懸命な訴えに、彼はぴたりと手を止めた。
そして初めて顔を上げ、料理の並べられたトレイを見つめる。
まるで未知の物体を観察するかのような、戸惑いの混じった眼差しだった。
「……君が作ったのか?」
低く乾いた声が室内に響く。
私は期待と不安を混ぜ合わせながら、こくりとうなずいた。
「はい。いつも書類仕事でお疲れでしょうから……家庭料理なら、少しでも肩の力を抜いていただけるかと思って」
彼はしばらく無言で皿を見つめていたが、やがて意を決したようにナイフとフォークを手に取った。
「頂こう」と低い声で言い、ゆっくりと一口、仔羊肉を口に運ぶ。
瞬間──
彼の動きがわずかに止まった。
眉間の皺が、ほんの僅かに、雪が解けるように薄れる。
その変化は本当に微細なもので
普通の人間ならば見過ごしてしまうほどだったが、彼をずっと見つめてきた私は見逃さなかった。
彼は何も言わず、慈しむように食べ進めると、コーヒーのカップを掴み、砂糖を入れずに一口啜った。
「どう、ですか…?」
私は祈るような心地で尋ねた。
彼はカップをソーサーに戻し、しばし何かを反芻するような表情を見せた後、静かに口を開いた。
「とても、うまい」
たった一言。
けれど、それはこれまでの人生で最も優しく、私の魂を震わせる言葉のように感じられた。
「……わざわざ作ってくれてありがとな、メリッサ」
シュタルク様の大きな手が私の頭に置かれ、優しく撫でられる。
その温もりに、私は思わず胸を押さえ
堪えきれない涙が視界を滲ませるのを必死に堪えた。
「喜んでもらえてよかったです……!そ、それでですね…!あの…」
温かな雰囲気の中、私は意を決して切り出す。
今なら、ずっと蓋をしてきた思いを言葉にできる気がした。
「まだお時間あれば、少し聞きたいことがあるんです」
「なんだ?」
言葉の途中で喉がカラカラに乾いていくのが分かった。けれど伝えなければいけない。
「えっと…私、ずっと考えてたんです。私たち夫婦なのに、どうしてこんなに距離があるんだろうって……」
「距離…?」
執務室の空気が一瞬で固まり、温度が下がったような気がした。
それでも、溢れ出す感情を止めることはできなかった。
「私、本当は毎晩一緒に寝たいんです…朝や夜の事務的なキスだけじゃなくて……っ、もっとシュタルク様に触れられたいのに、シュタルク様は夜のお誘いをしても忙しいって…いつもなにかと理由をつけて、断りますよね」
彼が目を見開いた。
その黄金色の瞳が、驚きで激しく揺れている。
「それで、私なりに反省してみて思ったんです。私にはきっと女としての色気が足りないんじゃないか…尽くしすぎてシュタルク様の重荷になっているんじゃないかって」
自分でも顔から火が出るほど恥ずかしさが込み上げてくる。
それでも、剥き出しの言葉で全部伝えないと、この壁は壊せないと思った。
「だから…私にダメなところがあるならハッキリ教えて欲しいんです……!」






