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眠るように
妙な胸騒ぎがする中、僕は銀子と共に任務へ向かった。
鬼を倒して、倒して、倒して。
早く、蝶屋敷に戻りたかった。
早く、つむぎさんの顔が見たかった。
任務に出る直前、つむぎさんが僕にかけた言葉。
『無一郎くん、気をつけて行ってらっ しゃい。しっかりね』
あの時のつむぎさんさんの顔が、なぜだか胸の奥に引っ掛かっている。
いつも通りの、僕の大好きな優しい笑顔の筈なのに。
ただの気のせいであってほしい。
半日以上経ち、やっと任務を終えて、大急ぎで戻る。
全身の疲労も、鬼と戦って負った怪我も気にしていられないくらい、ざわざわと嫌な感じがした。
まさか…まさか……。
本当なら、この後は藤の花の家紋の家にお世話になって、少し身体を休めてから戻るところなんだけど。
身体の中心からせり上がってくるような、不快な 胸騒ぎに居ても立っても居られなくて、僕は蝶屋敷へと向かう足を速めた。
躓こうが足がもつれて転倒しようが一切構わず。
懐の、つむぎさんからもらった勾玉とお守り袋をぎゅっと握り締めながら。
嫌な予感は大体当たるって、いつか誰かから聞いたことあるけど。
本当にそうなのかもしれない。
日が沈み辺りが暗くなった頃、やっとの思いで蝶屋敷にたどり着くと、目を真っ赤にしたしのぶさんが僕を出迎えた。
話を聞く前から、全身の震えが止まらなかった。
「時透くん……。紬希さんが…お亡くなりになりました……」
「………!!」
うそだ…嫌だ……!
身体が事実を拒絶する。
心臓が口から飛び出すんじゃないかと思うくらい、鼓動が速く、大きくなる。
なのに、指先はキンキンに冷えていくのを感じた。
しのぶさんに連れられて、つむぎさんの元へ。
「この部屋にいます。お顔を見てあげてください」
襖を開けて部屋に入る。
そこには隊服を着せられ布団に横たえられたつむぎさんの姿があった。
久し振りに見る、彼女の隊服姿………。
その顔は、穏やかで……本当に穏やかで。
綺麗にお化粧してもらって、まるで眠っているようだった。
今にも目を開けて起き上がってきそうな気さえした。
しのぶさんの話によると、僕が任務に出掛けたその1時間後、体調が急変して廊下に倒れているのを発見されたらしい。
息も荒く、“あの時”のように顔も真っ青で。
すぐに鎮痛剤を打ってあげたらしいけど、その時に限ってなかなか効かず。
つむぎさんの希望で、限界値を超えた量のモルヒネを投与。
その間に、任務にあたっていなかった柱に緊急召集がかけられ、風・恋・岩・炎の柱が集結した。
やっと薬が効いて、つむぎさんの苦悶の表情が和らいだが、もういよいよだと、しのぶさんを含めた5人は覚悟を決めたらしい。
モルヒネはつむぎさんの病気の鎮痛にすごく効果があるんだけど、その分、副作用も強いんだって。
一時は意識をしっかり取り戻して、集まってくれた柱と話ができていたつむぎさん。
しばらくは最後の会話を楽しんでいたけど、薬の副作用か、次第に眠たそうな顔になっていったらしい。
下りてくる重い瞼を懸命に持ち上げながら、つむぎさんは最期まで、鬼殺隊のみんなの幸せを願う言葉を口にしていたそうだ。
そして、とうとう、彼女の長い睫毛が翡翠のような綺麗な瞳を覆い隠してしまった。
つむぎさんは、深く長い呼吸を数回繰り返し、最後に吸った空気を時間を掛けて吐き出して、永遠の眠りについた。
5人の柱に見守られながら。
「…本当に、“眠るように”息を引き取られました……」
あんなに元気だったのに。
舞を舞って、次の日も、その次の日も、お見舞いに来た人たちと話をして。
僕が泣いて寝落ちしてしまった今朝だって、少ないモルヒネの量で平気だって笑ってたのに。
たった1日もしないうちに旅立ってしまったつむぎさん。
僕は彼女の最期の瞬間に立ち会うことさえできなかった。
柱の4人は、通夜に参列する準備をする為、一旦それぞれの屋敷に戻っていったらしい。
しのぶさんが、僕をつむぎさんと2人きりにしてくれた。
「……つむぎさん………」
声を掛けるけど、当然もう返事はない。
「…っ…つむぎさん…つむぎさん……っ! 」
涙が込み上げてきて、ぼろぼろと頬を転がり落ちていく。
こめかみが軋む。涙でつむぎさんの顔が見えない。
「うぅっ……つむぎさん…っ!目を開けてよおぉ…」
僕の呼び掛けは、静かな空間に吸い込まれて消えていく。
「うっ…つむぎさんっ…うぅっ…やだ…うっ……うわああああぁぁん!!」
悲しくて悲しくて、身体がぐちゃぐちゃになりそう。
僕は耐えられなくなって、つむぎさんの布団の横に突っ伏し、大声を上げて泣き崩れた。
つづく