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「——僕らの世界の生まれ?」
聞き返した僕に、うん、と磯田さんが少しだけ寂しそうに微笑んだ。
「幼い頃にあった神隠しのせいで、もうそっち側との繋がりは途絶えてしまったけどね。まあ、それからいろいろとあって——今は、こんな感じさ」
本当に〝いろいろ〟とあったのだろう。
細められた磯田さんの瞳は、目の前の僕ではなく、どこか遠くを見つめている様にも思えた。
僅かな逡巡の後で、僕は磯田さんに言った。
「磯田さん——実は今、僕らの友人も神隠しにあってるんです」
僕の言葉に、磯田さんが眉根を寄せる。
「どういうことだい?」
心苦しさはあるが、こうなっては背に腹はかえられない。
僕は、なるべくなら使いたくなかった方法を実行に移した。
即ち——情に訴えるのだ。
「そうか……そんなことが……」
僕の話を聞いた磯田さんは、沈痛な面持ちで天を仰いだ。
僕は改めて、磯田さんに頭を下げた。
「お願いします。どうか、薬の値段をまけてもらえないでしょうか?」
しかし——僕を向き直った磯田さんの返事は、期待とは反するものだった。
「申し訳ないけど、それはできないよ」
「こ、高価な薬なのはわかってます!残りのお金も、絶対に払います!魔女を倒したら、必ず——」
「問題なのは、その魔女だ」
僕の言葉を、磯田さんが静かに制した。
「〝宵闇〟の恐ろしさは、僕も話に聞いている。とても君達がかなう相手じゃない。命を捨てに行くようなもんだ」
僕が何か言うより早く、ナギが脇から反論を試みる。
「だが、ラジオのお告げに従えば——」
「そもそも、そのお告げとやらも信用できない。悪魔や悪霊の類が、神を騙って人を揶揄うのは、昔からよくある話だよ」
「し、しかし——」
「仮にその放送の主に悪意が無かったとしても、やっぱり盲信はすべきじゃあない。現に——お告げの内容に反して、君達は僕から薬を受け取れていないんだからね」
ナギが、グッと言葉を詰まらせる。
それは確かにその通りだった。
だが——
「でも、まるっきりいい加減という訳でもないですよ。事実、彼女はお告げのおかげで、僕と蒼梧は助かった」
僕は、すかさずナギに助け舟を出した。
ここで薬を入手できなければ、ナギの計画——それがどんなものなのかはわからないが——はご破算となる。
代わりのプランが存在しない以上、その事態は避けたい。
「確かに、ちょっとした計算違いはあったかもしれないけれど——磯田さんが値段をまけてくれれば、軌道修正が可能かもしれない」
「ちょっとした計算違い、ね」
磯田さんの口調が、厳しさを増す。
「それで?いざというタイミングで、もう一度その計算違いとやらが起こったら、君は魔女にこう頼むのかい?『すいません。僕らの計画ではここであなたが死ぬことになってるんです。お願いですから、黙って殺されてくれませんか?』って」
今度は、僕が言葉に詰まる番だった。
磯田さんの表情が、若干和らぐ。
「……ごめんよ。少し意地悪な言い方をしてしまったね。けれども、僕は君達が心配なんだ。修君に蒼梧君、だったかな?君達は一刻も早く、元の世界へ帰るべきだ」
「そもそも、帰る方法なんてあるのか?」
蒼梧の問いかけに、磯田さんが頷いて答えた。
「確かに次元の門というのは、そうそう簡単に開けられるもんじゃあない。複雑なプロセスを経る必要があったり、タイミングが重要だったりする。僕も何度かこうして堺の世界の市場に出店させてもらってるけど、それだって契約によって、決められた時間内にお邪魔させてもらっているだけだしね」
けれども——と磯田さんは続けた。
「幸い、この市場には様々な世界の住人が訪れている。探せば、中には今すぐ君達を元の世界に戻せる人も居るかもしれないよ。もしくは——アリーシャであれば、ひょっとしたら君達を元の世界に戻す方法を知っているかもしれない」
「アリーシャ?」
「僕の妻だ。彼女は、僕が今住んでいる世界で呪術師をやっていてね。生憎、今日は留守をまかせてしまっているけれど——なんなら、今すぐ店じまいをしてもいい。君達二人を、すぐに僕の世界に——」
と、磯田さんがそこまで言った時だった。
「おい!勝手に話を進めるな!」
磯田さんと蒼梧の問答に、ナギが大声で割って入った。
ナギにしてみれば当然の反応だろう。
僕や蒼梧の存在は、透明化の薬と同じく、彼女の計画に不可欠なピースなのだから。
再び前のめりになるナギの肩を、蒼梧の手ががっしりと掴む。
「ナギ、落ち着け」
「だが——」
「またアイツらが来ちまうぞ」
その言葉に、ナギは悔しそうに口を噤んだ。
流石のナギも、恵比寿像にもう一度圧をかけられるのは御免のようだった。
「どうする、修君?囲が儀式を終えてしまったら、取り返しがつかないことになるよ?」
「それは——覚悟の上で、ここに来ました」
僕の返事に、磯田さんは目を伏せ、ポツリと呟いた。
「君はわかっていない……生まれた世界から切り離される孤独が……」
「ごめんなさい。気遣ってくれるのはありがたいですけど」
一呼吸置いて、僕は続ける。
「たとえここで薬を手にできなくても、僕は魔女の棲家に向かいます」
磯田さんが、目を見開いて顔をあげた。
「馬鹿なことを——」
「馬鹿なのはわかってます。でも、友達を——由宇を助けられる可能性が少しでもあるなら、僕は行きます」
「……このまま見送れば、僕は君達を見殺しにしたことになる、か」
やれやれ、と磯田さんが溜息を吐いた。
「まるで脅迫だね」
静かな口調だが、その言葉は僕の胸にグサリと突き刺さった。
卑怯なやり口だと、自分でも思う。
しかし、ここで折れるわけにはいかない。
これは最後の賭けだ。
そして、決してハッタリというわけでもない。
ナギの計画が頓挫しようと、どれだけ勝率が下がろうと、僕は何とかして魔女の棲家に赴き、由宇を助けるために戦うつもりだった。
その結果——たとえ、自身がどうなろうとも。
磯田さんは暫くの間、とても辛そうな表情で何事かを考えていた。
それは、この世界に来る直前——鳥居の前で見た幸村さんの表情によく似ていた。
理性と感情に引き裂かれている際の大人の顔だ。
やがて、磯田さんはきつく目を閉じると、
「悪いけれど——僕の答えは変わらないよ」
絞り出すような声でそう言った。
「言うべきことは言った。後は君達次第だ。僕は別に、君達を組み伏せてまで止めるつもりはないし——薬を渡して、背中を押すこともしたくない」
どうやら、賭けは僕の負けのようだった。
「——あのう、すいません」
その時。
今まで黙って成り行きを見守っていたオーマが、おずおずと口を挟んだ。
「えっと——今までのやりとりは、あくまで値切りに対するものであって——要するに、お金さえ足りてれば問題ないんですよね?」
「それは、まあ、そうだね」
磯田さんは、薄ら生えた顎ひげを撫でながら言った。
「僕は修君の〝お願い〟は断ったけれど、お金があるならそれは〝商売〟だ。使い道が気に食わないからといって、売るのを拒否するようなことはしないよ。それは、この市場のルールにも反するからね」
「なるほど、よくわかりました。では、もう一つ質問を」
困惑して見守る僕、蒼梧、ナギの三人に構わず、オーマは尋ねた。
「このお店は、物々交換も可能ですか?」
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コメント
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「交渉」読了しました……!磯田さんの「見♡♡♡にする」発言、修くんの賭けが負けたと思ったところからのオーマさんの物々交換、めっちゃ胸熱でした。由宇くんを助ける覚悟は決まってるのに、お金の問題で足止めされてるもどかしさがリアルで。オーマさんの“空気読まない”感じ、今回めっちゃ頼もしかったです!次どうなるか気になる…