「ウウウーー!! 敵、敵を倒す……倒すゾ」
魔石に精神支配されているせいか、シーニャの口調が昔に戻っている。
リリーナさんによれば、魔石は悪い心を持っていた時の力を利用して一時的に記憶を戻しているのだとか。そうだとすればシーニャとミルシェは、おれと仲間になる前の力も引き出せるということになる。
シーニャは出会った時からそんなに悪い虎でも無かったが、ミルシェは水棲怪物だっただけに厄介だ。
「シーニャ! 遠慮はしないぞ? いいな?」
「……ウウゥ!!」
言葉を話さなくするのは嫌な感じだ。ワータイガーとしての本能がそうさせるのかもしれないが、早いとこ解放してやらねば。
「悪いなシーニャ。 お前の弱点である属性魔法で勝負をつけさせてもらうぞ! 《イグニス》!!」
火の神アグニの力を際限なく使えるが、”インテンスヒート”はすでにルティに使用済みだ。それよりも抑えることになるとはいえ、炎属性に弱いシーニャには十分のはず。
「ウウウッ!! ウガウゥッ!」
「――な、何!?」
魔法を放った直後、|軋《きし》む音が響いたと思ったら炎がかき消されていた。シーニャに向けて放った火の攻撃だったが、彼女はそれを自前の爪を軋ませて消火した。
彼女の爪自体にそこまでの能力は無かったはずのなのだが。しかしおれの知らない攻撃となると、威力を問わずに爪だけでかき消せるということになる。
もしくは元々の能力、あるいは魔石が潜在的な能力を引き出しているのか、今のところ分からない。しかし、こうなるとおれとしてもあらゆる属性魔法を試したくなる。
シーニャの攻撃力は、虎人の身軽さを利用した爪による攻撃、ガチャによって目覚めた回復魔法だけだと思っていた。だが自前の爪を使って被魔法攻撃を防ぎかき消せるのであれば、弱点は解消されるといっていい。
「敵、敵、倒す……倒す」
ルティに関しては、魔石の覚醒が彼女を正気に戻す条件だった。そうなるとシーニャは何が条件で戻るのか。
「――っと! よそ見をしてる暇は与えてくれないか」
シーニャの場合、おれの特性スキルでもある自然治癒が共有されている。致命的なダメージを負わせない限り、彼女自身も傷を負うことが無い。
だが爪で魔法が消せる攻撃は、おれが魔法攻撃を体力の続く限り撃てばいずれ当たる。しかしその時がきた場合、シーニャの体力が尽きてしまう。
そういう勝ち方はさすがに公平じゃない。魔法攻撃が通じないうえ武器使用が駄目となると、おれはアレになるしかなくなる。それもスキルの一つではあるが、まさかここで使うことになるとはな。
フェンリルの爪で肉体を硬化させ、相手からの攻撃を無効化して行動不能にする――だったか。シーニャの能力を使用出来る条件は行動不能時に限るが、今なら意識を乗っ取られている状態でもあるし上手く使えるはずだ。
しかしネーヴェル村で獣化することになるとは。
「獣化スキルを解放!」
リリーナさんとの意思疎通が出来るか分からないが、まずはシーニャだ。
「ウウウ……ウニャッ? どこのフェンリルなのだ?」
「聞け! おれはフェンリルじゃない。おれは、シーニャのボスだ」
フェンリルに見えているということは、やはり彼女に勝たなければいけない。そうでなければおれへの意識は戻ってこないはずだ。
「ボス? シーニャが認めるのは、シーニャよりも硬くて強いボスなのだ! オマエ、弱そうなのだ。戦うというなら相手をしてやるのだ!」
やはりそうか。彼女からもう一度力を認められて、改めて従わせなければならないということになる。
「……来い、シーニャ!!」
「シーニャと気安く呼ぶななのだ!」
彼女はフェンリルとなったおれに迷わず向かってくる。爪を交互に繰り出し、腕を|クロス《交差》させて、おれの防御を剥がす勢いで連続攻撃の連続だ。
だがおれはその全てを無効化する。そうなると後は、シーニャの息が上がるのを自然に待つだけになる。
これなら彼女の心を折れさせることが可能だ。おれから攻撃を繰り出すことなく降伏させられる――そう思っていたが、シーニャの体力が一向に衰えない。これも魔石によるものだとすれば魔法の時と同じ結末になるが。
無効化しているはずの彼女の爪攻撃がわずかながらに強化されている感じがする。
【シーニャの爪 斬撃Lv.2 防御力無視、魔法攻撃をかき消す】
「む、これは――覚醒か?」
「ウニャ、ウウニャ……ま、まだ倒れないのだ? シーニャの負けでいいのだ……」
「――! それならばおれに従うか?」
「ウニャ。シーニャ、オマエのシーニャ!」
まさか防御力も魔法も無視出来るとは、シーニャの爪は最強なのでは?
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