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「ちょっと太ったかな?ダイエットしなきゃ」
姿見の前で礼服のベルトを調節しながら、体の線を確認する。
意識していなかったが、こうやって礼服を着てみるとお腹の辺りがもたついてるのがわかる。
「そんなに気にすることないわよ。礼服だと目立たないし。独身じゃないんだから、友人の結婚式での出会いなんてことにはならないんだから」
_____いやいや、もしかして何かあるかも?なんて言えないけど
「そりゃそうだけどさ、イケメンの新郎の友人だぜ?あんまりみっともない男だと申し訳ないだろ?」
「そんなもの?」
「そうだよ、それにお前もオシャレしてるじゃないか」
「私はたくさん人が集まる所に行くなんて数年ぶりだから、気合いが入っただけよ」
久しぶりにきちんとメイクをしている杏奈は、まるで独身の頃みたいに綺麗だった。
「俺も杏奈のことを佐々木に自慢したいからな、綺麗にしてくれるのはうれしいよ」
「なに、急にそんなこと……」
ちょっと照れているようにも見える杏奈。
やはり褒めることはいいことのようだ。
「嫁さんが疲れて見えるとさ、その家庭って不幸そうに見えるだろ?俺は育児の手伝いもしてるし杏奈のことも大事にしてるからさ、だから余計に綺麗でいて欲しいんだよな」
これだけ綺麗な妻なら、佐々木も羨ましいだろう。
何年かぶりで夫婦で出かける今日は、まるでデートをするみたいにウキウキした。
式場に到着し、披露宴会場へと案内された。
「なかなか盛大な式なのね、見て、招待客の数が200人近いわよ」
席次表を見ながら、杏奈が驚いている。
「佐々木の会社関係多いけど、相手の家も裕福らしいから親戚も多いんじゃないか?」
「そうなんだ、じゃあ、この佐々木さんは逆玉なのかな?」
「そんな感じだよ。若い奥さんらしいけど、めちゃくちゃ惚れられてるみたいだよ」
まさか罠に嵌めて、とは言えなかった。
場内が暗転し、正面入り口に照明が集まり、司会が2人を招き入れ、招待客たちは拍手で迎えた。
ふわふわドレスの新婦を見る。
_____可愛い!
よくテレビで見るアイドルのようだ。
「ふーん、可愛い花嫁だな」
好きな男を罠に嵌めてまで手に入れようとする女は、少々難ありかと予想していたが、その予想は外れた。
「ホント、初々しくていいわね。若いってだけで私にはもう手に入らない価値がある気がするわ」
「え?いや、そんなことはないだろ?杏奈には杏奈の、その……成熟した大人の女という価値があるだろ?」
佐々木のことを羨ましく思っているということを悟られたくなくて、杏奈のいいところを探して褒めておく。
「たとえば?」
「なんていうかほら落ち着いているし、なんといっても妻としてちゃんとしているから俺も安心して仕事ができるし」
「そう?それならいいけど」
どことなく納得していないようだが、そこは気づかなかったことにした。
披露宴は順調に流れて、お色直しをやって余興も進んで行った。
招待客はそれぞれ新郎新婦がいる高砂に上がり、みんなで2人を囲んで思い思いに写真を撮っている。
「よっ!佐々木!今日はおめでとう。やっぱりお前はいい男だな。こうやって正装するとまた一段と格が上がって見えるよ」
「岡崎、来てくれてありがとうな。あ、そちらが?」
佐々木が杏奈を見て、それに気づいた杏奈が会釈をした。
「佐々木さん、初めまして。本日はおめでとうございます。夫とは大学の同期だったそうですね。昔のことを色々聞いてみたいので、今度、奥様と一緒に遊びにいらしてくださいね」
「やはり奥さんでしたか。岡崎から話は聞いてますよ、美人でよく気がつくできた奥さんだと自慢してました。ぜひ、近いうちに寄らせてください。もうお子さんもいるんですよね?育児についても教えていただきたいので、2人で伺います、な?舞花《まいか》」
佐々木に話しかけられた花嫁の舞花が答える。
「初めまして。隼人さんの学生時代のお友達なんて、珍しいんですよ。今までそんな友達いないのかなって思ってました。これからもよろしくお付き合いをお願いします。あ、そうだ、奥様、ちょっと……」
舞花は杏奈を近くに呼んで、何かを話している。
これから生まれてくる子どものことでも、訊いているのだろう。
杏奈と舞花が仲良くなるのは、悪いことではない。
杏奈のある意味鈍感なところ(香水くらいじゃ浮気を疑わないとか)を、舞花にも見習って欲しいと佐々木が言っていたから。
何かを親密に話している2人を見て、佐々木に目くばせをした。
佐々木は表情は変えず、視線だけでうなづいた。
披露宴も終わりがけになって、新郎新婦の友人たちで写真を撮ることになった。
佐々木の周りには俺たちと同年代の男たちが、舞花の周りには舞花と同年代の女の子たちが集まった。
若い女の子がたくさん近くにきて、思わず鼻息があらくなりそうで焦る。
「「「ハイ、チーズ!」」」
「あ、あれ!」
どこからか女の子の声がして、肩をトントンと叩かれた。
「ん?あー、仲道さん?奇遇だねぇ!」
担当店のアルバイトの仲道京香が、花柄のワンピースでそこにいた。
「岡崎さんは、佐々木さんのお友達なんですね?まさかこんなところで会うなんて、偶然過ぎます。岡崎さんが独身だったら、これは運命の出会いだったかもしれませんね」
お酒を飲んでいるせいか、きゃらきゃらと楽しそうに笑う京香。
「いやいや、俺は佐々木と違ってただのおじさんだから、そんなことにはならないよ」
いつもより数倍可愛く見える京香からの言葉に、年甲斐もなく照れてしまって、それを隠すために大袈裟に手を振って否定した。
「お?岡崎、若い子に話しかけられて照れてるのか?顔が赤いぞ」
佐々木が茶化してくる。
「いや、酒に酔っただけだよ。ホント、俺なんかとんでもない」
「そんなことないですよぉ、岡崎さん、きっとモテますよ。二次会、参加されるんですよね?」
「あ?あー、二次会か」
_____参加したいけどな、杏奈がなんて言うか
「どうしようかな?妻に訊いてみるよ」
さっきまでそばにいた杏奈の姿を探したら、少し離れたところで写真を撮っていた。
_____しまった、今の様子を写真に撮られたか?
と思ったけれど、考えてみたら偶然職場の部下と会っただけだった。
「岡崎も来いよ、奥さんも一緒にさ。舞花もその方がいいだろ?」
佐々木はどうしても、杏奈と舞花を仲良くさせたいらしい。
俺としては、杏奈がいない方が楽しそうな気がするんだけど。
「わかったよ、杏奈も誘ってみるよ」
その場でLINEをした。
〈二次会に誘われたよ、一緒に行こ〉
《わかった、行きます》
あっさりと同意してくれた。