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#戦乙女
眠狂四郎
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「わからぬ……」
ノブタダはギフ城にあって、
何度も同じ思考を巡らせていた。
イエヤスは、父ノブナガの盟友であった
天下布武の名のもとに
アネガワ、ナガシノを共に戦い抜いた男でもある。
その男が、なぜ――。
父ノブナガの後継をめぐる争いに、
なぜ介入してくるのか。
はたから見れば、勝ち目の薄い戦であった。
ヒデヨシはすでに敗れ、
その遺領の整理と、配下諸将の帰順は進んでいる。
カゲカツとも和睦が成り、
ホクリクからはトシイエ、ナリマサらが続々と帰陣し、
キナイ平定にあたっていた。
流れは、明らかにノブタダに傾いている。
にもかかわらず――イエヤスは動いた。
ノブタダはひとまず、
オワリ・イヌヤマ城にカツイエとナガヨシを送り、
周辺に陣地を築かせた。
ウジサトは、ノブカツに攻められている
カズマスの応援へ向かわせる。
一方、イエヤスは先鋒として
ヘイハチロウをコマキヤマ城へ入れた。
ただの進駐ではない。
城の改築、修繕、そして要塞化が、ただちに進められた。
さらにタダツグ、ヤスマサ、ナオマサ――。
イエヤス配下の猛将たちが次々とコマキ入りをする。
イエヤスの並々ならぬ決意がうかがわれた
そんな折――サイラスはユンナを伴い、ギフ城に現れた。
「ご無沙汰しております」
「アヅチに戻れずじまいじゃ」
ノブタダは自嘲気味に笑った。
しばし近況を交わしたのち、ふと口調を変える。
「儂に仕えぬか?」
「――ニクンニツカエズ、ですかな」
サイラスの返しに、ノブタダはくつりと笑った。
「ノブカツについていた家臣の多くは、主を見限った」
「心せねばならん。我に器量なければ――
いずれ同じことが起きる」
そのとき、ナガチカが神妙な面持ちで入室し、
ノブタダの耳元で何事かを囁いた。
「……なに!」
思わず声が漏れる。
「どうされましたか」
サイラスが問いかける。
「軍のことではない……」
ノブタダは苦い顔をした。
「ヒデヨシの諸城から、内通者の書状が大量に見つかった」
一瞬の沈黙。
「ノブカツのことを笑えぬな……どうしたものか」
その場の空気が張り詰める。
「――終わったことです」
サイラスが静かに言った。
「中身を見ず、燃やしてしまうのがよろしいかと」
「なんということを申す!」
ナガチカが鋭く反論する。
「殿、お父君なら決して裏切りを許しませんでしたぞ!」
サイラスは一歩も引かない。
「どうも、お父上は苛烈な方だったようですね」
空気が凍る。
「恐怖で人を従わせた。
ゆえにミツヒデは反し、
その反動に多くの諸将がヒデヨシになびいた」
「無礼な!」
ナガチカの手が、刀の柄にかかる。
だがサイラスは視線を逸らさない。
「だが、あなたは、未来に生きるべきだ」
「疑心ではなく、信で人を束ねるべきです」
静寂。
ノブタダは、やがて小さく笑った。
「あなたは面白いひとだ」
そして、決断する。
「よい。燃やせ」
「見なかったことにする」
ナガチカは言葉を失った。
ノブタダはさらに続ける。
「ところで――」
ふと、いたずらめいた目を向ける。
「サイラス殿の国へ帰る船も、燃やしてしまおうか」
「それは――御冗談を」
サイラスは珍しく困った顔を見せた。
「で――何かわかったのか?」
ノブタダは、サカイの件を切り出した。
「ウィリアム・アダムスという男を探しております」
「生きていることまでは掴んでおりますが……消息が途絶えております」
「その者が、何か」
「いえ」
サイラスは静かに首を振る。
「この国に来た折の水先案内人です」
「ですが――ただの案内人ではないことがわかっております」
わずかに間を置く。
「異様なほど、日本に通じている男で・・・」
「私の予想では多分以前にノブナガ公にあっております」
ノブタダは、わずかに目を細めた。
「ふむ」
「わかった。探させよう」
短く言い切ると、今度は自らが問いを投げる。
「で――儂の願いも聞いてもらえぬか」
「……何なりと」
「イヌヤマへ、同行せよ」
間。
その一言には、単なる同行以上の意味があった。
戦場への同席――すなわち、立場を問う言葉でもある。
サイラスは、ほんの一瞬だけ考えた。
そして――
「承知いたしました」
ノブタダは、わずかに笑った。
オワリ北部――
イヌヤマのカツイエと
コマキのヘイハチロウ、
両軍は互いに周辺に砦を築き、
一歩も引かぬ構えを見せていた。
まるで盤上に石を打ち合う――囲碁のように。
同日。
イヌヤマにはノブタダが、
コマキヤマにはイエヤスが入る。
さらにイセから戻ったノブカツはキヨス城へ入城した。
戦場は――オワリに定まりつつあった。
サイラスは、イセから帰陣したウジサトに並びながら問う。
「イエヤス殿とは、どういう人物なのですか」
「野戦の名手です」
即答だった。
「良将を多く従え、将を手足のように動かす」
「一度、野に引きずり出されれば……厄介な相手です」
「ふむ……」
やがてノブタダが上座に着き、軍議が始まる。
「イエヤスはコマキヤマに入った」
「数では我らが勝る。だが――」
「かの山は、かつてノブナガ公がギフ攻略の拠点とした地」
「籠もられれば、手は出ぬ」
重い空気。
そこで、カツイエが声を張った。
「ゆえに――調略をもってミカワへの道を開く」
軍議の空気が動く。
「山間を抜け、オカザキ城を衝くと見せかける」
「これにイエヤスが応じて出てくれば――叩く」
「ミカワ中入りか」
ノブタダが低く問う。
「偽計です」
カツイエは言い切った。
「ナガクテにて待ち構え、決戦といたす」
「サイラス殿はどう見る」
問われたサイラスは、しばし沈黙した。
「作戦自体は――良いと思います」
「ただ……」
「そのような危険を冒さずとも、イエヤスは引き出せます」
ざわめき。
サイラスは絵図に手を伸ばし、キヨス城を指した。
「ここです」
視線が一斉に集まる。
「敵の旗はここにおります」
一拍。
だが、サイラスは続けた。
その声が、わずかに低くなる。
「ただ……」
「私はイエヤス殿に別の狙いがあるような気がしてならないのです」
空気が凍る。
「なぜコマキヤマだったのでしょう」
サイラスは、ゆっくりと指を滑らせた。
「私は、この布陣に意図を感じます」
「このイヌヤマ城も一望できる山にイエヤス殿はおられるのですね」
静寂。
翌日――
コマキより出撃したタダツグ隊が、
イヌヤマ南方、ハグロのナガヨシ隊の砦へ奇襲をかけた。
当初、ナガヨシはこれを押し返す。
だが――
左右から回り込まれ、包囲される。
陣は崩れ、やむなく敗走。
初戦は――イエヤスの勝利で始まった。
敗戦を詫びるナガヨシを下がらせ、
ノブタダは深く息を吐いた。
そして、静かにサイラスへ向き直る。
「……昨日の話」
「イエヤスの意図とは、何だと思いますか」
サイラスはすぐには答えなかった。
「……わかりません」
一度、言葉を切る。
その視線は、遠くコマキヤマへ向けられていた。
「イエヤス殿が“どう勝つつもりか”――」
「そこに尽きる気がします」
沈黙。
ノブタダもまた、同じ方角を見た。
コマキヤマ。
高地に築かれたその陣は、今日も沈黙している。
「絶対不利な戦をする目的は?」
「ノブカツ擁立に大義は立ちづらく、あてにもできない状況です」
サイラスは小さく頷いた。
「戦って勝ち、有利な和睦交渉を?」
「本当にそれが目的なんでしょうか」
わずかに目を細める。
風が、城内を抜けた。
ノブタダは、ふと呟く。
「……あの男は、今もこちらを睨んでおるのか」
サイラスは答えなかった。
ただ――
コマキヤマを見据え続けていた。