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#吸血鬼
ミリア
14
麻木香豆
327
#人狼ゲーム
るみあ
196
19
「まじゅまちゃ――」私が言い終えるよりも早く。
「|Brutta mocciosa《このメスガキゃあ》〜ッ!!!!!!!!!」
ミスティの怒号が闘技場に炸裂した。
次の瞬間、腹部へ巻き付けていた鎖鎌を引き連れながら、|猛《たけ》り狂う闘牛の如く、激昂したミスティがせんじゅの方へ一直線に駆け出す。
「|Muoriiiiiiiii《死に晒せぇぇええッ》ッ!!!!!!!」
そのまま殺戮マシンの両脚部の間へ身を低く滑り込ませると、そのままスライディングの勢いを殺さぬまま股下をすり抜ける。
着地と同時に全身を捻り――。
鋭い回し蹴りを、せんじゅへ叩き込んだ。
「|Come《なに》ッ!?」
だが、その一撃はあと一歩のところで阻まれる。
突如、殺戮マシンの胸部装甲が展開し、そこから射出されたマジックハンドのような機械腕が、離れたミスティの右脚をがっちりと抑え込んだのだ。
「ッ……!!」
ミスティは脚を何度も振り抜こうともがいてみせるが、鋼鉄の機械腕はびくともしない。
「|邪魔《ちゃま》ちないでよ。せっかくいいとこなのに」
せんじゅは水を差された子どものように頬を膨らませると、おもむろに右手を掲げ、短く命じた。
「|阿修羅道《アシュランド》——ボキボキ」
「ッ!?」
刹那、殺戮マシンの両眼を走る一本の赤い光条が、ギラリと鋭く明滅した直後。
バキッ。
メギィ……メギギギゴギィッ!!
骨が軋み、工場のプレス機に無理やり鉄骨を噛ませたような、耳障りな破砕音が響く。
「あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛ぁ゛ぁぁぁ゛ぁぁ゛あ゛ッ!!!」
ミスティの絶叫を意にも介さず、マジックハンドは万力のように右脚を締め上げ続ける。金属の指は容赦なく食い込み、その握力はなおも強まっていく。もはや|人間《ヒト》一人の抵抗など歯牙にも掛けない。そんなあまりにも理不尽な光景に、私たちは言葉を失っていた。
そんな中、せんじゅは顔色一つ変えることなく、なんならミスティへ一瞥すらくれず、淡々と言葉を続ける。
「|急所《きゅうちょ》を貫いたんだもん。どっちにしたって助からないよ。この子」
「……はっ……かっ……」
その間にも、まじゅまの胸元からは血が溢れ続けていた。
事態は一刻一秒を争う。考える時間なんて、もうない。
私の身体は、頭が命令を下すよりも先に動いていた。
拳銃を両手でしっかりと握り締め、照準を合わせると、引き金に人差し指を掛け言い張った。
「今すぐ彼女から離れて」
「……」
せんじゅはこちらを一瞬一瞥すると、私と目が合うや否や笑みを浮かべ叫び出す。
「キャーーーッ!コワイッ!こんないたいけな|少女《ちょうぢょ》に、そんな物騒なもの向けな――」
バンッ!!
私は躊躇なく引き金を引いた。
銃弾はせんじゅの右肩のすぐ脇を一直線に駆け抜ける。
数センチ横を通過した弾丸が髪を掠め、橙色の髪がぱっと宙へ散った。
「次は当てる。これは威嚇でも脅しでもない」
私は銃口を下ろさぬまま、一歩、また一歩と、じりじりとせんじゅとの距離を詰めていく。
照準は微動だにしない。指先だけが、じわりと汗ばんでいく。
——最初から、当てるつもりはなかった。
だが、あとほんの数センチ弾道が逸れていれば、私はこの少女の命を、自分の手で奪っていた。
その事実が遅れて胸にずしりと重くのしかかる。
覚悟が揺らぐ、ぐらりとぶれる。
生き残りたいというその意思に、嘘はない。
だけど、人を撃つ覚悟と、人を殺す覚悟はまた別物。
少なくとも今の私には、その境界を越える勇気はまだなかった。
「こんな|試練《ゲーム》はもうやめて。あなた達は私達を使って何がしたいの。最終的にこんな事を一人残るまで続けるつもり?」
だからこそ、私は対話を試みた。
運営側の人間と、こうして直接|繋がる《コンタクト》を取れる機会は滅多にない。少しでもいい。この状況を変えられる情報が、一つでも欲しかった。
「う〜ん、それをせんじゅに聞かれても困っちゃう。せんじゅも、おねぇちゃんとそんなに立場変わらないち」
「変わらないって……どういう意味?」
「そのまんまの意味」
せんじゅは悪びれる様子もなく肩をすくめる。
「せんじゅは頼まれたものを作ってるだけ。細かいことは知らないち」
そう言ってから、小さく指を一本立てた。
「でも、一つだけ聞いたことあるよ。ここには|才能《ギフト》を持った人間が、いーっぱい集められてるの。その中でも、とびきりの才能――ううん、異能を持った特異点。”|色《カラー》“の|遺伝子《いでんち》を集めることが、一番大事なんだって」
「何、それ」
「ほらこれ。見覚えあるでちょ」
そう言って、せんじゅは懐からボロボロになった鼠のお面を取り出した。
「せんじゅはすごいから、このお面持ってるの!」
誇らしげに掲げてみせる。
「これはねぇ、今いちばん”|色《カラー》“に近い|証《あかち》なんだよ」
だめだ……理解できない。
|才能《ギフト》?
特異点?
|色《カラー》?
遺伝子?
確かに、この場所へ集められた私たちは、誰もが少なからず一癖も二癖もある人間だ。それは否定しない。
だけど、せんじゅの言う”|色《カラー》”の遺伝子とは、そんな共通点すら見えない私たちを殺し合わせることで、生み出されるような代物なのだろうか。
そもそも、|色《カラー》になった先に何が待っている?
何を得られる?
どれだけ思考を巡らせても、何一つ見えてこない。
「仮に、その”|色《カラー》“の遺伝子を集めたとして、それに何の意味があるの?目的は何」
「|知《ち》らな〜い。”世界ちぇいふく”だったりちて〜?ニシシシシ」
「ふざけないで」
駄目だ。
この子とこれ以上言葉を交わしても、時間を無駄に浪費するだけ。それに、今は一秒でも時間が惜しい。
そう判断した私は、再び拳銃へと手を伸ばした——その時だった。
「ゔぅ……ゔぅ……」
胸部をサバイバルナイフで貫かれたはずのまじゅまが、呻き声を漏らしながら、自らの胸元に突き立った刃を掴む。
「まじゅまんっ!!」
その様子を見て、脚を潰され身動きの取れないミスティが思わず叫んだ。
「あれ〜?まだ動けたんだ」
「まじゅまは……まじゅまは……まだ、|死《ち》ねない……っ!」
叫ぶと同時に、胸元からナイフを力任せに引き抜く。
同時に、堰を切らしたように血液が溢れだす。
呼吸は荒く、誰がどう見たって致命傷だ。
本当なら、とっくにこの場に立っていることすらままならないはず。だが、今にも崩れ落ちそうな華奢な身体とは裏腹に、その瞳は鋭くせんじゅを捉えている。
「あっ」
その瞬間、せんじゅの口から小さく声が漏れた。
私へ意識を向けた、ほんの一瞬の隙。
まじゅまは、そのわずかな隙を見逃さなかった。
胸元からナイフを引き抜くと、一歩、二歩。
一瞬でせんじゅとの間合いを潰し、まるで鏡写しにするかのように、せんじゅの胸元――心臓めがけて、一片の躊躇もなく刃を突き立てた。
ずぷりっ。
「……っ!?」
「これで、おあいこ」
✳︎ ✳︎ ✳︎
××年前——。
とある人里離れた隠れ里にて。
寂れ果て、風化しきった廃校舎の校庭。
そこには、十数人の子供たちが寸分の乱れもなく整列していた。
少し離れた場所では、同じ装束に身を包んだ大人たちが、子供たちへ向かって静かに合掌している。
よく見ると、その場にいる大人は全員が女性だった。
空には雲ひとつない晴天が広がり、運動会日和と言っていいほどの快晴。
それなのに、なぜだかその場に漂う空気は、葬儀のような、はたまた何かの戴冠式のような、厳かで不穏な重苦しさに満ちていた。
少しすると、一人の男がゆっくりと壇上へ姿を現す。
年の頃は二十代後半から三十代ほど。
病的なまでに白い肌に、肩まで伸びきった黒の長髪。
髭ひとつない端正な顔立ちで、身に纏うのは僧衣を思わせる萌葱色の法衣だった。
男は慈しむように子供たちを見渡すと、静かに口を開き始める。
「嗚呼、愛する|我が子《ブモモ》達よ」
その声色は、気味の悪さを感じるほどに穏やかだった。
「私はこの時を待ち侘びていました。切実に、一心に、ただひたすらに」
子供たちは、その一言一句を一言も聞き漏らすまいと、期待に満ちた瞳で男を見つめている。
「|人間《ヒト》は皆、誰しも少なからず魂に|穢《けが》れを宿しています。もちろん、それは私も例外ではありません」
男は自らの胸元へ、そっと片手を添えた。
「そして|穢《けが》れとは、放っておけば自然にパッと消えてくれるような、都合の良いものではありません。静かに、着実に、それらはやがて|澱《よど》みとなり、澱みは濁りとなり、最後には魂そのものを|蝕《むしば》み尽くしてしまうのです」
男は両腕をゆっくりと広げ、まるで神聖な教えでも授けるかのように語り続けた。
「そうした魂の人間を、私——いや、私たち|輪土辺菩《りんどへんぼく》教は|悪魂《ダグラ》と呼ぶ」
「ダグラは、もはや|人間《ヒト》ではありません。愛を忘れ、慈悲を忘れ、祈りを忘れた——魂だけが醜く肥え太った、忌まわしき化け物です」
口調こそ穏やかなままではあるものの、その瞳は子供たち一人ひとりを吸い込むように、ゆっくりとなぞっていた。
「彼らは奪います。笑顔を。命を。家族を。そして、未来までも」
男の声に、少しずつ熱が宿っていく。
「近づいた者の魂を穢し、その穢れは、また新たなダグラを生み出す。そうして憎しみは憎しみを、穢れは穢れの連鎖を生み、この世界は幾度となく滅びと偽りの再生を繰り返してきました」
そこで男は一度言葉を切り、沈黙のまま数秒間、子供たちを見つめ続ける。
「それこそが——|今日《こんにち》まで続く、人類の悪しき歴史なのです」
その言葉を受けて、子供たちの顔から、先ほどまでの無邪気な笑みがゆっくりと消えていく。
「決して|憐《あわ》れんではなりません。決して|赦《ゆる》してはなりません。|悪魂《やつら》は、この世界で最も醜く、最も忌むべき存在なのですから」
その言葉を聞くほどに、子供たちの表情は強張っていった。
自分たちもいつか、得体の知れない化け物へ成り果てるのではないか。そんな恐怖が、幼い胸の内へ少しずつ植え付けられていく。男はその変化を確かめるように見渡すと、満足げに目を細めた。そして再び、慈愛に満ちた微笑みを浮かべる。
「ですが——安心しなさい」
先ほどまでの熱が嘘のように、声が柔らかさを取り戻す。
「愛する|我が子《ブモモ》達が抱える不安も、恐怖も、穢れも。私がすべて取り去ってあげましょう」
子供たちの強張っていた表情が、僅かに和らぐ。
「皆は、選ばれた美しい”善魂《マゴラ》”の持ち主なのです。だからこそ今日、この場所へ招待しました」
男はゆっくりと壇上から手を差し伸べると、目を細め微かに笑みを浮かべた。
「これから少しだけ、お腹が空くかもしれません。眠くなるかもしれません。寂しくて、泣きたくなることもあるでしょう。
ですが、それらはすべて、魂から不純物が剥がれ落ちている証です。怖がる必要などありません。目を閉じ、ただ一心に祈り続けなさい」
子供たちは、さっきまでの恐怖が嘘だったかのように、目を輝かせて男を見つめていた。否、見つめるというより、見惚れていた。その姿はまるで、神託を授かる瞬間を待ち望む敬虔な信徒そのものだった。
「最後まで耐え抜いた|我が子《ブモモ》には、誰よりも清く、誰よりも美しい魂が待っています。同時に、その魂に相応しき者へ——私の唯一無二たる後継者の器を授けましょう」
そして男は、再びゆっくりと両腕を広げた。
「さあ——”|浄化《ジーダパ》”の時間です」
男のその一声を合図に、ぞろぞろと萌葱色の法衣を纏った大人達が現れた。子供たちは抵抗することなく、連れられていく。
その小さな背中に、恐怖はない。
あるのはただ、”選ばれたい”という純粋な願いだけだった。
✳︎ ✳︎ ✳︎
|輪土辺菩《りんどへんぼく》教。
それは、理想郷たる地下都市”ジャンバァラ”への到達を掲げ、世界の統一と人類の救済を説く新興宗教。
——だが、その実態は、歪んだ選民思想を信奉する危険思想カルト集団だった。
そして、その頂点に君臨する男こそ、先ほど壇上で熱弁を振るっていた|鴻《おおとり》|業真《かるま》その人である。
信者たちからは”|現世神《うつしよがみ》”と崇められ、その圧倒的なカリスマ性によって、教団は急速に勢力を拡大していった。
表向きには、新興宗教団体や慈善団体として活動している。
貧困者支援、孤独な若者の保護、終末思想に惹かれる信者の受け皿、家庭に居場所のない人間たちの救済などを掲げ、各地に支部を広げてきた。
しかしその実態は、洗脳や過剰献金、思想教育、集団生活、外部との断絶に至るまで、信者の人生そのものを支配する歪んだ支配構造にある。
構成人数は推定五千から六千人ともいわれているが、信者の中には戸籍上存在していない者、失踪者扱いになっている者、偽名で活動している者も含まれているため、実数はさらに多い可能性があるとされている。
教団内では、|悪魂《ダグラ》を排除する行為を殺人とは呼ばない。ある種の必要な選別とされている。
構成員の中には、戦闘訓練を受けた実行部隊も存在しているとされているが、本当に恐ろしいのは、ごく普通の一般信者である。
普通の主婦。
学生。
会社員。
老人。
子供。
一見すると何の危険もなさそうな人間が、教祖の一言で自らの命すら容易く投げ出す。|輪土辺菩《りんどへんぼく》教の最大の武器は、銃でも刃物でも毒でもない。
人の心そのものを作り替える力である。
だが、唯一の欠点を挙げるのであるとすれば、それは教祖である|業真《かるま》が不治の病を患っていたこと。
余命は僅か半年。それは彼がまだ齢三十六歳の時だった。
理想半ばで自らの死期を悟った彼が求めたのは、己の思想と血脈、そのすべてを受け継ぐ、たった一人の”後継者”だった。
その選別のために行われる儀式こそが——”|浄化《ジーダパ》“である。
儀式の内容は至って単純。
はじめに、子供たちは教団内の隔離部屋へと一人ずつ送られる。
部屋の中は一寸先すら見えない闇。
そこに置かれた椅子へ座り、目を閉じ、ただひたすら心の中で念仏を唱え続ける。
その間、決して椅子から降りてはならない。
それだけ。
たったそれだけ。
ただし、飲まず、食わず、うたた寝でもしてうっかり椅子から落ちてしまえば、そこで後継者の道は閉ざされる。
一度儀式を開始したら、外へ出る方法はただ一つ。
生き残ること。
泣こうが、喚こうが、助けを求めようが、誰も扉を開けることはない。空腹に苛まれようと、渇きに喉を焼かれようと、精神が錯乱しようと、救いの手が差し伸べられることは決してない。
業真にとって必要なのは、自らの後継者となる器が、たった一人見つかればそれで十分なのだから。
そうして、気の遠くなるような時間が流れ、他の|我が子《ブモモ》たちの呼吸が、完全に途絶えた頃。
ただ一人だけ、一度たりとも椅子から降りることなく、静かに目を閉じ、念仏を唱え続けていた少女がいた。
その時間——実に、不眠不休で八日と十六時間。
その少女の名こそが——”|小鳥遊《たかなし》まじゅま”である。
それはまだ、彼女が当時八歳の出来事だった。
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まじゅまの過去がこんなに壮絶だったなんて……! 八歳で不眠不休八日と十六時間の浄化を耐え抜いたっていう描写、もう鳥肌が立ちました。今の強さや執念の根っこがここにあるんだなって。そして現在の「おあいこ」のシーン、まじゅまが最後の力を振り絞ってせんじゅに一撃を入れた瞬間、思わず声が出ました。ミスティの脚が潰される展開も痛々しくて……早く次の話が読みたいです!