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視界いっぱいに広がるのは、見慣れたはずの自分の部屋の天井だった。
ぼんやりとした意識の中、まず感じたのは頭のガンガンとした痛みと、喉の渇き。
……ああ、やってしまった、と瞬時に理解する。
二日酔いだ。
昨夜の記憶は、ひどく曖昧だ。
飲み会で賑やかに笑い合ったことまでは覚えてい
る。
瑞希くんに呼ばれて、仁さんや将暉さんとグラスを傾けていたはずだ。
しかし、それ以降が、まるで霧の中のようにぼやけている。
どうやって家に帰ってきたのだっけ、と昨夜の記憶を遡ってみると
ぼんやりとだが、仁さんと帰ってきたような気はする。
枕元のスマートフォンを探り、時間を確認すると
午前10時。
休日のこんな時間まで寝てしまうなんて、いつぶりだろうか。
(とにかく喉渇いた……なんか飲も)
水を飲むためキッチンへ向かおうとベッドから降りる。
そこで初めて、自分の服装が部屋着ではないことに気づく。
昨夜はバーでいつものメンバーで飲んで…
そうだ
確か昨夜は仁さんに送ってもらって、そのままの格好でソファに寝たんだった。
洗濯力ゴに入れようとしてカーディガンを脱ぐと
不意にウッディ系の香水のような匂いがした。
それは紛れもなく、最近仁さんからよく臭う匂いだった。
◆◇◆◇
それから数時間後の昼時…
俺は再び瑞希くんに呼び出された。
シャワーを浴びて、新しい私服に着替え
嫌な予感がしつつも、指定されたいつものカフェ『ジュウゴド』に向かう。
週末の昼下がりとあって、店内は賑わっていた。
慣れた足取りで奥のテーブル席へ向かうと、そこには瑞希くんと将暉さん
それから仁さんが既に座っていた。
皆が揃っている光景に、胸の嫌な予感は確信に変わる。
特に瑞希くんは、何か企んでいそうなニマニマとした表情を浮かべ
俺を見るなり口角を上げていた。
「ねえ瑞希くん、絶対なにか企んで俺のこと呼んでない……?」
俺は警戒しながら問うた。
「ははっ、鋭いじゃん」
瑞希くんは悪びれる様子もなく笑う。
「てことは昨日俺が酔いつぶれたのも…!これも何か関係あるんじゃ…」
俺の言葉を遮るように、将暉さんが穏やかな声で
「まあまあ座んなって~」と促した。
俺の分の水も頼んでおいてくれたらしく
席についてすぐ運ばれてきたグラスを手に取り
渇きを癒すようにそれを一口飲むと、瑞希くんが満を持したように切り出した。
「ねね、これ見て」
そう言って俺にスマートフォンの画面を向けてく
る。
どうやら録画画面で、瑞希くんが画面を操作して、動画を再生した。
再生されたのは、見覚えのあるバーの光景だった。
「は?え、え?待っ…て、これって……」
自分の声が震えているのが分かった。
「そ、昨日のあんた」
瑞希くんは楽しそうに、しかし冷徹に告げた。
「は!?!?なんで、こんなもん撮ってるの?!」
そこには確かに、酒に酔って呂律が回らないながらも仁さんに不満をぶつける俺の姿が横視点でハッキリと聞こえる音声とともに映し出されていた。
酒の勢いを借りて、普段なら絶対に言えないようなことを捲し立てる自分の姿に全身の血の気が引く。
「いや~、おもしろいのが撮れたな~って」
そう言って瑞希くんがニヤニヤとしながら俺の顔を見る。
その悪意のない無邪気な笑顔が、一層俺を絶望させた。
俺は直ぐに隣に座るさんの方を向いた。
「とりあえず…止めようとはしたんだけど、楓くんがあまりにも酔ってて……な」
気まずそうに頬をかいて苦笑いする仁さんの言葉に、羞恥心で今すぐにでも消え去りたくなった。
「ほんっとうにすみません!記憶から抹消してください!お願いします!」
机に頭が着きそうなぐらい頭を下げてそう言うと
仁さんは極めて落ち着いた声で、しかし少しだけ意地悪な響きを含ませて言った。
「それはいいんだけど、正直昨日はびっくりしたっていうか、俺ともっと仲良くなりたいって思ってくれてんだなって」
その言葉は今の俺にとってあまりにも意地悪で
頭を上げても直視することができず、思わず仁さんから目を逸らした。
するとそんな俺に畳み掛けるように瑞希くんが
動画の
『それにでふよ…飲みだって減りました!…忙しいの分かるけど、仁さんと呑む機会減ってから、なんか寂しいです…っ』
という、最も恥ずかしいであろう部分をピンポイントで再生しだした。
慌ててスマホを奪い取って動画を止めるが、既に手遅れだ。
仁さんはもちろん、将暉さんまでが全てを聞いてしまっただろう。
というか3人には昨日聞かれているのだから、本当に言い逃れようがない状況だった。
穴があったら入りたいとはこのことか。
顔が熱くなり、全身が火照るような感覚に陥る。
「いやもう殺せ!恥ずかしすぎて死にたいんですけど!」
口が周りに回って止まらない。
その暴走を止めたのは仁さんで
俺の肩に手を置き「楓くん一旦落ち着こ」と優しく
しかし確かな声で言った。
「……はい、あの…違うん、ですよ、本当に」
下手くそに誤魔化そうとするが
これ以上誤魔化すわけにもいかなく、俺は観念して口を開いた。
「な、仲良くなりたいのは本当です…俺、仁さんのこと尊敬してて、背中見たときもすごくかっこいいなって……そしたら…仁さんのこともっと知りたくなってしまって…」
言いながら自分でも恥ずかしくなってきてしまい
段々と声が小さくなり、やがて口を噤んでしまった。
瑞希くんと将暉さんが何か微笑ましいものを見るような柔らかい目を向けてくるのが更に恥ずかしさを加速させる。
その視線が、俺の内心を全て見透かしているようで居た堪れない。
そんな二人の態度に耐えきれなくなった俺は
「もうこれ以上は何も喋りません」と消え入るような声で言うと、仁さんは頬杖をついて
「くくっ…やっぱ楓くん、おもしろいわ」
と吹き出すように笑った。
「……なっ、仁さんまで…!」
俺はさらに顔を赤くして仁さんを睨んだ。
「悪い悪い」
そう言いながら仁さんは楽しそうに笑い続けてい
る。
かと思えば、俺の目を見て真剣な眼差しで言ってきた。
「俺のこと教えるからさ、俺にも楓くんのこと、教えて。辛いもんの中じゃ何が一番好きとかさ」
その言葉は、俺の予想とは全く違う方向からの
しかしとても嬉しい提案だった。
「え……はい!」
思わず返事をしてしまうと、仁さんは少し意地悪そうに笑って言った。
「じゃ、来週どっか出かけるか」
そんな嬉しい提案に、恥ずかしさも忘れ
思わず勢いよく頷いてしまった。
その俺の素直な反応を見て、仁さんはまたクスクスと笑う。
「ははっ、分かりやす」
そう笑った仁さんにつられて俺も笑い出す。
このちょっと変わった距離感が俺には合っているのかもしれないと、そう思った。
仁さんの隣にいると、不思議と心が落ち着く。
そんなとき、将暉さんが
「じゃあさ、せっかくだし4人で箱根でも行く?」
と、唐突に提案する。
その一言に、場の空気が一気に明るくなった。
「え!なにそれ楽しそう!」
瑞希くんは目を輝かせて、即座に将暉さんの提案に食いついた。
それに続いて俺も声を上げた。
「いいですね箱根…!みんなで行きたいです…!」
酔って本音をぶちまけた気まずさもどこかへ吹き飛び、純粋な好奇心が湧き上がってくる。
そんな俺らの盛り上がりを見て、仁さんが首を傾げて言う。
「いいけどいつ行くよ?」
将暉さんはすかさずスマホを取り出してスケジュールアプリを開きながら
「クリスマスはどっちも瑞希と予定あるしー、それ過ぎて長期休み入ってからかな、9連休中に2泊3日にすんのどう?」
と具体案を出した。
その提案に満場一致となり、すぐに行き先や交通手段、おおよその日程を決めていく。
それからというもの、俺達はすっかり箱根旅行の話で持ちきりになり
カフェで会えば「箱根の温泉、どこがいいかな」
「あのロープウェイは乗るべきだろ」と話し
飲みの予定を立てれば
「やっぱ部屋でも飲み明かしたいよなぁ」
「酔いつぶれたあんたの面白い動画、また撮れるか
も」
なんて瑞希くんが冗談を飛ばし、俺が断固拒否し、仁さんたちが笑う日々が続いた。
◆◇◆◇
12月14日の昼下がり
あと11日もすればクリスマスがやってくる。
といっても、パートナーがいるわけでもないし、わざわざ一人でイルミネーションを見に行く予定もない。
家で適にごろごろしながら貯めてるドラマでも見ようかな、なんて考えていたときだ
突然スマートフォンが震えた。
画面に表示されたのは、2件のLINEのメッセージ通知
どちらも別々のもので、ひとつは朔久から。
【楓、25日空いてる?六本木でイルミ見ながらデートしない?返信待ってるね】
仁さんからのLINEメッセージは
【25日空いてたらさ、うちでクリスマスっぽいことでもしないか?】
というもので。
そのメッセージを読んだ瞬間、心臓が大きく跳ねた。
仁さんからの誘いは久しぶりで、俺は朔久には申し訳なく思いながらも
【その日は友達とクリパするからごめん!】と返信した。
俺は仁さんのトーク画面に飛ぶと、迷わず
【空いてます!行きます!】と二つ返事で了承のLINEを送った。
その日のうちには、仁さんの部屋に飛んでいき
仁さんがこの日のためにわざわざインストールしたというローソンアプリを開いた。
「直火焼ローストビーフ」
「熟成生地のマルゲリータピザ」
「サンドイッチパーティーセット」
クリスマスにぴったりの豪華なラインナップを、二人で顔を寄せ合って予約した。
なんだか、それだけで特別なクリスマスの予感がした。
◆◇◆◇
そして、迎えたクリスマス当日。
午前11時頃、予約していたものを受け取るために仁さんと連れ立ってローソンへ向かった。
朝の澄んだ空気は冷たいけれど、仁さんが隣にいるだけで、足取りはなぜか軽い。
店に入ると、すでにクリスマスムード満点で、温かい雰囲気で満ちていた。