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玄関先での対応を終えたツバキが、珍しく疲れた顔を見せながら戻ってくる。あまり喜怒哀楽を表に出さない猫又だけれど、さっきの来客はよっぽどだったのだろう。冷静なツバキの話を一切聞かず、一方的に自分達の主張を続けようとする声が長々と玄関から響いていた。
「そこの大学のオカルト研究会というサークルの人達でした。こちらの祠の噂を検証したいそうで――」
「検証も何も、うちの祠はただの飾りのようなもんだ。いい加減な噂ばかりで困るねぇ」
オカルト研究会とは何ともおどろおどろしくて怖そうなサークルだ。怪奇現象とかの類いが好きな人の集まりなんだろうかと考えていたら、美琴は以前にもその手のサークルの話を聞いたことがあったのを思い出す。
「縫いぐるみの女の人へうちのことを教えたのって、もしかしてその人達じゃない? ほら、人形供養の」
光井桃華に相談されて、この家の門の前に置いておけば人形供養して貰えるというガセ情報を教えたのは、確かその手のサークルに所属する学生だと言っていた。なら益々あまり関わりたくはないと、真知子は首を横に振って拒絶を表す。
「厄介事はもう勘弁だ……」
「また日を改めて来られるそうです。今日のところは時間も遅いからと引き下がってくださいましたが」
依頼なら別だがこの手の話は何の得にもならないと、真知子が深い溜め息を吐く。光井の時も学生からお金は取れないと、結局はボランティアみたいなものだった。お札を渡し、最終的に人形の供養までしたのに、だ。
それに、興味本位で踏み込んで来られても、祓い屋という稼業は普通の人達にとって理解できないことも多い。どれだけの労力を使っても、視えていないモノを正確に説明するのは難しい。
週明けの月曜日。いつも通り駅前まで迎えに来てくれたゴンタと一緒に帰宅すると、玄関前に沢山の大学生が集まっていて、何事かと門の前で足を止める。そっと門の外から様子を伺ってみれば、玄関の中ではツバキが対応していたけれど、学生は五人もいて、しかも各人が思い思いに喋り出すという統制の取れない状況に困惑しているようだった。
「こちらにある祠のいわくなど、詳しく教えていただきたい」
「この辺りで夜中に鬼火が目撃されたという噂もあり、ここの祠から出ているのではという話なんですが――」
「願いが叶ったという人の話はどのくらいお聞きになられてますか?」
「是非とも霊視での検証で、その効力の実証を――」
家の中に入るに入れず、美琴は「どうしよう?」とゴンタの顔を見下ろす。この時間は勝手口の鍵は閉まっているはずだし、出入りできるのはここしかない。帰ってくるタイミングが悪かったと後悔していたら、家の中から真知子の罵声が聞こえてきた。
「さっきから何だい、玄関前で騒がしい! 用件があるのなら、代表者がまとめて伝えるのが筋ってもんだろ。大学生にもなって、子供みたいなことしてるんじゃないよ」
翌日の仕込みの最中だったんだろうか、割烹着姿の真知子が頭に被っていた布巾を外しながら玄関へと姿を見せた。すると、それまで好き勝手に喋り続けていた学生達が、しんと静まり返る。穏やかに対応するツバキ相手だと強気に出ていたが、貫禄ある老女相手では萎縮してしまったのだろう。大学生といっても、まだ社会経験のない子供の集団ということか。
互いに目を合わせ、ヒソヒソと何かを打ち合わせた後、その中では先輩にあたるらしい男子学生が遠慮がちに口を開く。話し始める前には、銀縁の分厚いレンズの眼鏡の縁をくいっと右手の中指で持ち上げていた。
「こちらにある祠を我々のサークルで調べさせていただけないでしょうか? あ、別に解体したりとかそういうことはするつもりはありません。うちのメンバーに霊感のある者がいるので、いわゆる霊視ですね。それに基づいたデータなんかが取れたら――」
霊視というところで、少し得意げな表情になる。そして、聞き返されてもいないのに、その理由を嬉々としたドヤ顔で説明してくる。
「今日は来ていませんが、うちの部長、実は卑弥呼の生まれ代わりで、霊能力者なんです。彼女の霊視で、こちらの祠にいるモノが何かが分かるはずです」
――え、卑弥呼って、邪馬台国の……?
いきなり歴史上の有名人の名前が出てきて、美琴だけでなく真知子達も目をぱちくりさせる。突拍子もないというのは、きっとこういうことだ。
彼の言葉に、学生達は同調するように大きく頷いている。そして、口々にその部長とやらを称え始めた。
「学部棟の非常階段の怨霊の噂も、部長の霊視後はぴたりと消えたからな」
「部長って最近、幽体離脱までできるようになったらしいぞ」
「オレの背後霊は死んだ婆ちゃんだって教えてもらった」
誰一人、その部長のことを疑っている様子はない。そのくらい真実味のある現象が彼女の周囲で起きているということなのだろうか。彼らの言うことに美琴は密かに胸を高鳴らせていたが、真知子はハァっと大きな溜め息を吐いて、ツバキへ向かって「後は任せた」とばかりに右手を振って台所へと戻っていった。