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そうこうする内に、とうとう二つの自警団に挟まれる。十数人の男たちの装う革鎧は申し訳程度のものだが、手に手に携える槍は平凡な見た目に反して威圧的な魔を宿している。
男たちの持っている明かりは松明ではなかった。槍の穂先に赤々とした魔の炎が燃え盛っているのだった。
男たちは口々に罵ったり、ぶつくさと文句を言ったりしている。怪物。金貨。泥棒。聞こえてくる単語だけではどうにも要領を得ないが、彼らにも大義があるようだということは分かる。
「ようやく諦めたか? ろくでなしの魔法使いめ」と自警団の一人が言う。口ひげを生やした、がたいの良い男だ。すると、男達もそれ以上喋るのをやめる。この自警団の長らしいとベルニージュたちにも分かる。「お前たちには説明してもらいたいことがある。もう一度街に戻ってもらおうか」
ベルニージュはため息をつく。逃げるのは容易い。誰一人傷つけずに逃げるのは難しい。何か言おうと口を開きかけたが、ユカリが先んじる。
「この子は優しい子です」とレモニカの前に立ちはだかって言う。「近くにいる人の嫌いなものの姿を意図せず写し取ってしまうだけなんです」
自警団の長はじっとユカリの方を見つめながら言う。「その話が本当だとしても、私たち自身に調べさせてもらわなくては納得しようがないな」
「それはそうでしょうけど」ユカリは躊躇いつつ続ける。「私たち三人は離れないですし、持ち物をお見せできません。それでも構わないなら」
自警団の長はユカリの合切袋に目を向ける。「持ち物の他に何を調べろって言うんだ?」
ユカリは少し考えて首を振る。「何もないですよね。でも、争いたくはなくて」
「どの口が言っているんだ」と長は言い、槍を構える。
他の男たちもまた炎を灯す槍を構える。職業軍人などではない。街の男衆の寄せ集めで自警団が構成されているということが、その構えを見ただけでもベルニージュには分かった。それぞれが好き勝手に構え、統率性というものがまるでない。
「レモニカは離れてて」とユカリが言うと、レモニカは道の端の杉の木のそばへと避難した。
ベルニージュは両の掌に魔法の炎を灯し、ユカリは魔法少女の杖を構えた。
「ねえ、ユカリ」ベルニージュは前後左右を警戒しつつこぼす。「交渉してるんだか喧嘩売ってるんだか分かんないよ」
「レモニカも魔導書も妥協できないでしょう?」
「ワタシが言いたいのは、もっと段階を踏むべきだったってこと。レモニカのことも魔導書のことももちろん譲る気はないけど。どこまで譲れるか譲れないかを相手に知られて得るものはないよ」
ユカリは返事をしなかったが、反省していることはその表情から見て取れた。
今年初めての雪が降り始める。空はわずかに雲に覆われ、昼日中だが辺りは薄暗い。太陽は雲に透けて、申し訳程度の淡い光を地上にもたらしている。積もるほどの降雪ではないが、深まる冬を旅するこれから先の苦難と困難の兆しとしては十分だった。
ベルニージュは街の滅亡を詠う薄暗い詩を唱える。すると両の袖から一体ずつ、辺りの雪を解かす炎の獣が現れ、自警団たちに飛び掛かった。それは、速く長く走る良い猟犬に似て、前後の足がすらりと長い。尋常の獣のように唸る代わりに、その口腔からばちばちと火花を爆ぜる。
男たちはそれを見ただけで怯み、飛び掛かって来る炎の獣から逃げ回る者もいる。中には勇を振るって立ち向かう者もいたが、その熱を感じると慌てて飛び退くしかなかった。
いくつかの矛先はユカリの方へと向かう。ユカリはグリュエーの力を借りながら突き出される槍を避ける。その様をベルニージュは冷や冷やして見守る。すぐに呪詩に新たな解釈を加え、ユカリを狙った男に獣をけしかけて退かせた。
槍の穂先の炎は彼らが振り回しても、グリュエーが躍りかかっても消すことができなかった。しかし、その不揃いな様子にベルニージュは気づく。切っ先にのみ炎の灯る蝋燭のような槍もあれば、柄から火を噴き出している槍や沢山の煙を吐き出している槍もある。てんでばらばらなのは個々の練度の差だろうか。
いずれも強力な熱と光を発している。とはいえ局所的な吹雪となったグリュエーの猛攻に抗える者はいない。またベルニージュのけしかけた炎の獣を突き刺せる者もいなかった。
ベルニージュの見立てでは、立ちはだかる彼らの中に取り立てて魔法に長ずる者はいない。彼らの持つ魔法の槍は、決して彼らに相応しいものとはいえなかった。その魔法は彼らの手になるものではなく、槍の方に由来しているに違いない。
自警団の男たちは少女たちの隙を突こうと、槍を構えつつ扇状に広がる。そうするとグリュエーも一点集中できず、男たちを蹴散らすのに多少手間取るが大した差はない。どちらにせよ彼らがそこまで考えているようにも見えない。
一人の血気盛んな若者が突出して、再びユカリの方へと槍を突き出すが、グリュエーの加護を貫くほどの力強さはなかった。そしてユカリの杖が槍に触れる。魔法少女の第四魔法、あらゆる物を噛み砕く魔法の杖に炎の槍は難なく折れた。若者は腰を抜かしたように倒れ、それでもユカリを罵倒する程度の気力は残っていた。
「ユカリ」とベルニージュは声をかける。「挟みこまれた以上突っ切るしかないよ。街に戻るわけにもいかないし」
「いや、森に逃げ込もう。レモニカ、先に行って」と言って、ユカリはレモニカを追い立てるようにして追いかけ、森の中へと突っ込む。「ベルも早く」
どうやらユカリはまだ街を離れたくないらしい。ベルニージュも二頭の炎の獣を連れて二人を追う。
ベルニージュたちはレモニカを先頭に、一層薄暗い杉の森をひた走る。自警団も炎を灯す槍をかざしながら、追ってきている。ベルニージュは策を立て、先行する二人に呼びかける。
「ユカリ、レモニカ。合図したらその辺の木の陰に隠れて。ユカリは変身も解いてね」
先を行くユカリとレモニカは了解を身振りで合図する。
ベルニージュは何度か振り返り、「今!」と二人だけに聞こえる程度の声で鋭く放つ。
ベルニージュもユカリもレモニカも各々が別の木の陰に隠れる。ただしベルニージュの眷属たる炎の獣たちはその手前で二手に分かれて走り去る。
ベルニージュの狙い通り、魔法の炎を追いかけて自警団も二手に分かれたようだった。薄暗い森の中では逃げる相手もよく見えず、ベルニージュの炎に気が向いてしまったのだ。
しばらくして三人は木陰から顔を出してお互いを見合わせる。
「聞いた?」とベルニージュは二人の顔を見比べる。
街の中を逃げる時や自警団に囲まれた時に様々な人の様々な言葉を聞いた。
「あの街に怪物が出るみたいだね」とユカリはさっきの騒ぎを思い出しながら言う。
「怪我人も出てて、金貨ばかり盗まれるとか」と焚書官姿のレモニカは呟く。「わたくし、どんな姿をしていたのですか?」
ベルニージュとユカリはそれぞれに考える。主にどのような言葉を選ぶかについて。
「あれは、おそらく水魔の一種じゃないかな」とベルニージュは呟く。「水かきのようなものがあったし」
「こう、目がぎらっとしてた。それに甲羅に衣嚢みたいなのがついてた」そう言ってユカリは真剣な眼差しをレモニカに送る。「あと、あまり大きくなかったよね。物語の最後に英雄に討伐されるというよりは、盛り上がりどころで蹴散らされるような存在だよ。もちろん集団でね」
ベルニージュにはよく分からない怪物へのこだわりが、ユカリにはあるらしい。
「その例えはともかく、その指摘は正しいかもしれない」ベルニージュは自警団が去って行った二方向を交互に見つめ、皮肉っぽく言う。「あれ一体が街に出没した程度なら、彼らもあそこまで恐れはしないだろうね。何せ強力な魔法の武器を有しているようだし」
あれで怪物を突き刺せる練度が彼らにあるかどうかは分からないけど、とベルニージュは心の中で呟く。
「でも群れで現れると恐ろしい、ということですわね」とレモニカは小さく呟く。「金貨を狙う怪物の盗賊団のようなものなのでしょうか」
「おそらくね」ベルニージュは頷き、ユカリの方を見る。「さあ、次の町に行こうか」
ユカリは首を傾げて答える。「分かってるくせに」
「あのね、ユカリ」ベルニージュはため息をつく。「ワタシたちにそんな義理はないはずだよ?」
「でもみんなが困ってるんだよ」と言ってユカリは硬い意志を秘めた瞳でもってベルニージュと対峙する。
みんなって何? という言葉をベルニージュはぐっと飲みこむ。
「人助けのために怪物退治をしたいと?」とベルニージュは真っ直ぐにユカリを見つめて尋ねる。
レモニカもまた焚書官の鉄仮面の向こうから窺うようにユカリを見つめる。
「うん。それが半分」とユカリ。
「もう半分は?」とベルニージュ。
「黄金だよ。金貨ばかり盗んでいるならたんまりと黄金を蓄えているはず」とユカリは悪巧みをするような笑みを浮かべる。
「ああ、なるほど」と言ってレモニカは頷く。「黄金を頂戴しようって腹ですわね」
「自警団がいたら確実に誤解される言い回しだね」とベルニージュは呆れながらも笑みを零す。