テラーノベル
アプリでサクサク楽しめる
朝の教室はいつもと同じようにざわめいていた。
だが、水瀬みなみにとってその騒がしさは重くのしかかり、彼女の心をさらに押し潰していくようだった。
春の柔らかな陽射しが窓から差し込んでいるが、みなみの心の中はまだ暗く冷たいままだった。
教室の隅に座るみなみは、まわりからの冷たい視線を感じながらも無表情で弁当を開けた。
今日も一人で食べるのだと思うと胸が苦しくなる。
周囲のささやき声は、まるで自分を攻撃するかのように鋭く響く。
「また一人か」
「変わり者」
「気味が悪い」
そうした言葉が、彼女の耳に届くたびに胸は痛み、涙がこみ上げそうになる。
けれど、彼女は涙を飲み込み、目を伏せて震える手で弁当をつついた。
そんな時、背後から静かな足音が聞こえた。
みなみはゆっくりと顔を上げる。そこには、転校生の齋藤仁が立っていた。
彼の目はいつも冷静で無表情だが、その時はほんの少しだけ優しさを帯びていた。
「一緒に食べないか?」
その声は、みなみの心に届く一筋の光だった。彼女は戸惑いながらも、小さくうなずいた。
二人は教室の隅の席に並んで座った。
周囲のざわめきや冷たい視線は続いていたが、仁の存在がみなみに少しだけ勇気を与えていた。
「ありがとう……」
みなみの声は震えていたが、その言葉に仁はゆっくりと頷いた。
食事の間、みなみは仁の静かな強さに少しずつ心を開いていった。
彼はほとんど話さなかったが、その沈黙が逆に安心感を生み出していた。
放課後、約束通り二人は図書室に向かった。
薄暗く静かなその空間は、学校の喧騒を忘れさせてくれた。
みなみは本棚の間を歩きながら、ここなら自分の居場所があるのかもしれないと感じた。
「本は好きか?」と仁が尋ねた。
みなみは少し恥ずかしそうに答えた。
「うん。ここにいると嫌なことを忘れられる」
仁は一冊の本を手に取った。
「俺も、こういう場所は嫌いじゃない」
二人は言葉少なに本を読み始めた。時間がゆっくりと流れ、静寂が心地よかった。
帰り道、二人は並んで歩いた。みなみはまだ不安だった。
過去の虐待やいじめの傷は深く、簡単には癒えない。
しかし、仁の存在は彼女の心に確かな支えとなっていた。
「仁くんがいてくれるなら、もう少しだけ頑張ってみよう」
その言葉がみなみの胸に強く根付いていった。
翌日、朝の教室は相変わらずの騒がしさだった。
だが、みなみの心には少しだけ変化があった。
昨日、仁が自分の味方になってくれたあの瞬間が、胸の中で温かい記憶として残っていた。
登校すると、いつものように冷たい視線が向けられる。しかしみなみは、少しだけ強くなった自分を感じていた。
昼休み、教室の隅でいつものように弁当を食べていると、仁がそっと隣に座った。
彼は無言で自分の弁当を開き、静かな時間が流れた。
「昨日はありがとう」と、みなみが小さく呟く。
仁は無言で頷き、その瞳は真剣だった。
その日の放課後、二人はまた図書室へ向かった。
窓から差し込む夕暮れの光が柔らかく、図書室の静けさと相まってみなみの心は落ち着いた。
本棚の前で仁がぽつりと話し始める。
「昔、俺も孤独だった。誰にも心を開けなかった」
みなみは驚きながらも、じっと彼の言葉に耳を傾けた。
「だからこそ、お前の気持ちがわかるんだ。だから……」
言葉はそこで途切れたが、そのまっすぐな視線がみなみの胸に刺さった。
みなみは少しずつ、自分の心の扉を開き始めていた。
二人の距離は、確かに近づいていた。
帰り道、少し照れくさそうにみなみは言った。
「仁くん、ありがとう」
「俺でよければ、いつでもそばにいる」
そんなやりとりが、彼女の心に温かな灯をともした。
日が暮れて、学校の廊下は静まり返っていた。
みなみは仁と別れた後、ゆっくりと帰り道を歩いた。
胸の中には、まだ不安が渦巻いていたけど、ほんの少しだけ未来が明るく感じられた。
過去の傷が消えることはない。虐待の痛み、いじめの苦しみは深く、簡単には消えない。それでも、仁がそばにいてくれるなら、少しずつ歩いていける気がした。
家に着くと、みなみは部屋の隅に座り込んだ。
小さなぬいぐるみを抱きしめ、涙が溢れた。
でも、その涙は悲しみだけじゃなかった。
少しずつ、心の重荷が解けていくような感覚だった。
「わたしはもうひとりじゃないって思ってもいいのかな」
「仁くんを信じてもいいのかな?」
そう思いつつみなみは眠りについた。
翌日、学校での風当たりはまだ強かったけど、みなみはもう一人じゃない。図書室での時間、仁の静かな励ましが彼女を支えていた。
二人はこれからも少しずつ距離を縮めていく。
みなみは心の傷を抱えたまま、それでも前に進もうとしていた。
「ありがとう、仁くん」
そう心の中で繰り返しながら、みなみは小さな一歩を踏み出した。
小さな勇気が、彼女の未来を少しずつ照らしていく。
コメント
0件
👏 最初のコメントを書いて作者に喜んでもらおう!