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第21話の続き
「エリアーナ、聞いたわよ。王立図書館の芝生の広場で殿下と抱き合っていたらしいじゃない。見せつけてくれるわね!」
翌日、登校してきた友達が会うなりニコニコしながら、開口一番にこれだ。
思わず、噂の速さにギョッとした。
そう、やってしまった。
人目も憚らずに公共の場でわたしは涙をポロポロ流して、殿下の肩に顔を埋(うず)めた。
それを殿下が壊れものに触れるかのようにそおっと優しく抱きしめてから、背中を撫で続けてくれて、そしてわたしが泣き止むまでに少し時間がかかったものだから、遠巻きに大勢の目撃者が発生し、狭い王都のことだ。あっという間にこの噂になり、友達の開口一番の発言につながったようだ。
まさかあの時、婚約を解消して欲しいと懇願して、アーサシュベルト殿下と別れ話をしていたとは言えないし、誰もが想像すらしてないだろう。
殿下の護衛の騎士様たちも、広場に遊びに来て居合わせてしまった人達も、わたし達のただならぬ様子をただただ遠くから見ているだけだったけど、わたしを落ち着かせるために、わたしの背中を撫で続けてくれた殿下とわたしが抱き合っているように見えていただなんて…
いや…抱き合っていたのか…
こんなことなら、声を殺して泣くのではなく、咽び泣いて、殿下がわたしを泣かせているように周囲に思わせた方が今後のために良かったのかと思ってしまった。
あれからわたしは、泣きすぎて疲れ果て、帰りの馬車で心地よい揺れもあり、寝てしまった。
その間殿下は隣りで、わたしが馬車の壁に頭をぶつけないように、ずっと肩を抱いていてくださった。
その優しさが心地良かった。
屋敷に着いて殿下に起こされたとき、あの深いグリーンの瞳と目が合い、キュンとなったのは内緒だ。
このことはわたしの心の奥底に閉まっておこう。
だって、わたしは殿下から逃げ切ると宣言し、円満に婚約を解消して欲しいと懇願したのだから。
とにかくいまは、悪役令嬢を回避するためにも、全力で殿下と接触しないようにするつもりだ。
「アーサー、聞いたぞ。昨夕、王立図書館の広場でエリアーナ嬢と激しく抱き合っていたらしいな」
「激しくはないけど、抱き合っていたよ」
教室で会うなり、セドリックが面白いそうに聞いてきた。
どうやら、俺の思惑通りに今朝はこの噂で持ちきりらしい。
昨夕、エリアーナとお互いに今までの気持ちを吐露し、そして告白し合って、その後は婚約解消の別れ話をしていただなんて、俺たちの会話が誰にも聞こえていなくて良かった。
俺に婚約解消の文字はない。
この噂が仲の良い、いいアピールになりそうだ。
一緒に来ていた護衛の騎士達があれを見ていて、良いように勘違いをしてくれた。「殿下のような方でも我慢できなくて、エリアーナ嬢を人前で抱きしめたりするんですね〜」
と冷やかしてくるもんだから、そのまま話に乗っただけだ。
「エリアーナがあまりにも愛(いと)し過ぎて我慢がきかなかった」
本当のことだ。
ただ、護衛の騎士達の口止めはしなかった。
それだけのこと。
昨夜のうちに酒場から、あっという間に王都中に広まったらしい。
「アーサーでも、理性の歯止めが利かなくなることもあるんだな」
セドリックが自分のことのようにうれしそうだ。
ニヤニヤしているセドリックの腕を掴み、人目を避けるためにも廊下に出る。
「どうした?」
セドリックが不思議そうに聞いてくる。
「…いや、あの時、本当はエリアーナに婚約解消をしたいと言われた。しかも泣かせてしまった」
「はぁ???」
事の顛末をセドリックに一部始終を話すと、セドリックは天を仰ぎ、額に手を当てて唸っていた。
あれから、一週間。
あの噂がようやく収まりつつあった。
一時期は、殿下とキャロル嬢の仲に気づいていた人達もいて、面白おかしく噂に尾ひれがついて、三角関係だの、そうでないなど、あることないことが噂にもなっていた。
今日は移動教室。
次の授業に遅れまいと、いつもの友達たちと小走りで移動し、階段に差しかかる。
息を呑んだ。
上の階からキャロル嬢が降りて来るのが視界に入った。
キャロル嬢の視界にもわたしが映ったのだろう。
キャロル嬢の顔が明らかにこわばった。