テラーノベル
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店員さんに予約番号を伝え、ずらりと並んだ豪華なチキンやローストビーフの包みを受け取る。
「せっかくだし、酒も買っちゃうか」
仁さんが、棚に並んだお酒に目をやりながらぽつりと言う。
「賛成です!俺、あれ買いたいです!」
そう言って俺が手に取ったのは、クリスマスデザインの紙皿と紙コップだった。
赤と緑を基調とした、いかにもクリスマスらしい
柄。
それをカゴに入れようとすると、仁さんが
「それいる?どうせ1日だけなのに」
なんてややトゲのある言い方で返してくる。
「仁さんって消極的なとこありますよねー」
ジト目をしてそう言って、カゴから戻そうとしたその時だった。
仁さんの大きな手が、俺の手首を優しく掴んだ。
「別に買わないって言ってないだろ」
ふっと笑って、仁さんは紙皿と紙コップをカゴに入れてくれた。
その瞬間、なぜか分からないが心臓が跳ねた。
こういう、何気ない優しさに、いつも不意打ちを食らう。
お会計に向かいながら、俺はふと呟いた。
「せっかくだし、なにかローソンスイーツも食べたいですね」
ショーケースを覗き込むと、華やかなクリスマスケーキが並んでいる。
その中で、ひときわ目を引く赤と白のケーキ
ノエルルージュを取ってカゴに入れる。
「仁さんもなんかもうひとつスイーツ買いません?」
仁さんに問いかけると、仁さんは
「…なんか甘いの以外が良いんだけどな」
と言いながら、別のスイーツに手を伸ばした。
仁さんが選んだのは、大人っぽい雰囲気の抹茶ティラミス
甘いものが苦手な仁さんでも、抹茶なら食べられるのかもしれない。
それぞれの好みがはっきりと分かれるのも、なんだか俺たちらしいな、と思った。
両手に沢山の荷物を抱え、仁さんと並んでローソンを出る。
袋はずっしりと重い。
すると仁さんが
「崩れやすいもんは俺が持つから、楓くんこっち持ちな」
なんて言って、さりげなく比較的安全で軽いローソンスイーツが入った袋とピザやケーキが入っている袋を交換してくれて
「……いつになく優しい」と、思わず言葉を漏らすと「楓くんドジっぽいし」なんて鼻で笑われて。
「ひど?!」と言いながらローソンの袋を提げて仁さんと並んで歩く道。
鼻先が赤くなるほど寒いけれど、仁さんが隣にいるだけで
それすら楽しいって思うなんて、なんか変だなって思った。
まるで、子供の頃の遠足みたいに、俺の心は浮ついていた。
「っ、わ!」
不意に、足元が思いっきり滑った。
昨日降った雪がまだ残っていたのか
そこに新しく積もった雪が、俺の足の裏にひんやりとまとわりつく。
バランスを崩して、雪の上にすってんと転んでしまった。
尻もちをついた衝撃と雪の冷たさに、思わず声が出た。
冷たい、って言うよりも先に自分で笑ってしまった。
くく、と喉が鳴って、情けないくらい笑いがこみ上げる。
「うっわ、つめた……」
まさかクリスマス当日に雪に転ぶとは。
「もう、なにやってんのさ…」
「だ、大丈夫です!ピザとスイーツは死守したの
で!」
「…ふっ……ほら、手」
仁さんが、呆れたような声で、でも当たり前みたいに手を差し伸べてくれる。
ちょっと呆れたみたいな声だったけど、顔を見たら、ふはって優しく笑ってて。
その大きな、温かい手を取って立ち上がると
「やっぱドジだな」
文面で見たらムカついて口を尖らせそうなのに
その表情はまるで陽だまりみたいにあったかくて、冷え切った体まで温まった気がした。
アパートへ向かう道は、相変わらず寒い。
ローソンからの帰り道は、日差しが差し込んでいるとはいえ、容赦なく冬の冷気が肌を刺す。
思わず「へくしゅん!」と大きなクシャミが出てしまう。
鼻先がジンジンと痛む。
「冬に入ったばっかだってのに寒いですね…」
白い息を吐きながら、自然と口から出た言葉だった。
今の俺の格好は
黒いタートルネックのニットの上に、白いケーブルニットのカーディガン
そして下半身には黒のジーンズ
ニットの色と合わせた白いスノーブーツを履いた
秋にも近い格好だった。
「さっき転んだし、尚更寒そ」
「も、もうそれは忘れてください!」
すぐそこのコンビニに行くだけだからといって甘く見たのが行けなかったか
凍えるような寒さに、思わず肩をすくめた。
すると、仁さんが何も言わずに、ふと立ち止まる。
何かと思っていると、仁さんが着ていたコートをその場で脱いで
そっと俺の方に回し、肩からかけてくれた。
その温かさに、体が包まれる。
「えっ…仁さんのほうが寒くなっちゃいますよ!」
予想外の行動に、慌ててそう言うと
仁さんは少しだけ首を傾け、さらりと返す。
「俺は平気、もうすぐ着くし着ときな」
その声は低くて、いつもの仁さんらしい落ち着いたトーンだった。
言葉だけ聞けば、ただの気遣いかもしれない。
でも、その優しい仕草と、俺の体温を気遣う眼差しは、全然いつも通りじゃない気がした。
仁さんの大きなコートが俺の体をすっぽりと覆い
彼の残り香がふわりと鼻をくすぐる。
(この匂い…仁さんの匂いって、やっぱりなんだか落ち着く……)
そう思うのと同時に
仁さんのコートの温かさが、肌を通してじんわりと心に染み渡っていくようだった。
まるで、彼自身が俺を温めてくれているみたいで、自然と頬が緩んでいた。
仁さんの部屋に着くと、もうお昼の12時を過ぎていた。
テーブルには、ローソンで買ってきたローストビーフやピザ、サンドイッチが所狭しと並べられている。
ケーキは夜に食べようということで冷蔵庫に入れてもらった。
食欲をそそる香りが部屋いっぱいに広がり、思わず喉が鳴った。
「暇つぶし用に映画借りといたからなんか見よ」
仁さんが、そう言って取り出したのは、一枚のDVDだった。
2013年公開の『すべては君に逢えたから』
東京駅開業100周年を記念して作られた作品で、玉木宏さんや木村文乃さん、本田翼さんなど
人気俳優・女優が出演していることでも話題になった映画だ。
クリスマスの東京駅を舞台に、男女10人による6つの物語がオムニバス形式で展開する。
恋愛はもちろんのこと、家族愛や友情など
人とのつながりや愛を感じられる作品だと、仁さんが教えてくれた。
俺たちはソファに並んで座り、映画を流した。
画面いっぱいに広がる東京駅のイルミネーションに目を奪われていると、仁さんがコンビニの袋からスイーツを取り出した。
俺はノエルルージュを、仁さんは抹茶ティラミスを手に取る。
甘酸っぱいベリーの香りが漂うノエルルージュを付属のフォークで一口掬って食べると
口の中に広がる甘さが幸せで、思わず頬が緩む。
映画を見ながら、笑ったり、しーんとしたり
普段の生活では味わえないような、特別で温かい時間が流れていく。
映画の途中、遠距離恋愛中のカップルが、すれ違いながらも再会するシーンが映し出された。
クリスマスの夜にやっと会える約束だったのに
列車が遅れたり、電話がつながらなかったりして
ギリギリですれ違いそうになる。
画面の中の二人は、焦燥感と絶望に満ちた表情で、お互いを求め合う。
俺も思わず、画面に釘付けになった。
でも最後は、駅のホームで奇跡的に再会を果たし
「やっぱり会えてよかった」と抱き合う。
そのシーンを見た瞬間、胸の奥がじんわりと温かくなった。
「……なんかこういうの、ちゃんと会って伝えるの、すごく素敵だと思います」
ぽつりとつぶやくと、仁さんは、黙って俺の横顔を見つめてから、低く言った。
「…会いたいって思う人がいるって、幸せなことなんだろうな」
仁さんの言葉が、じんわりと心に染み渡る。
その声には、優しさと、どこか深い感情が込められているように感じた。
会いたい、と思う人がいる。
その気持ちは、確かにとても温かい。
「なんか、恋って複雑で不思議ですね」
俺がそう言うと、仁さんが「不思議?」と聞き返してきた。
「はい……だって、さっきまで喧嘩してたり、すれ違ってたりしたのに、たったひと言で……会えてよかったってだけで、なんか全部、報われちゃうみたいで」
まるで魔法みたいだ。
恋の力って、こんなにも強いものなのだろうか。
映画が終わると、仁さんが
「まだ時間あるしもう一本ぐらい見よっか」と言い出した。
次に選んだのは、『Before Sunrise』という映画だった。
見慣れないヨーロッパの街並みが映し出され、男女の会話劇が続く。
映画の中、セリーヌが
「Could you just gothrough the motions?」と問いかける場面があった。
その問いかけが、なぜか俺の心に深く響いた。
ぽつり、静かに笑いながら
「恋って、いいですね……相手のことを、どんどん知りたくなっちゃう感情って…すごいな、って」
テレビの光が俺の横顔を淡く照らす。
仁さんが選んだ抹茶ティラミスの甘さが、心にじんわりと染みていく。
俺の言葉に、仁さんは少し間を置いてから、低い声で応えた。
「……まあ、相手のこと知りたいと思ったら恋だって言うしな」
そう言いながら、映画のシーンを追いかけるかのように画面を見ていた仁さんの視線がすぐに横にいる俺へ戻る。
その視線に、俺は小さく息を呑んだ。
「……え、じゃあ俺が仁さんのこともっと知りたいって思うのも、恋なんですかね…?」
フォークを止めて、仁さんの方に顔を向ける。
会話の余韻に照れてか、俺の顔が少し赤くなるのが自分でも分かった。
「いや、そうとは限んないんじゃない?…楓くんの知りたいは友達として仲良くなりたいってだけ
でしょ」
仁さんの言葉に「なるほど…」と思いつつも、俺の心には別の疑問が湧き上がってきた。
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