テラーノベル
アプリでサクサク楽しめる
コメント
0件
👏 最初のコメントを書いて作者に喜んでもらおう!
空気が、一瞬で静まり返る。
冗談とも本気ともつかないその一言に、観客の表情が凍りつく。
だが、剛の目は——一切、笑っていなかった。
自分が予想を言い当てる展開だとばかり思っていた。
だが、状況は思わぬ形で反転する。
まさか、剛さんの方から“賭け”を持ち出すなんて——そんな展開、想像していなかった。
(……本当に、見破れるのか。僕に)
目の前に立ってみると、自信はわずかに揺らいだ。
けれど、今さら引き返すわけにはいかない。
羽鳥は、思わず息を呑んだ。
「……願いって、今ここで言わなきゃダメなんですか?」
その声には、ほんのわずかに怯えが混じっていた。
自分の“願い”を、こんなにも多くの他人の前で晒すなんて、気が引けて当然だった。
剛は、柔らかく首を横に振った。
「いいえ。胸の中で思い浮かべるだけで、充分です。とてもプライベートなものなのでね。」
羽鳥は小さく安堵の息をつく。
だが、すぐに問い返した。
「……じゃあ、もし外れたら?」
「特に何もありません。
当たれば、あなたの夢が叶う。外れても、お客様は何ひとつ損をしない」
剛は、さらりと付け加える。
「──ただし、少しだけ悔しい思いはするかも知れませんが」
会場がくすりと笑いに包まれた。
剛は、軽くトランプを宙に投げてキャッチすると、観客席をぐるりと見渡しながら、声のトーンをふっと落とした。
「——さて。それでは、君に予想してもらおう」
静かに、しかし確かな重さで告げられたその言葉に、羽鳥は、思わず身を固くする。
剛は指を三本、すっと立てた。
「私がこのあと使う“種も仕掛けもない演出”は——この三つのうち、どれでしょう?」
客席のざわつきが、少しずつ静まり始める。まるで、誰もが次の瞬間を待ち構えているようだった。
「一つだけ、当たりがあります。見事言い当てれば……君の願いを、ひとつ叶えましょう」
冗談のような響きの中に、なぜか抗えない現実味が混ざっていた。
「では、選択肢をお伝えしましょう」
剛は、指を一本ずつ折りながら、演説のように朗々と告げていく。
「その一。束の中からカードを抜き出し、選んだカードをズバリと言い当てる」
——「おお……」
観客の中から、素直な感嘆の声が漏れた。王道ながら、鮮やかに決まればそれだけで拍手喝采だろう。
「その二。舞台の天井から、カードがひとりでにひらひらと降ってくる」
——「それやったら逆にすごいわ!」
笑いと冗談めいた拍手が沸き起こる。空気が少しだけ緩む。
「その三。あなたのポケットに、“選んだカード”がすでに入っている」
観客席が、ざわっと反応する。
「え、それは……」「いや、それは無理だろ……」
思わず囁きが飛び交う。
剛は、静かに羽鳥を見つめる。
冗談でも脅しでもない。ただ静かに、その場の主導権を、羽鳥に預けていた。
「さあ、羽鳥さん。選ぶのは、あなたです」
羽鳥は、無意識に唇を噛んだ。
まず一つ目。選んだカードを言い当てる——
これは最も“それっぽい”。古典的だが、手品としては定番。
……だが、それだけに、意外性はない。
(このサーカスに来てから、ずっと“当たり前”の外を行ってる。
だったら、こんな正面突破、するか?)
二つ目。天井からカードが降ってくる——
派手ではある。舞台映えもするだろう。
だが、幻想を演出するには、あまりに視覚に頼りすぎている気がした。
(三つ目は……いや、ないだろ)
三つ目。ポケットに、すでにカードが入っている。
仕込むにはタイミングが必要だ。
家を出たのは突然だった。
道中、誰かに接触した記憶は——……
#さ、参加してくれるよね?(震)
23
202
イレイザーティミルアとグビー
28
そこで、羽鳥の脳裏に、ふとよぎる一瞬があった。
(……あれ……?)
——“誰かと肩がぶつかった”。
剛の演技に夢中になっていた、あの瞬間。
羽鳥の背筋に、ぞわりと寒気が走った。
まさか、あれが……?
(……だったら)
答えは、すでに決まっていた。
羽鳥は、観客席の注目を一身に集める中で、
静かに、けれどはっきりと口を開いた。
「三番……ポケットに、選んだカードが入っている」
ざわつきが再び起きる。
誰もが「まさか」と思った。
だが、その選択が——
物語を大きく動かしていくことを、まだ誰も知らなかった。
剛が静かに目を細めた。
「……お見事。正解だよ」
その一言が告げられた瞬間——
会場が、割れんばかりの拍手と歓声に包まれた。
「うおおおっ……!」 「本当にポケットに!?」 「なんだあの手品!!」
羽鳥は、いまだに自分のポケットの中にあるカードを握ったまま、夢でも見ているような表情だった。
——だが、次の瞬間。
歓声が熱狂に変わりゆくその最中、剛はマイクを口元から離し、ふっと羽鳥の耳元に顔を寄せた。
観客には届かない、けれど羽鳥にははっきりと聞こえる声で——
「君は……本物のマジシャンになれる素質を持ってる。嘘じゃないぜ」
その言葉に、羽鳥の胸が強く脈打つ。
驚きよりも、心の奥を見透かされた衝撃。 “マジシャンになりたい”なんて、誰にも口にしたことはなかった。
このサーカスに来る途中ですら、自分の夢の輪郭はぼやけていたのに——
なぜ、この人は、そんなことを知っている?
羽鳥は、握りしめたカードを見下ろす。
ポケットにあった奇跡。
自分しか知らない夢。
そのすべてが、静かに、確かに繋がっていく。
(……この人は、本物だ)
そう思った瞬間、自分の中に眠っていた「なりたい」という感情が、
はっきりと形を持ちはじめた気がした