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前職は舞妓
425
きょう
171
病院の深夜当直室。ドアをノックする音に不機嫌そうな声を返してきたのは、白衣を羽織った男——城島だった。
「こんな時間に警察……? 一体何の用です。私は明日の診察に向けて休んでいたんですが」
白衣の袖口からチラリと見えた右手首には、痛々しい火傷の痕を隠すように、厚手のリストバンドが巻かれている。
「夜分遅くにすまんな、城島先生。〇〇商店街の路地裏で起きた通り魔事件の件で、ちょっと話を聞きたくてね」
俺が警察手帳を突きつけると、城島はあからさまに不快そうな顔をした。
「通り魔? 私がそんな事件に関係あるとでも? 私はずっとこの当直室にいましたよ。防犯カメラだって——」
「防犯カメラなら、当直室裏の非常階段付近のやつが1時間前から『点検中』で録画が止まってたよ。都合がいいことにな」
城島の顔色がほんのわずかにぴくついた。だが、奴はすぐに冷笑を浮かべ、腕を組んだ。
「証拠もないのに言いがかりはやめていただきたい。だいたい、世間を騒がせているあの三年前の放火魔と同じ通り魔でしょう? 私がそんな恐ろしい殺人鬼に見えますか?」
三年前の事件を引き合いに出し、被害者面をするその口ぶりに、俺の腹の底でドロリとした殺意が煮え繰り替える。
その時、俺の隣でじっと黙っていた渚が、静かに一歩前に出た。
「……ねえ、城島先生」
「……何だね、君は。警察の連れか?」
渚は城島の言葉を完全に無視し、誰もいない城島の背後の空間へと視線を向けた。
「刺された主婦の人ね、自分のことより、息子のこと心配してる。『明日、お薬もらいに行く約束だったのに』って」
「……は? 何を訳のわからないことを……」
「それとね」
渚はゆっくりと右手を伸ばした。
そのまま空中で何かを固く握りしめるような仕草をする。
「……っ」
渚の表情が一瞬だけ苦痛に歪む。だが、今回は逃げなかった。被害者の主婦が死の間際に抱いた強い念を、城島に対する激憤に変えて、その瞳を鋭く光らせた。
「主婦の奥さんが言ってるよ。……『その右手首の火傷痕、絶対に忘れない』って」
「な……ッ!?」
城島が激昂して渚に掴みかかろうとした瞬間、俺はそいつの胸ぐらを掴み上げ、当直室の壁にガツンと押し付けた。
「な、何をする! 暴行だぞ!」
「大人しく聞きやがれ、先生よ」
俺は城島の耳元で、低く地獄の底から響くような声で囁いた。
「あんたが刺し殺したサラリーマンの男……あいつは死ぬ直前、あんたの医療過誤の証拠データをUSBメモリに入れて胸ポケットに忍ばせてた。それを奪おうとして、目撃者の主婦のバッグごと奪おうとして失敗したんだろ?」
「な……なぜそれを……!」
「そしてな」
俺は城島の右手首のリストバンドを、容赦なく力任せに引き剥がした。
そこには、渚の言った通り、赤黒く盛り上がった痛々しい火傷の痕が露わになった。
「三年前の連続通り魔放火魔の火傷は『左腕』だ。あんたが真似たのは、事件の全貌を知らん世間の噂だけだったな。……三年前の惨劇をダシにして保身に走ったその汚いツラ、署でじっくり拝ませてもらうぞ」
「ひっ……! 離せ! 離してくれ!」
取り乱して暴れる城島の手首に、俺は冷たい手錠をガチリと噛ませた。
事件は解決した。
だが、当直室を出て廊下を歩く俺たちの足取りは重かった。
「……お疲れ、渚」
「……うん。ファミレスのチョコパフェ、二個に増量ね、峯岸さん」
渚はブレザーのポケットに両手を突っ込み、いつもの冷めた顔を作ろうとしていた。だけど、その右手は微かに震えている。
「……三年前の犯人じゃなかったね」
「……ああ」
「でも、よかったのかな。あのお母さんの未練、少しは晴れたかな」
「晴れたさ。あんたのおかげで、あいつはちゃんと逮捕されたんだからな」
俺は渚の頭を乱暴に撫でまわした。
真犯人は、まだ闇の中にいる。
だけど、この不器用で強い少女と一緒にいる限り、俺たちは何度でも立ち上がり、真実を追い続けることができる。
「よし、ファミレス行くぞ。パフェでもピザでも好きなだけ食え」
「言いましたね? 破産しても知りませんよ、おじさん」
深夜の病院を抜け出し、俺たちは再び愛車へと乗り込んだ。
いつか訪れる本物の結末に向かって、夜のバイパスを駆け抜けていく。
コメント
1件
第10話、読み終えました。 渚と峯岸さんのコンビ、めっちゃかっこよかったです…!特に、城島先生の火傷の痕の位置の矛盾を暴くところ、痺れました。被害者の遺族の思いを代弁する渚の姿が、すごく強くて。 「三年前の犯人じゃなかったね」の後の沈黙、重かったけど、それでも前に進む2人の姿が好きです。チョコパフェ、増量で正解だと思います…!