汽笛が一度、高く鳴り響き、白い蒸気が天蓋のガラスを震わせた。 白い蒸気がホームを包み込み、王都エスパハレの空を仰ぐガラス天井の下へと広がっていく。
グランセール駅――。イスグラン帝国最大の鉄道拠点であり、王都の玄関口。
白大理石の柱と赤煉瓦の壁面が陽光を受けて淡く輝き、天井のアーチに嵌め込まれた贅を尽くした彩色ガラスが、到着を告げる鐘の音に共鳴するように小さく震え、空気を揺らしていた。
汽車の扉が開き、リリアンナは長い旅路の終わりに胸の奥で小さく息をつく。
白い手袋の上から革鞄の取っ手を握りしめ、ランディリックの差し出した手に導かれて足を踏み出した。後ろからは自分の荷物を手に、ナディエルも続く。
存外降り口とホームまでの距離に高低差があることにナディエルが一瞬たじろいでいたら、「どうぞ」と大きな手が差し伸べられた。
「あ、ありがとうございますっ」
リリアンナたちより先にホームへ降り立っていたセレンが、わざわざ戻ってナディエルの手を取り、彼女をホームへ降り立たせてくれたのだ。
まさか美貌の侯爵家ご子息様からそんなことをされるだなんて思っていなかったナディエルは、慣れないことに照れたように頬をほんのり赤く染めてしどろもどろになりながら礼を述べた。
「どういたしまして」
セレンは短く答え、ナディエルの指先をそっと離した。ふわりとした微笑みを残して、彼はすぐにナディエルのそばを離れたけれど、ナディエルの方はなかなか心臓のバクバクがおさまらなくて参ってしまう。
すぐさまランディリックの傍を歩くリリアンナの元へ駆け寄ると、その興奮を逃がしたいみたいにそっとリリアンナの耳元、「お嬢様と一緒にいると私まで淑女になったみたいな気分にさせられて照れてしまいますっ」と囁いた。
その言葉にリリアンナが一瞬だけ瞳を見開く。そうしてあちらの方でウィンクをして見せるセレンと目が合って(なるほど)と得心した。それでクスクス笑うと、ランディリックが「面白い話かな?」とリリアンナを振り返る。
まさかランディリックにまで影響を及ぼすとは思っていなかったんだろう。ナディエルが「な、なんでもございませんっ」とリリアンナの背後に隠れてしまった。
「ふふっ。ランディには内緒」
「……そうか。なら、聞かないでおこう」
ナディエルをちらりと見遣ると、リリアンナはそう言ってニッコリ笑ってランディリックの横へ並んだ。
セレンがそんなリリアンナたちの姿を見つめていたけれど、リリアンナたちは気付いていなかった。
「ねぇ、ランディ、私の荷物はどこかしら?」
手荷物として車内に持ち込むことは出来なかったウールウォード家の家紋入り旅箱は、兵士らの手で大きな荷物や箱を預けておく専用の車両――荷物室に積み込まれて運ばれてきているはずだ。
自分たちの乗っていた客室車両とは離れた位置にあるバゲッジ・コンパートメントの方を見やりながらリリアンナが小首を傾げると、ランディリックが「ディアルトがちゃんと采配をふるってくれているから心配はいらないよ」と太鼓判をおしてくれる。
「ディアルトが……」
いつもはディアルトがいる場所にセレンがいて、その姿を見かけなかったから居残り組かと思っていたリリアンナは、ディアルトの名前を聞いて何となくホッとする。
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