を何度も聞いた
でも、彼女は誰にも言わない
自分に残された時間は、あと半年程度だということを
心臓の病気だった
治療法はあるが、どれも成功率が低い
だから彼女は、手術を受けることを拒んだ
「…怖いから?」
僕の声は震えていたと思う
それでも、聞いた
彼女は、首を振る
「違うよぉ」
「この子達に最後まで笑っててほしいだけ」
華奢な指先が、1枚の写真をの上を滑る
そこに映る子供達は皆、彼女が死ぬなんて想像をしていない
だから、彼女は今日も笑う
苦しくても
胸が痛くても
それでも笑う
ある冬の日
あたりは一面、雪景色だった日
病棟の男の子が亡くなった
7歳だった
彼女は誰よりも泣きたいはずだったのに、最後まで笑っていた
男の子の母に向かい
「沢山、頑張りましたね」
「きっと、寂しくないですよ」
声は震えていたけれど、笑顔を絶やすことは無かった
その日の晩
彼女は初めて、僕の前で泣いた
病院の屋上
雪の激しさは、更に増していた
「なんであの子だったの」
「りうらじゃだめだったの」
「……もう…嫌だよ」
僕は、何も言えなかった
ただ、隣で涙を流す彼女の肩を抱き寄せた
春
桜が、満開になった
その日を境に彼女は病棟へ来なくなった
理由を知る人は居ない
「初兎兄ちゃん…お姉ちゃんは?」
子供達は毎日、僕に尋ねてきた
でも、僕が質問に答えることはできなかった
数日後
僕は、彼女の部屋を訪ねた
静かな部屋のベッド
赤みがかったブラウンのシーツ
その上には、1冊の日記
一番最後のページの文字は、乱れていた
ー
みんなには内緒。
最後まで、笑っているお姉ちゃんで
いたいから。
泣いてる顔は見せたくない。
「またね」って言われたら
「またね」って返してあげたい。
それが、嘘でもいいから。
ー
そのページの端には、涙の後が滲んでいた
彼女の葬儀には、たくさんの花が並んだ
カーネーション
ユリ
コチョウラン
グラジオラス
鮮やかではない、白色の質素な花
そこには、小児病棟の子供達も居た
ある女の子が、棺へ小さな手紙を入れた
「また、遊ぼうね。」
その一言だけが書かれていた
今まで耐えていた涙が、一気に溢れる
その涙を貰うように、皆も涙を流していた
その中で、彼女だけはまだ写真の中で微笑んでいた
あの日のように
人差し指を唇へ当てて
「しー…」
「泣いたらだめだよ」
「りうらはちゃんと幸せだったから」
そう、言っているような気がした
「……っは…」
__まだ、時々夢を見る
赤い髪を揺らしながら歩く後ろ姿
振り返って笑う彼女
「秘密だよ」
その言葉の意味を、僕はもう知っている
彼女の守りたかった秘密は、自分の病気なんかじゃない
「大好きな人に笑顔だけを残したい」
そんな願いだけだった
彼女が必死に守り続けた、1番大切な秘密
……よかったな、りうら
その願いはちゃんと叶ってる
僕の中の君は、いつだって笑ってる
君の事が、大好きだった僕の中では
僕の事が、大好きだった君の笑顔が
いつだって
日記の1番最後
裏表紙の、半ページだけ前
そこに残された言葉は、僕だけが知っている
「ぐら@頭痛に苦しめられている女」様の素敵なサムネイルをお借りしました。
勝手な解釈の作品ですが、読者の皆様の心を掴む一作となれたら幸いです。
作品名「__だけの秘密」
コメント
1件
読了したわ。第1話からこんなに心抉られるとは思わなかった……「しー」って笑顔で内緒にするりうらちゃんの強さが、読んでるこっちの胸をぎゅって掴んで離さない。最後の子供の手紙で涙腺崩壊した。彼女が守りたかった「笑顔だけ残す」っていう秘密、切なくて美しすぎる。続きがなくても、この一話で完結してる物語としてすごく好きだわ。