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年越しの瞬間が近づくにつれ、横浜の夜は妙に静まり返っていた。港に近いビルの屋上、冷たい風の中で中原中也は煙草をくわえ、夜空を睨んでいた。
「寒っ……なんで正月早々、こんなとこ呼び出されなきゃなンねぇンだ…」
「だって中也、初日の出は高いところから見るのが普通でしょ?」
背後から、聞き慣れた軽い声。
振り返らずとも分かる。
包帯を巻いた長身の男――太宰治だ。
「どうせ高いところなら心中しやすいとか考えてンだろ。」
「厭だな〜そんなこと考えていないさ。私は純粋に新年の風情を味わおうとしているのだよ。」
中也は鼻で笑い、煙を吐いた。
太宰が“純粋”なんて言葉を使うときは、大抵裏がある。だが今夜は、妙におとなしかった。
時計が零時を告げる。
遠くで除夜の鐘が微かに響き、街のあちこちから小さな歓声が上がった。
「あーあ、今年も美女と心中出来ずに終わっちゃったか〜」
太宰はフェンスにもたれ、空を見上げる。
「中也、今年の抱負とかある?」
「はァ? 急に何言ってやがる」
「普通、新年には言うものでしょ」
「……生き延びる。それだけで十分だ」
短く吐き捨てるように言った中也に、太宰は一瞬だけ目を細めた。
「相変わらず現実的だね。私はねぇ――」
わざと間を置いて、太宰は笑う。
「中也が今年も元気に怒鳴ってくれれば、それでいいかな」
「ぶっ殺すぞ」
即座に返す中也。しかし、その声にはどこか棘がなかった。
東の空が、ほんのりと白み始める。
雲の切れ間から差し込む光に、中也は無意識に息を呑んだ。
「…やっぱ太宰、お前を殺すに変える。」
「ふっ、相変わらずだね、君は。」
太宰は満足そうに頷いた。
「こうして見るとさ、世界も捨てたもんじゃないね」
「お前が言うな」
「でも、中也が隣にいると、悪い一年になりそうだ」
中也は即座に太宰に蹴りを入れる。
太宰は判っていたかのように中也の蹴りを避ける。
「去年も言っただろう?君の攻撃は間合いも呼吸も把握済みだ。」
「調子乗ンなよ、自殺願望。悪い一年になりそうなのは俺のセリフだ。」
「はいはい、お互い様だね〜」
初日の出が完全に姿を現す。
二人の影が長く伸び、同じ方向へと並んだ。
今年もきっと、喧嘩して、ぶつかって、それでも背中を預け合う。
そんな一年の始まりを、太宰と中也は言葉少なに迎えていた。