コメント
0件
👏 最初のコメントを書いて作者に喜んでもらおう!
体育館の空気は、昔から変わらない。光を反射するワックスの匂い。
ボールが床を跳ねる乾いた音。
そして、心臓の奥で小さく震えるような、高揚。
「……ほんまに久しぶりやなぁ、サム」
侑がシューズの紐を結びながら呟く。
横では治が無駄のない動作でアップをしていた。
「何年ぶりなん?」
「…7年ぶりやな」
二人とも、もう二十代半ば。
体は少し鍛えているが、ここに立つのは高校以来だ。
「お前が言い出したんやろ。『運動がてら、たまには二人で打ち合いたい』って」
「そうやけど。……なんか、思ったより緊張してきたわ」
治は呆れたように笑った。
その笑い方も、高校の頃と変わらない。
「何緊張することがあんねん。お前の目の前におるのは、日本代表のセッターやぞ?緊張する意味がわからへん」
自信満々に言う侑に確かになと治が呟く。
「ほな、やろか」
ボールを手のひらで弾ませながら、治を見る。
「本気で来いや」
治の声が響いた瞬間、侑の目が鋭くなる。
――この感じ。
バレーをしてきてよかったと思える瞬間。
侑はトスを上げた。
ふわりと、美しく、そして鋭い軌跡で上がるボール。
治は一歩踏み込み……跳ぶ。
空中で体が軽く弧を描き、叩きつけるようなスパイク。
ドンッ
床が震え、体育館に音が響く。
「っはぁ……!えぐいなサム!」
「ツムこそ、今のトス完璧やん」
二人は顔を見合わせ、自然に笑った。
言葉がなくても、呼吸が合う。
これはもう、身体に刻まれてる。
次は侑がサーブだ。
ボールを軽く上げ、目を細める。
「ほな、いくで。手加減せぇへんからな。」
バチィッ
高速で回転するボールが治めがけて飛ぶ。
治がレシーブに入り――間に合わない。
「クソッ…!」
「おーい、昔みたいに拾えへんの?」
「黙れ。今のはお前が速すぎるだけや」
治が悔しそうに眉を寄せる。
侑は得意気に笑う。
「もう一本来いや。次は確実に拾ったる。」
その挑発めいた言い方に、侑の表情が少しだけ変わった。
「……ほう?ええで。
ほならお前が後悔するくらいのサーブ打ったるわ」
戦う前の獣の目。
兄弟であり、ライバル。
その関係が一気に蘇る。
変化サーブ、
速攻の読み合い、
フェイント、
限界ぎりぎりのレシーブ。
気づけば30分以上、ほぼ休憩なし。
息は上がってるのに、楽しくて仕方がない。
侑が汗を拭いながら言う。
「……なぁサム。
やっぱええな、バレーって」
治もタオルで汗を押さえ、軽く息を整える。
「おう。
仕事も忙しいし、色々あるけど……
ここ来たら全部忘れるわ」
侑は満面の笑みで笑う。
再びネットを挟んで向き合う宮兄弟。
大人になっても、二人は同じ場所に戻ってくる。
――バレーが、ふたりを繋ぐ。
侑のトスが上がる。
治が跳ぶ。
その瞬間の輝きだけは、
高校の頃より、もっと強かった。