初めて足を踏み入れた広いキッチンで、卵を混ぜるボウルとパンを浸すためのバットを探して、棚の開き戸を開けたり閉めたりしていた。
ようやく棚の上の方にステンレス製のバットが重ねて置かれているのを見つけて、手を伸ばしてみるけれど、あいにくちょっと背の低い私には届かなかった。
──と、傍らからスッと手が差し伸ばされて、「これかい?」と、彼がバットを取ってくれた。
「ハイ、ありがとうございます!」
ああ、こんな風に高いところの物を取ってもらうのって、まるで旦那さんみたいで、それだけでときめいちゃうっていうか……。
(うわぁ〜、旦那さんだなんて)
自分の思い描いたことに一人で赤くなっていると、「うん、どうかしたのか?」と、彼が不思議そうに首を傾げた。
「い、いえ、なんにも! じゃ、じゃあ、さっそく卵をかき混ぜていきましょうか!」
照れ隠しに早口で喋って、出したボウルに卵を二っつ割り入れると、彼が取っ手付きビーカーで計ったミルクを跳ねないようゆっくりと中へ注いだ。
「お砂糖はどれくらい入れますか?」
「少し多めに入れて、甘くしようか? 私たちみたいに」
ああもう、私たちみたいにだなんて、そんなこと言われたら、ますます顔が火照ってきそうで──。気を取り直すつもりで、赤くなる頬をパンッと両手で叩いて、
「それじゃあ私はパンを切るので、蓮水さんは卵液を混ぜてもらえますか?」
と、お砂糖を多めに加えたボウルを差し出した。
「ああ」と彼が頷き、泡立て器でシャカシャカと小気味いい音を立てて、卵とミルクを混ぜていく。
その手際の良さに、男の人が料理をする姿って本当に格好いいなと、さっき高いところの物を取ってくれた時と同じように、またしても見とれてしまう。
「何を見ているんだい?」
「あっ、いえ、別に……」
度々見とれていただなんて言えるわけもなく、思わず口ごもるも、
「そうか、私を見ていたのか。確かさっきも見ていただろう?」
既にすっかりお見通しだったようで、彼が口角を緩やかに引き上げて微笑んだ。
「そ、そんなこと……ありますけど」
核心を突かれて、耳まで真っ赤になってうつむくと、
「私も、可愛さに見とれてるよ。鈴の」
片手でふわりと髪が撫でられて、熱っぽい耳元に甘ったるく囁きかけられた……。