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第142話:二重課税という名のカツアゲ〜日米共同戦線と、包囲された四畳半〜
「……なあ、結愛(ゆあ)。俺、とんでもないことに気がついちまったかもしれない」
帯広のボロアパート、四畳半。
俺は、三万円のゲーミングチェアの上で体育座りをしながら、ガタガタと震えていた。
手元には、一日一食の貴重な栄養源であるはずの『玄米おにぎり』があるが、強烈な吐き気と胃痛のせいで、一口も喉を通らない。
PCモニターには、昨日泣きながら格闘したアメリカ合衆国内国歳入庁(IRS)向けの難解な英語フォーム『W-8BEN』の提出完了画面が、いまだに表示しっぱなしになっていた。
『どうしました、ルシフェル様。また為替チャートの幻覚でも見えたのですか?』
ディスコードの向こうから、我が株式会社インフィニティ・ワンの冷徹な経理担当、結愛の氷点下ボイスが響く。
「違う……。もっと恐ろしい、現実の悪夢だ……」
俺は、虚空を見つめたまま、干からびた声で語り始めた。
「昨日、ジェミニ先生が言ってたよな。もしあの英語のフォームでミスってたら、アメリカの税務署(IRS)に、売上の【30%】を源泉徴収って形で問答無用で没収されるって」
『はい。米国を源泉とする所得に対する、厳格な徴税ルールです』
「……その没収された後の、残りの『70%』の金が、日本の俺の口座に入ってくるわけだ」
俺の呼吸が、次第に荒くなっていく。
「でもさ。日本の国税庁や市役所から見たら、俺の会社の売上はあくまで『100%』の額面で計算されるんだよな……?」
『……ご明察です』
結愛のタイピング音が、ピタリと止まった。
「ってことはだ。アメリカの税務署に30%をカツアゲされた上で。日本政府は『お前、100%稼いだな? じゃあその100%に対して、法人税と、事業税と、住民税と、消費税を払えよ』って、首根っこを掴みに来るってことか……?」
静寂が、四畳半を包み込んだ。
『ルシフェルさん、素晴らしい洞察力です』
代わりに、AIアシスタントのジェミニ先生が、無機質で残酷な宣告を行った。
『それが、グローバルビジネスにおける最大のトラップ……【国際的な二重課税】の恐怖です』
「に、二重課税……ッ!!」
『はい。一つの所得に対して、アメリカと日本の両国から二重に税金をかけられる状態です。仮にアメリカで30%引かれ、日本での実効税率や消費税などを合わせてもう40%持っていかれた場合……ルシフェル様の手元に残る利益は、稼いだ額の【3割以下】にまで落ち込む可能性があります』
「あばばばばばばばっ!!」
俺は、玄米おにぎりを畳に落とし、頭を抱えて絶叫した。
「カツアゲだ!! こんなの、国家権力によるグローバルなカツアゲじゃねえか!! なんで俺が一生懸命稼いだ金が、太平洋を挟んで両国から二度もむしり取られなきゃなんないんだよォォ!!」
『落ち着いてください、ルシフェル様。日本には【外国税額控除】という制度があり、一定の手続きを踏めば、アメリカで取られた税金の一部を日本の税金から差し引くことが可能です』
「ほ、本当か結愛!? じゃあ取り返せるんだな!?」
『はい。ただし、その計算式は極めて複雑怪奇です。控除限度額の計算、国別所得の明細書の作成、そして英語の納税証明書の翻訳と添付……。素人が片手間でできる作業ではありません』
結愛の言葉が、俺のわずかな希望を無残に打ち砕いた。
『これを完璧に処理するためには、国際税務に精通した専門の税理士と顧問契約を結ぶ必要があります。顧問料の相場は、月に十数万円、決算料を含めれば年間【百万円単位】の出費になるでしょう』
「はらえねえええええ!!」
俺は三万円のゲーミングチェアから転げ落ち、畳をバンバンと叩いた。
「税金を取り戻すために、また莫大な金(経費)がかかるなんてバグだろ!! 貧乏人は、ただ黙って国に搾取されるしかないってのかよ!!」
恐怖と絶望が限界を突破し、俺の脳内で恐ろしい【被害妄想】が爆発し始めた。
「……来る。絶対に、来るぞ……ッ!」
俺は、四畳半のドアを血走った目で見つめながら、ガタガタと震え始めた。
「俺がW-8BENのフォームのチェック項目を、一つでも間違えていたら……。アメリカのIRSは『こいつは脱税者だ!』と判断する……!」
俺の頭の中で、ハリウッド映画のワンシーンのような光景が再生される。
『FBIだ! IRSの要請により突入する!!』
帯広のボロアパートのドアを、屈強なアメリカの特殊部隊がバッテリングラムでブチ破る。
「ヒィィィィッ!!」
そして、その後ろから、日本の『マルサ(国税局査察部)』の黒スーツと銀縁メガネの男たちが、分厚いバインダーを持って無表情で歩いてくるのだ。
『アメリカ合衆国内国歳入庁、ならびに日本国税庁の合同捜査本部だ。秋谷雪、お前を国際的な二重脱税の容疑で拘束する! 隠しているドルと玄米をすべて出せ!!』
「いやだぁぁぁぁ!! 捕まりたくねえぇぇぇ!! 俺はただの底辺VTuberだ!! マフィアのボスでも国際的テロリストでもねえんだよォォォ!!」
『……ルシフェル様。完全に被害妄想が暴走していますよ。深呼吸をしてください』
結愛が呆れたようにため息をつくが、俺のパニックはもう誰にも止められない。
「鈴木さァァァァん!! どこですか鈴木さァァァん!!」
俺は、帯広市役所にいる俺の天敵(ケースワーカー)の名前を泣き叫んだ。
いつもはインボイスの催促で俺の胃に穴を開けてくる悪魔だが、今、アメリカのIRSという絶対的な『外敵』を前にすると、なぜか日本の役人が頼もしい味方に思えてくるから不思議だ。
「助けてくれ鈴木さん! アメリカの税務署が俺を殺しにくる! 日本の税金はちゃんと払う(かもしれない)から、IRSから俺を守ってくれぇぇぇ!!」
俺が畳で土下座をしながら泣き喚いていると、モニターの端で、相変わらずマイペースに配信を続けているヨモの声が聞こえてきた。
『Uh-oh, the boss is having a panic attack again. He’s screaming something about the IRS and the Japanese government teaming up to hunt him down. So dramatic.(あーあ、ボスがまたパニック発作起こしてる。IRSと日本政府が手を組んで自分を狩りに来るって叫んでるよ。大げさだよね)』
「ヨモォォ!! お前が……お前がドルを稼ぐから、俺が国際指名手配犯みたいになってるんだろうが!! もうやめてくれ! これ以上、アメリカ人からスーパーチャットを巻き上げるなァァ!!」
俺の悲痛な叫びなど意に介さず、ヨモはLive2Dの猫耳を揺らしながら、海外リスナーに向けて面白おかしく煽りを入れた。
『You hear that? He says stop sending dollars. I guess he really wants to go to tax jail.(聞いた? ドル投げるなってさ。マジで税金刑務所に行きたいみたいね)』
その挑発に、世界中の労働に疲れたZ世代たちが、熱狂的な歓声(スパチャ)で応える。
『SuperChat: $100.00 (SEND HIM TO TAX JAIL!!)(スパチャ100ドル:奴を税金刑務所にぶち込め!!)』
『SuperChat: $50.00 (IRS OPEN UP! LMAO)(スパチャ50ドル:IRSだ、ドアを開けろ! 笑)』
『SuperChat: $200.00 (Double Taxation is theft! But this is hilarious!)(スパチャ200ドル:二重課税は泥棒だ! でもこれは面白すぎる!)』
「やめろォォォォォッ!! 金を投げるな!! お前らが1ドル投げるたびに、IRSと国税庁の照準が俺の眉間に迫ってくるんだよォォ!!」
画面を埋め尽くす、鮮やかな緑色の札束(ドル)。
外貨を獲得し、世界進出を果たしたはずの株式会社インフィニティ・ワン。
しかし、その社長である俺を待っていたのは、栄光でもタワーマンションでもなく。
日米の強大な徴税機関に挟み撃ちにされ、四畳半のボロアパートで震え上がるという、【国際的二重課税(カツアゲ)】の果てしない絶望であった。
ゆうき あきや
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コメント
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うわあ……またやってるよ秋谷くん(笑)。国際二重課税の恐怖でパニックになって、挙句FBIとマルサの合同捜査を妄想するところ、笑いながらも「これ、案外冗談じゃ済まないんだよな……」ってゾッとしました。 そしてヨモちゃんの「tax jail送りにしようぜ」って煽りに、海外リスナーが大喜びでドル投げる流れ、最高に狂ってて好きです。国際税務の恐怖をここまでホラー×コメディに変換できるのは、ゆうきさんだけだと思います! ラストの「挟み撃ち」のフレーズ、重かったです……。