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2か月後。
俺、良歌、アリスは魔法騎士学園の入学式を終え、広大な学園内を散策していた。
外に面した廊下には、他にも多くの生徒がいるけれど、みんな言動が観光者のようだ。
きっと、俺らと同じ1年生なのだろう。
魔法騎士学園の新入生は500人以上らしいので、入学式で見た顔かどうかなんて覚えていられない。
廊下の掛け時計を見上げて、アリスが振り返った。
「えーっと、お昼まではまだ時間があるね。ふたりとも、どこか見ておきたい場所はある?」
「図書館」
即答する俺に、アリスは頷いた。
「リョウジならそう言うと思ったよ。リョウカもそれでいい?」
「はい、私も兄さんと一緒に蘇生魔法がどこまで研究されているのか興味ありますから」
「わかった。じゃあついてきて。そう言うと思って正門の地図で調べておいたから」
「秘書並に気が利くな」
「兄さん失礼ですよ。私たちの雇い主なんですから」
「おっと悪い」
「ふふ、気にしなくていいよ。それに雇い主はお父さんで私はその子供なんだから。かしこまることはないよ。さ、行こ」
この腰の低さが他の貴族からあなどられる原因なのだろう。
だけど、俺には優しくて他人を気遣える女の子にしか思えなくて、好感が持てる。
いつものように、アリスが主人で良かったと感じながら、彼女の背中を追いかけた。
◆
「「おぉ」」
図書館へ着くと、思わず感嘆の声が漏れた。
そこは市立図書館なんて比較にもならない、昔テレビで目にしたヨーロッパで数百年の歴史を持つ図書館のような構造だった。
5階建ての吹き抜け構造で、どの階層も人の倍はある本棚でぐるりと壁を覆っている。
まるで本の渦潮に呑み込まれてしまった錯覚さえ覚えた。
――ていうかあんな高い場所の本どうやって取るんだよ。
俺の疑問に答えるように、眼鏡をかけた男子生徒が木製の脚立を持ってきて天井近くの本を手に取った。
よく見れば、あちこちに脚立が立っている。
「いちいち脚立がないと取れないなんて不便ですね」
「同感。けどこっから蘇生魔法の資料を探さないとな。えーっと司書さんは」
俺が周囲を見渡すと、気取った声が割り込んできた。
「おやおや、こんなところに迷子かな?」
声のした方へ視線を投げると、そこには金髪碧眼に美貌を湛えた男子が嫌味な笑みを浮かべていた。
左右にはべらせた取り巻き然とした連中も、同様の表情でこちらを眺めてくる。
俺が眉をひそめる間に、男子はみるみる近づいてきて、アリスのパーソナルスペースに土足で踏み込んできた。
男子の視線がアリスの胸元に落ちる。
「ふん、F組か。それに社交界で見ない顔だ。君、下級貴族だろ?」
同じようにアリスの視線も男子の胸元、より正確には胸元のクラスバッジに落ちてから、アリスは表情を変えた。
「A組ッ! すす、すいませんでしたぁ!」
何も悪いことをしていないのに、まるでアリスは視界に入ったことそのものが罪であるかのように3歩下がって頭を下げた。
俺は頭こそ下げないものの、入宮とのこともあるので反論もしなかった。
良歌もわかっているらしく、俺の隣で可愛い置物になっていた。
――どうやらクラスは貴族の階級で決まっているらしいな。となるとA組のこいつは公爵家か侯爵家ってところか。
「図書館は高度な英知の集積所だ。そんな神聖な場所に、下級貴族と地球人が、まさか本を読みに来たわけじゃないだろう?」
「そうそう。学生寮は向こうだぜ」
「道が分からなかったら守衛に聞けば優しく教えてくれるぜ」
「それじゃ悪いわ。どうせ守衛のいる場所もわからないでしょ」
「言えてるぅ」
取り巻きたちも一緒になって馬鹿にしてくる。
その態度に苛立ちながらも俺が出直そうと考えていると、アリスは恐る恐る口を開いた。
「いえ、あの、魔法の資料を探しに……」
――アリス……。
この場は上級貴族様の言うことをきいたほうがいいだろうに。アリスはあくまでも、俺らの意志を尊重してくれるらしい。
まだ会って2か月の俺らの為に、怖くても我慢する。
他人を思いやれるこの美徳は、天性のものだろう。
地球の学校にもアリスのような子が欲しかったと、常々思う。
「はっ、下級貴族と地球人の素人が背伸びするなよ。地球人は家でママと一緒に絵本でも読んでいたまえ」
続けて、男子は声を尖らせた。
「おいそこの司書」
「は、はい、私でしょうか?」
子ども相手、けれど上級貴族であろう生徒からのぶしつけな態度に、若い女性司書は背筋を伸ばした。
「こいつらには資料を貸し出すことを禁止する。魔法のない地球から来た素人に読ませても無駄だからね。そのせいで僕らが返却待ちをするなんて国家の損失じゃないか」
「そ、それは……」
司書さんは困惑し、言い淀んだ。
「僕はスカーレッド公爵家嫡男、ウィナー・スカーレッドだ。まさか嫌とは言わないだろ?」
高圧的に司書さんへ言い寄ってから、ウィナーはすぐに踵を返してきた。
「まっ、どうしてもって言うなら、僕と決闘して勝つことだね」
――ん?
「とは言っても下級貴族の君に勝ち目なんてないだろうし、従者の地球人を代理人にすることを認めるよ。じゃあ1時間後、校庭に来たまえ、逃げたら、わかるだろ?」
そこまで言うと、男子は司書さんを無視して図書館から出て行った。
取り巻きも口々に汚い捨て台詞を吐き捨てて、後に続いた。
「兄さん。あの陰険タカビー野郎を無視して本を読んじゃ駄目ですか?」
「たぶんそれをすると司書さんとアリスが困るんじゃないか?」
二人を一瞥してから、俺は青ざめるアリスに謝った。
「俺らのせいで悪かったな。入学早々こんなことになって」
「う、ううん、いいの。慣れているから」
「……慣れちゃ駄目だ」
いじらしい態度のアリスを優しくたしなめる。
「俺は馬鹿だからうまく言えないけど、嫌なことに慣れちゃ駄目なんだと思う」
「……」
アリスがよくわからないという風にまばたきをしたので、俺はほおをかいてから話題を変えた。
「それよりもアリス、ちょっと聞きたいんだけど」
「?」
◆
図書館を出た俺らは、時間を潰すために中庭のベンチに座っていた。
「ウィナーって奴、なんかおかしかったよな?」
5分前の出来事を思い出しながら、俺は右隣に座るアリスに疑問を投げかけた。
「俺らに資料を貸さないよう言っておきながら、司書さんの返事を待たずにすぐ決闘なんて言い出して、図書館出て行って、まるで最初から決闘するのが目的だったみたいに」
「あ、それ私もおかしいと思っていました。下級貴族なんて学園中にいるはずですし、その度にあんなことしていたら忙しすぎですよ」
左隣に座る良歌の同意を受けて、俺は頷いた。
「だよな。となると狙いは最初から俺ら地球人ってことになる。でも俺とあいつは初対面だし、この世界は召喚魔法なんて誘拐まがいのことをしてまで地球人を欲しているんだろ?」
むしろ、アリスに決闘をしかけて、「勝ったらお前の地球人をよこせ」ぐらい言ってもいいはずだ。
すると、アリスは酷く申し訳なさそうな顔で、ためらいがちに唇を開いた。
「あの、実はね、この世界の人たちって地球人コンプレックスのある人が少なくないの」
その言葉で、俺はピンと来た。
「魔法適性が高いからか?」
アリスは首を縦に揺らした。
「地球人はみんな魔法の天才。だから戦力強化のために雇いたい。でも、異世界の人が英雄になるのは面白くないし、子供の頃から魔法の練習をしてきた人たちは面白くないみたいなの……」
――ようするに日本スポーツ界の外国人選手みたいなものか……。
戦力強化のために体格のいい外国人選手を雇う一方で、スポーツファンの中には外国人起用に難色を示す人もいる。
「きっと、ウィナーはみんなの前でリョウジを負かして地球人の評判を落としたいんだと思う」
「うわぁ、ガキくせぇ……」
「……ごめんね、こんな世界で」
「いやいやいや、アリスが謝ることはないだろ? それに、気持ちはちょっとわかるよ。最近魔法を始めた奴が、幼い頃から努力してきた自分たちをあっさり追い抜いていくんだ。そりゃ、やっかみたくもなるさ」
「だからって、あの態度はないと思いますけどねッ」
「だな」
ご立腹の良歌に同意して、俺は立ち上がった。
「ムカつくのは仕方ない。けどそれで当たっていいわけじゃない。あのお坊ちゃまには悪いけど、何が何でも勝たせてもらうぜ」
現状、図書館は良歌を生き返らせることができる唯一の希望だ。
それを、ボンボンの道楽で邪魔されるわけにはいかない。
「でも、ウィナーは公爵家の嫡男だよ? いくら地球人でもケガしちゃうよ」
どうやら、爵位の高い貴族程、魔法も強いらしい。
この世界は魔法の腕前=武力で、文明レベルが地球の中世レベル。
なら、魔法の巧い奴が出世したり、上級貴族と婚姻するのだろう。納得だ。
心底心配そうなアリスを安心させるように、俺は歯を見せて笑った。
「心配するなよ。俺だってこの2か月間、魔法の練習はしてきたんだ。それに、在学中ずっと図書館使用禁止はアリスだって困るだろ?」
「それは……」
「なら任せとけ、アリスの従者は雑魚いなんて思わせねぇよ」
俺はこの世界に来て初めての真剣勝負に意気込みながら、一歩踏み出した。
◆
校庭に足を運ぶと、大勢の生徒たちで人垣ができていた。
その誰もが俺らに冷ややかな、あるいは妬みや侮蔑の眼差しを向けてくる。
中には、露骨にブーイングを飛ばしてくる生徒までいた。
地球人っていうだけでえらい嫌われようだ。
――地球人を従者にしているのはアリスだけじゃないだろ。
実際、入学式から日本時代の同期やクラスメイトの顔を見た。
ただし、みんなA組やB組だった。
きっと、アリスが下級貴族だからこそ、堂々と差別できるのだろう。
「凄いひとだかりですね。何で1時間も間を開けるのかと思いましたけど、この人たちを集めるためだったんですね」
「みたいだな」
「あわわ……」
臆病なアリスはすっかり萎縮して、俺の背中に隠れてしまった。
入学早々こんなトラブルに巻き込んでしまい、本当に申し訳ない。
「ふっ、思ったより早かったね。逃げないまでも、怖くて遅刻するかと思ったのに」
人垣で囲まれた円の中央には、さっきの金髪碧眼の高飛車男子、ウィナー・スカーレッドが気取った佇まいで待っていた。
「そりゃあ俺が勝たないとご主人様が宿題で困るからな」
「身分制度のない地球から来たくせに忠誠心の厚いことだね。ここであらためて自己紹介といこうか。僕は四大貴族スカーレッド公爵家嫡男、ウィナー・スカーレッド! 魔力強度4000の赤き紅蓮の火炎使いさ!」
「どうだ、ウィナーさんは凄いだろ?」
「中規模国家のトップランカー級の魔力強度なんだぞ」
「お前ら地球人は1000以上が当たり前らしいけど、まっ、これが格の違いってやつさ」
「ふふ、まぁね。それで、魔法の天才ぞろいと名高い地球人の君の適性はなにかな?」
両手を広げるやその手に炎を生み出し、パフォーマンスをするウィナーに俺は一言。
「火炎系統と烈風系統だよ」
途端に、ウィナーの表情が変わった。
「二心の冒涜者……あ~、父上から聞いているよ。今年のドラフトオークションで冒涜者と死霊使いを最安値で買った貴族がいるって。そうか、あれはカンパネラ家だったか。まっ、下級貴族が地球人を抱えようと思ったらそれしかないだろうねぇ?」
ウィナーの獰猛な視線に射抜かれて、アリスは良歌の背中に隠れた。
そんな彼女を守るように、良歌は腕を広げてディフェンスポーズを取る。
「しかも、よりにもよって火炎と烈風なんて、僕の下位互換じゃないか。これは勝負は決まったかな。いや、それは最初からか」
得意満面のウィナーに、俺はやや苛立つ。
「烈風を使えるだけ、俺の方が引き出しは多いぞ?」
「冒涜者にありがちな、そして陥りがちな妄想だね。じゃあ君に、そしてこの場にいる全員に実戦形式で教えてあげるよ。適性は複数よりも単独のほうが強いってことをね!」
叫ぶや否や、ウィナーはゴングも無しに右手を突き出すと、目の前に空間に光の魔法陣が閃いた。
魔法陣の中央に火の粉が生じて、それは一瞬で直系1メートルほどの火球に成長した。
火球は放たれた矢のように加速、真っ直ぐ俺目掛けて襲い掛かって来る。
それを、俺は紙一重のサイドステップで避けた。
空気越しでも頬を炙り、肌にジリジリとした熱を感じた。
「思ったより機敏だね。流石は地球人。避けるし防ぐもんだ。魔力強度はいくつだい?」
「3900、ほとんど互角だな」
ジョセフさん曰く、身体能力は全身に流す魔力に比例する。
今の俺は地球人特有の魔力強度で反射神経、動体視力、瞬発力を数倍に引き上げていた。
「それはますますちょうどいい。同じ魔力強度で同じ炎使い。だけど、僕のほうが強い!」
続けて、ウィナーの魔法陣からは直系10センチ程度の火球がマシンガンのように、それも広く拡散しながら放たれた。
どうせ避けられないならと、俺も右手をかさして目の前に烈風を吹かせた。
――面制圧は派手だけど、当たるのは結局俺の前にある数個だけだ。
射線上に俺をとらえる小さな火球群は俺の魔法で軌道が逸れた。
逸らしきれなかった3発の火球がかすめて髪を焦がす。
「ははは、余裕がないね地球人。引き出しが多い? 君なんてただ火や風を起こすだけじゃないか? 中途半端な器用貧乏に、こんなマネができるかい?」
ウィナーが地面に炎を吹き付けると、炎は5筋に枝分かれして、蛇の姿になって素早く地を這い進んだ。
「そして」
続けて魔法陣を空に向けて巨大な炎を噴き上げると、鳥の姿を取った。燃え盛る姿はまるで鳳凰だ。
5匹の蛇が地面から、1羽の怪鳥が空から同時に迫り、生徒たちは歓声を上げた。
アリスは固唾をのみ、その隣で良歌は勝利のガッツポーズを取った。
俺も、ニヤリと笑って両手にそれぞれ魔法陣を展開した。
左手から地面に放った烈風を推進力に、俺は空高く舞い上がった。
目標を見失った5匹の蛇は俺の立っていた場所でとぐろ巻いてかき消えた。
「なっ!?」
「あとは単純な力勝負だ」
左手から烈風を出し続けながら、俺は右手の魔法陣で怪鳥の右翼をロックオン、最大出力で炎をブチ込んでやる。
すると、片翼を失った怪鳥は軌道を逸れて墜落した。
アリスとギャラリーの生徒たちは目玉が落ちそうなくらいまぶたを開いて、良歌はキメ顔を作っていた。
俺は着地と同時に目の上に二本指をかざしてチッスと挨拶。
「逸らしやすい形の炎でご苦労さん」
「同時に、ふたつの魔法を使った?」
ウィナーはぽかんと口を開けて固まっていた。